アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第八十四話 フェイドルの迷宮

「今日もキリがねえな」
「あの白狐がこないだけでもよしとしなきゃいけねえだろうよ」
 うんざりするほど大量の灰色狼を倒しながら、ベテランの探索者である二人は顔を見合わせて苦笑した。
 すでに長いことフェイドルの迷宮で活躍する金級探索者である二人だが、あの狂気の白狐には勝てる気がしない。
 そちらは悪いがなんとか騎士団に頑張ってほしいというのが本音である。
「やりきれねえぜ、まったく」
 剣を払うようにして、男は無造作に灰色狼を斬り伏せるが、まるで幻であったかのように姿が消えうせるだけで何の痕跡も残さない。
 魔石を収入源とする探索者にとって、これは思っている以上に精神的にダメージが来るものだ。
 王国によって日当が保障されているとはいえ、迷宮が正常であったころの稼ぎに比べれば金級探索者の二人にとっては半減に等しかった。
「いったいいつになったら攻略を進められるんだ……」
 もしいつまでも攻略のめどが立たないのであれば、最悪迷宮を移ることも視野にいれなくてはならない。
 このフェイドルの迷宮で一人前になった二人である。できることならそれは避けたい。ここで探索者として攻略を成功させたいという思いはある。
 しかし探索者としての本懐はあくまでも迷宮の攻略である。
 忸怩たる思いを抱きながら、二人の探索者は剣を振るい続けるのだった。


「グギギギギギ……トオサナイ、ヌシサマメイレイ」
「出たな! 白い悪魔め!」
 明らかに狂気を宿した純白の狐が、全身から橙色の炎を発しながら騎士団に襲いかかる。
 王国の盾として訓練を積み上げてきた精鋭である彼らも、対人戦闘ではなく魔物が相手となると勝手が違う。
 すでに幾度となく煮え湯を飲まされてきた彼らであるが、ようやくにして白狐の襲撃に対応しつつある。
「いつまでも好きにはさせんぞ!」
 白狐が襲いかかってきたと同時に、騎士たちの頭上に不可視の魔力の網が展開された。
「いまだ! 槍隊進めえええ!」
「おうっ!」
 魔法士の精鋭が念入りに構築した捕獲用魔力網である。わずかな時間であっても白狐の動きを止めることができれば所詮は狐、防御力はないに等しい。
「アマイ、テンシンドウノオアゲヨリアマイ」
 愁眉を開いた騎士団をあざ笑うかのように、白狐は甲高くコーンコーンと鳴いた。
「負け惜しみをっ!」
「コンナクサイワナニカカルキツネハイナイ」
 あっと叫んだときにはすでに白狐は魔力網ごと爆発して、まさに槍先をそろえて突撃せんとしていた騎士たちの頭上に炎となって降り注いだ。
 それは決して致命傷ではなかったが、少なくない混乱を騎士団にもたらした。
 それを見逃す白狐ではない。
 後方で罠を構築していた魔法士の幾人かが白狐の魅了に操られて味方を攻撃し始めた。
 こうなってはもう収拾がつくはずもなかった。 
 損害がいつも少ないことがまるで遊ばれているように感じられるほどであった。
「くそっ! 悪魔め、地獄に落ちろ!」
「コンコン! オトトイオイデ!」
 白狐は愉快そうに笑い、真っ赤に燃えるような目を細めた。
「ギギギ……ヌシサマ……メイレイハタス……」
 首をおかしな方向に傾げた白狐は、一斉に撤退する騎士団を追撃しようとはせず、虚空を見つめていとおしそうに再び甲高い鳴いた。
 白狐の美しい毛並みは絹のように滑らかな光沢を放っている。しかし注意してみれば、ところどころに痛々しい傷跡が残されていることがわかるだろう。
 特に下腹部についた傷は深く、このまま放置しておけばしろ狐の生命すら危うく思える。
 そんな痛みすら感じられないとばかりに、白狐はどこにともなくコンコンと泣き続けるのだった。






