アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第八十八話 交錯する運命

 それからクスコは松田の首に襟巻のように巻きつき、左右からクスコを睨みつけるようにしてステラとディアナが松田の腕にしがみついている。
 特にディアナは同じようにライドッグの寵愛を競い合った記憶が蘇って、どうしてこんな性悪を助けてしまったのか、と後悔しきりであった。
「……ところでいったい何があったの?」
 ひとまず落ち着いてみれば、まずその疑問が浮かぶのは当然の帰結であった。
 今見ればわかるとおり、クスコは命令には忠実かもしれないが、性格的には理知的で明るいタイプだ。
 戦闘時の狂気に満ちた様子とは似ても似つかないし、ディアナはもともとそれを知っている。
 当然、先ほど語ったライドッグを騙る人物の関与があったのだろう、とディアナは推測したのである。
「――――そうですわね。ここから二階層ほど潜ったところにターミナルがありますから、そこでお話ししましょうか」




 百七階層、森林型が続くなか、まるで密林に隠れた遺跡のようにターミナルがひっそりと佇んでいた。
「このターミナルは森林型の二百階層までを掌握しています。基本的に私は百階層までは手出しをせず、二百階層を突破されないように注意していました」
 フェイドルの迷宮はかつて一度は攻略されたものの、現在はようやく百五十階層あたりをトップパーティーが攻略していた。
 よほどのことがないかぎり、早期に二百階層へ辿りつく人間はいないはずであった。
 ――――ところが。
「しばらく迷宮の外に出ていた私はターミナルに戻って愕然としました。たった一人の男が二百階層をもう少しで突破しようとしていたのです。慌てて駆けつけたそこには一人の魔法士の男がいました」
 忘れもしない。暗い瞳に憎悪の染みついた表情かお、松田とは真逆の雰囲気を纏った黒髪のエルフだった。
「ぞっとするような、凍るような目でした。この世の何もかも憎くてたまらないと言っているような気がして震えが止まらなかった」
 そして男はクスコの姿を見て、引き攣れたように嗤った。
「よくぞ来たクスコよ。我が名はリアゴッド、我こそライドッグの名を継ぐ者ぞ。力を貸せ」
「貴様のような塵くずが軽々しくライドッグ様の名を騙るな!」
 怒りに任せてクスコがそのリアゴッドを攻撃すると、リアゴッドはひどく驚いた様子であった。
「なんだかまるで攻撃されるなんて思ってもみなかった感じで、咄嗟に魔法障壁を張るのが精一杯だったみたいです」
 結果リアゴッドは並みの人間なら死んでいてもおかしくないほどの重傷を負った。
 そのときのリアゴッドの表情は、まさに信じていた人に裏切られたときのそれであったという。
「…………すごく怒ってました。この出来損ないめ! って叫んで――亡き主様ぬしさまとの契約を断ち切られました」
「そんなっ! 造物主様との契約を他人が強制的に断ち切ったというの?」
 クスコの言葉に激しくディアナは動揺した。
 彼女にとっても契約は神聖なもので、そこに他人が介入できるなど想像したくもなかった。
 万が一松田ではない主人に勝手に契約を書き換えられたら、ディアナの心は死んでしまうだろう。
 あのころの無機物の静穏な精神でなくては耐えられない。
「――――違う。そんな感じじゃなかったわ。信じられないけれれど、正規の権限で契約を破棄されたの。その衝撃が大きすぎて私は狂ってしまった」
 無理もない、とディアナは思う。
 使い魔や秘宝にとって、主人とは全てだ。人間ではない彼らは主人のためにこそ存在する。
 人の手によって創造された自然物ではない人工物とはそういうものだ。
 自らの存在理由を否定されて正気でいられる自信はディアナにはなかった。
「ありえないわ。どうやったら造物主様の権限を代行できるというの?」
 もしそんなことが実際に可能であるとすれば、ディアナとて危うい。
 ライドッグの死後、ディアナは主による強制力を無くしたが、契約が破棄されたわけではないからだ。
 しかし松田との契約はなんの障害もなく、確かに履行されたはずである。
 いったい何がどうなっているのかディアナは困惑を隠せなかった。
 ここで松田のスキル、秘宝支配が思い浮かばなかったのは、ディアナも本気で動揺していたということだろう。
「――――きっとあの男は戻ってくる。傷を癒し、力を蓄え、この迷宮に眠る秘宝を手に入れるために」
 近い未来に、クスコも、ディアナも、松田もそのリアゴッドと相対することになる。
 はたしてそこで何が起きるのか。嫌な予感が心の奥深いところからじわじわと染み出してくる不快感にディアナは身体を震わせた。