「また駄目だったか」
 いつものように騎士団の敗北の報告を受けた国王ジョージは怒りを通り越して呆れたかのように呟いた。
 被害は少ないとはいえ塵も積もれば山となる。これ以上の損害は王国の戦力低下を招きかねない。
 かといって今騎士団を迷宮から撤退させるということは、迷宮の正常化の放棄に等しかった。
 今回は魔法士を各方面から引き抜き数をそろえたので、多少なりとも期待する部分もあったが、やはり駄目だった。
 あの化け物が積極的に騎士団を殲滅しようとすれば、はたしてどれほど被害がでるか想像もつかない。
「報告では化け物は魔力が臭い、と発言していたようです。もし事実なら魔力を用いた罠は役に立たぬかもしれません」
「これ以上の犠牲はさすがに看過できんぞ? 騎士団とて無料ただで働かせているわけではないのだ」
 精鋭として育てた騎士の育成費用、動員する規模に応じた資材、食糧、その他の経費。
 その費用がなんら得るものなく消費されていくのだ。ジョージが怒るのも当然であった。
 非常時に公務員が無給でボランティアしていると思ったら大間違いだ。
 実は手厚い手当が出ていて、ふたを開けてみたら予算を超過するほどの人件費がかかっていたりする。
 それはともかく、成果がでないことにいつまでも予算を費やすほどスキャパフロー王国は潤沢ではなかった。
「やはり化け物には探索者、ということになりますか」
「――件のエルフだが、マクンバ伯爵には入国者に該当人物はいないといっておけ」
「御意」
 本来なら国際紛争を覚悟してまで、他国の要請をむげにすることはありえない。
 しかし現状では迷宮の正常化にもっとも期待できそうなのは、迷宮氾濫の英雄松田であるのは明らかであった。
 この戦力をみすみす他国に譲り渡すなど思いもよらない。
 まして松田は五槌ドルロイの弟子。リュッツォー王国などよりよほどスキャパフロー王国に相応しい。
「さて、どうしたものかな」
 ジョージに回答を求められていることを察した宰相バッキンガム公は目を閉じて顎髭を撫ぜる。
「――実はもうひとつ気になる情報が」
「どうした?」
「コパーゲン王国の不審な動き、その原因がようやく掴みかけておりまして」
 両国の国境で兵を動かし、一触即発の状況に追い込むような原因がはたしてなんなのか。
「まさか迷宮でも氾濫したか?」
 隣国のリュッツォー王国で迷宮が氾濫し、今スキャパフロー王国で迷宮が使用不能に追い込まれている。コパーゲン王国でも何かないよ不公平というものだ。
 ジョージはそうした冗談を吐いたつもりであった。
「当たらずと言えど遠からず――ですな。コパーゲン王国の迷宮の下層で大規模な爆発があり、下層の魔物が大幅に増殖して一時閉鎖に追い込まれているという情報が入りまして」
「余は冗談でいったのだがな」
「私も冗談であって欲しかったと思っています」
 ほぼ同時期に三か国で迷宮に異常が発生するなどありえるだろうか。
 否、断じて否。
 日々の生活に追われる平民ならいざしらず、王国のを担う為政者がそんな楽観的な希望を持つことなどありえなかった。
「――その爆発、人為的なものか?」
「リュッツォー王国が血眼になって探している男で間違いはないかと。その男の名はリアゴッド。黒髪のエルフです」
「――――黒髪のエルフ?」
「時期的に同一人物であるとは思えませんが、いささか気になりますな」
「むう…………」
 思ったより面倒なことになった。
 ジョージは松田を王国の懐に入れることを躊躇せざるをえなかった。
 できれば迷宮攻略後はスキャパフロー王国に仕官してくれることを望んでいたのだが。
「となると迷宮に入れるのもまずくはないか?」
「――首に鈴をつける必要がありましょうな。場合によっては処分することも検討しなくてはなりますまい」
「いらぬ敵を作ることは許さんぞ?」
 ジョージは冷たい視線をバッキンガム公に向けた。
 後ろ暗い手も必要であることは承知しているが、下手に松田を敵に回してしまうと取り返しのつかないことになる予感がしたのである。
 疑念があるとはいえ、松田が王国にとって有為の人材となる可能性が消えたわけではないのだ。
「無論、王国にとって不利益な真似をするつもりはありませんよ?」
 あくまでも宰相は囁くだけでいい。
 勝手に自分に都合の良いように忖度してくれる連中には不自由していないのだから。




 松田が国王に謁見するよう呼びつけられたのはそれから数時間後のことであった。
「よくぞ参られた。貴殿は我が王国で唯一の宝石級探索者である。期待しておるぞ?」
「過分なお言葉を賜り恐懼の極みにございます」
 松田の真似をするように、ステラとディアナもペコリと頭を下げた。
 表情にこそおさないが、二人の愛らしい少女を連れた松田に対する警戒心は大幅に緩和されている。
 むしろ好感を抱いたといってもよい。なぜなら――――。
「実に美しい従者をもたれておる。さすがはドルロイの弟子というところかな」
(おい、おっさん、それはどういう意味だ?)
 と突っ込みたいのを松田は懸命に我慢した。言葉の内容がどうあれ、相手はこの国の最高権力者なのである。
「エルフにもドワーフの審美眼がわかる者がいたとは! そう思わんか? 宰相」
「まことにお美しい幼女。このバッキンガム感服仕りました」
「幼女! 今幼女って言った!」
「気のせいでございましょう」
 ニヤリと目を細めて宰相は明後日の方向を向く。
 なんということだ。ドワーフというのはロリコンの巣窟なのか? 絶対に俺は逃げ切って見せるからな!
 松田がそんな決意を新たにしていることなど露知らず、国王と宰相はしきりと頷き合っていた。
「さて、知っているとは思うがフェイドルの迷宮は厄介な化け物によって事実上使用不能となっている。探索者にとって旨味の少ないことになろう」
 事実そのために多くの探索者が離れていった。当初は宝石級の探索者も攻略には参加していたのだ。
「――が、唯一の宝石級探索者には余としても配慮せざるをえん。ましてそれがマクンバを迷宮氾濫から救った英雄とあってはな。余のできる範囲でならなんなりと望みをかなえよう」
 親し気に話すジョージであるが、その双眸は油断なく松田の一挙手一投足を観察している。あえてマクンバのことを話したのも、松田の反応を見るための餌であった。
「いえ、特別扱いしていただく必要はありません。フェイドルの迷宮に潜るのはわが師より賜った恩試を果たすため。お気遣いは無用にございます」
「ほう……無欲よな」
 ジョージはマツダの反応に内心で唸りたかった。他愛のないような言葉の応酬に見えるが、実は非常に高度な駆け引きがなされている。
 ジョージは松田を英雄として高く評価し、王国として歓迎すると水を向けたのに対し、松田はドルロイやハーレプストとの絆を強調してジョージから恩を売られることを避けた。
 どうやら松田を利で釣ることは難しいと悟らせると同時に、師匠の不名誉となる行動はとらないと明言したのである。
 ジョージは松田の評価を大幅に上方修正した。女性の趣味といい探索者にしておくにはもったいない人材であった。
「それでは無理にとはいうまい。貴殿の力でどうかフェイドルの迷宮を解放してほしい。期待しておるぞ」
 おそらくは松田は信義を重んずるタイプだ。ここで結論を急ぐの悪手であるとジョージは考えた。関係改善の機会はこの先いくらでも作れるはずであった。
「――――話は変わりますがマツダ殿にお聞きしたいことが」
 これまで控えていた宰相が口を挟んできたのはそのときである。
 宰相は国王ほどに松田に対して警戒を解いていない。同時多発的に迷宮で異常が発生しているだけでも怪しいのに、ともにエルフが暗躍しているのが偶然とは思えなかったのである。
「その件の白狐のことなのだがね。優秀な探索者であるマツダ殿なら何か心当たりがあるのではと思ってね」
「なるほど――残念ですが初めて潜る迷宮の魔物ですので正直何とも言えません。ただ、ディアナが白い狐を使い魔とする魔法士を見たことがあるくらいで」
「使い魔……するとこの異常はさらに黒幕がいると?」
「件の白狐が使い魔であるならばそういうことになるでしょう。不確定で申し訳ありませんが」
「いやいや、貴重なご意見をいただいた。参考にさせてもらうとしよう」
 重々しく頷く宰相であるが、腹の内では全く別のことを考えている。
 それは松田が何かを隠しているという確信であり、王国の飼い犬にはならないという推定であった。
 現状打破するにはよいが、松田の思惑が王国に仇なすのではないか、と宰相は疑念を抱いたのである。
(これはやはり手を打っておくべきだな)
 他国者でエルフである松田など、迷宮が正常化された暁にはどうなっても知ったことではない。
 王国にとって不利益になる人物なら、消えていなくなってくれたほうが世話がないのだ。




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