「愚か者め。この私が貴様らの思う通りになるものか」
 コパーゲン王国がその総力を挙げて捜索している男、リアゴッドはうっそりと嗤った。
 彼がいるのはすでにスキャパフロー国内である。
 国境が封鎖されることはわかっていた。
 だが今の彼にはそれをものともしない秘宝がある。
 絢爛たる七つの秘宝の四、自在フリーダムなる宝冠サークレットのコリンだ。
 魔法による結界の存在しない場所であるならば、いかなる場所にも瞬時に移動することができるという伝説の秘宝であった。
 コパーゲン王国の迷宮で、リアゴットが手に入れたものである。
 クスコとの戦いで重傷を負っていた彼は、迷宮の罠をあえて暴走させることで労せずして秘宝コリンへとたどり着いたのだった。 
 その後迷宮が使用不能な無秩序に陥ったのはリアゴッドの知ったことではない。
「…………っっ!」
 わき腹に走った疼痛にリアゴッドは顔を顰めた。
 クスコにやられた傷はまだ完全には回復していなかった。
 神狐が怒りにまかせた攻撃は、治癒魔法をもってしても容易には回復しない。
 しかもベルファスト信徒だけが使える神聖魔法デヴァイントーラーは、リアゴッドにも使うことはできないため、なりふり構っていられなかったともいえる。
『おいたわしい。ここにグローリアがいれば……』
 絢爛たる七つの秘宝の二、悠久エターナルコンフォートしグローリアは、無機物である秘宝でありながら治癒魔法を使える世界でただひとつの秘宝であった。
 彼女がいれば、リアゴッドの治療も容易であったことは間違いない。
「グローリアの行方はこの俺もわからん。全く、あの役立たずさえ裏切らなければ……」
『今でも信じられません。あのクスコが造物主様を裏切るなんて……』
 互いにライドッグの傍らにあって、その寵愛を競ってきたコリンにとって、クスコの裏切りはいまだ信じがたい話であった。
「この私を主人と見抜けなかったのだ。所詮は出来損ないだったということよ」
 腹立たし気にリアゴッドはため息を吐く。
「それにしても……まさかここまで魔法技術が衰退しているとは思わなかった」
『造物主様亡き後いくつか国が滅びて戦争になりましたからそのせいかと』 
 滅んだ国には絢爛たる七つの秘宝を研究しようとした国もあるのだが、コリンはそれを綺麗さっぱりスルーした。
「まさか私が生まれ変わるのがこれほど遅れるとは…………な」
 そう、リアゴッドはライドッグの生まれ変わりである。
 完全に同一人物ではないが、その魂と権限を引き継いでいる存在であった。
 正確には、生まれ変わりに記憶を移植するための秘宝をライドッグは用意していたのだ。
 クスコとの契約を破棄することができたのは、ライドッグの権限を継承することができたおかげだった。
 だが魂はともかく肉体はライドッグとは似ても似つかぬ別人である。
 そのためかつての天才魔法士の記憶を所有していながら、いまだリアゴッドの魔力と体力は貧弱なものでしかない。
 使えるはずの大魔法も大半が魔力不足やスキルが足りず使用不能であった。
 全盛期の己の力を知るリアゴッドとしては歯がゆいことこの上なかった。
『無理はなさらないでください。ご主人様』
「無論、ようやくこうしてこの世界に戻ってきたのだ。無理をして再び冥府に戻るつもりはない」
 腹立たしいことではあるが、フェイドルの迷宮を再び攻略するのはしばらく先のことになるだろう。
 少なくとも戦闘に支障のない程度まで回復しなければ、コリンを手に入れた今でもクスコを無傷で圧倒することは難しい。
「――――ままならぬものだな」
 なかなか痛みの引かぬ腹を抑えて、リアゴッドは仰向けにベッドに身を委ねた。
 よくよく見れば、その身体にはクスコが負わせたももより遥かに古い傷跡がたくさん残されている。
 つい先日記憶を取り戻すまで、リアゴッドは奴隷に身を落としていた。
 エルフの里を飛び出し、人間に騙されて奴隷の身分に落ちた青年バッカス――――。
 それが今やライドッグの記憶に飲み込まれた青年の名であった。
 クスコがリアゴッドをライドッグをは別人と断じたのは決して故ないことではなかったのである。
「早く力を取り戻し、世界を導いてやらなくてはな。才あるものを排除し、才無き者を懐にいれる愚かな世の中は正されなくてはならぬ」
 証拠はないが、自分の死が自然死ではなかっただろうとリアゴッドは考えている。
 晩年に急激に衰えた体力と魔力は明らかに不審であった。
 だからこそこうして記憶を保存しておくという非常手段を取らざるをえなかった。
「そのためにも一刻も早く秘宝を手に入れ……そして今度こそ本当の不老不死を達成してみせる。人狼族の隠れ里も見つけなくてはな」
 リアゴッドの目指す先はいまだ遥かに遠い。
 そしてその未来は、確実に松田と交錯し戦うべき運命を描いていた。



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