アラフォー社畜のゴーレムマスター
第五十三話 災難の始まりその4
「違うんや~~~~! 幼女マスターじゃないんや~~」
『そんなことを言っても主様、私の身体小さいままにしてるじゃないですか……』
「ふははは! 隠しても無駄だだよマツダ君。僕にはわかる! 君の胸に輝く幼女を愛する声がっ!」
がっくりと項垂れる松田の肩を、ドルロイの太い腕ががっし、と掴んだ。
「がはは! 素直になれマツダよ。貴様はリンダの美しさがわかる男だと思っていた」
「…………うれしいけど、私は人妻だからね?」
「リンダに手を出したら許さんぞ!」
「いえいえ、手を出すはずがないでしょう? 幾つだと思ってるんですか?」
咄嗟に本音を吐いてしまった松田の腹を強烈な衝撃が襲った。
元金級探索者の名は伊達ではない。
十分に手加減をしたはずの拳は松田の胃を深々と貫き、その内容物を吐き出させた。
「――――女に歳の話をするとはいい度胸だね」
「だ、大丈夫か? マツダ!」
リンダの一撃を誰よりも多く身体で味わっているドルロイは、青い顔をして悶絶する松田を助け起こす。
ドワーフの彼だから耐えられるが、エルフのか細い身体でしかない松田にはいささか負担が大きすぎると思えたのだった。
「ご主人様はステラくらいの女の子が好きなのです! わふ!」
自慢げに凹凸のない胸を反らして、ステラは甲斐甲斐しく松田の介抱を始めた。
『くっ……やはりDカップは諦めなければならないということですか』
「いくらでもスタイルよくすればいいのです。ただご主人様はステラが独占させてもらうのです。わふ」
『ステラ……! 恐ろしい子!』
「お前ら人のことだと思って勝手なことばかりぬかすなよ……!」
血を吐くような松田の言葉にも誰一人心を動かす人間はいなかった。
「何をいう? 可愛い彼女たちを嫁を欲したのはほかならぬ君じゃないか!」
「よ、嫁えええええええええええっ?」
「仲人が任せてくれ」
「ご主人様、なんて呼ぶですか? わふ」
『さすがにあなた、と呼ぶのは恥ずかしいです……』
「ちょ、どこから結婚なんて話が出てきたんですか! 俺はまだ人生の墓場に片足を突っ込みたくはねえ!」
もちろん幸せな結婚をするカップルがいることも知っている。
血を分けた子供というのも愛しいものなのだろう。
だが一切家庭を省みず、社畜人生一直線であった松田には自分が家庭人となる姿が想像できなかった。
何より社畜にとって、家庭を持つ幸福と負担を天秤にかければ負担が勝るもの。
「……できちゃったです。わふ」
「俺は何もやってねえだろ! このワンコ娘がっっっ!」
『生殖機能の追加を要求します』
「だから何もやってねえって言ってんだよ!」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう。名づけ親は任せてくれ」
「これは夢だあああああああああああああああああああああ!」
――――ガバリ
ぜえぜえ、と荒い息とともに松田は自分が夢を見ていたことを知った。
「――――お前らのせいか」
胸にのしかかるようにしてステラが身体を丸めて眠っており、性質の悪いことにディアナは松田の股間を枕にして寝ている有様である。
この異常な状況が松田にあの悪夢を見させたに違いなかった。
それにしても、ディアナが寝ているということに少なからず松田は驚いた。
秘宝である彼女は、人間と同じような休息を必要とはしていないはずなのである。
『お目覚めですか? 主様』
「とりあえずその妙なところで寝るのはよせ」
『すいません。上半身をステラに占有されてしまったため、やむを得ず下半身を利用させていただきました』
「これからは腕を枕にするように」
『了承しました』
むくりと松田が起き上がると、ころりと音を立てるようにしてステラが床に転がり落ちる。
「おはようなのです。わふ」
「お前も勝手に人の上に乗るな」
なんというか人狼はここまで堕落してよいのだろうか、と不安になる光景であった。
「全然起きてくれないご主人様も悪いのです。あんまりに起きてくれないので昨日はステラ散歩にも行っていないのです。わふ」
「寝ずに仕事をしたらその分多く眠るものなんだよ。というか散歩に俺が付き合う前提なのはなぜだ?」
「ご主人様とお出かけならどこでもいいです。わふ」
「だからお出かけ前提なのはなぜだ?」
「いつもいっしょにお散歩行ってくれたです。わふ」
「迷宮に行ったり、師匠のところに行くのは散歩じゃねえ!」
「わふ?」
要するにお出かけに連れて行けということか。
このところステラのあざとさが増してきている気がする。絶対確信的にとぼけている、と松田は先ほどの悪夢を思い出した。
愛しそうに下腹部を撫でて、「できちゃったです」と言われたときには寒気が走ったものだ。
ここはひとつステラの調教、もとい、再教育について考える必要があるかもしれない。
「――――お手」
「わふ?」
松田達が二十四時間ぶりとなる朝食を終え、探索者ギルドへと出発したのはそれからおよそ二時間ほど後のことであった。
たまたま古えの精霊樹の素材が手に入ったとはいえ、松田が必要としている素材はほかにも山積みであるのだ。
来週はドルロイの工房で修業なので、今週はもう少し迷宮探索に励む必要があるのである。
ステラはご機嫌でぐるぐると松田の周りを回っている。
そんなステラを昨日までは無表情であったはずのディアナが、呆れたように目じりを下げて見つめていた。
「――――あのう……」
到着そうそう、シーリースの鉄壁の営業スマイルが引き攣っていた。
騒がしかったギルドも水を打ったように沈黙が支配している。
いったい何が起こったのかとあたりを見回す松田であったが、彼らの視線の先を辿ればそこにはディアナの姿があった。
「どうしたんです? ディアナが何か?」
確かに今のディアナは幼女同然の外見かもしれないが、それはすでに周知のことであろう。
幼女マスターと呼ばれるのは業腹だが、こんな注目を集める理由がわからない。
「――――もう、手遅れだったんですね」
がっくりと肩を落として項垂れるシーリースの肩を抱いて、同僚の女性が慰めるように優しく頭を撫でた。
「もういい。あんたは頑張った。今夜は私が酒をごちそうしてあげるから、とことん飲もう!」
「ありがとうアキラ、でも私…………」
「諦めなさい。見ればわかるでしょう? 彼の魂は骨の髄まで幼女のものなのよ」
「でもそんなの間違ってる!」
「人にはその人にしかわからないどうしようもない業ってのがあるのさ」
「ごめん、ちょっと言っている意味がわかんない」
少なくともひどい誤解を受けていることだけはわかった。しかも誤解を解いておかなくては取り返しのつかないことになる恐ろしい誤解を。
「お前、あれがゴーレムって信じられるか?」
「あ、こっちみて隠れたぞ! くそっ、可愛いっ!」
「おお、俺もいけない趣味に目覚めてしまいそうだぜ……ふう」
ディアナを見る探索者たちのつぶやきを耳にして、ようやく松田は注目の理由に思い当たった。
彼らに起きている現象はハーレプストと同じ。
すなわち、ディアナを操っているのが松田であるという認識にある。
『なんだか怖いです主様』
自分が注目を集めていることに気づいたディアナは、松田の背中に張り付くようにして視線から隠れた。
――そんな仕草もすべて松田が操っていると思われている。
しかも恐ろしいことに否定できる手段がなかった。
庇護欲をそそる怯えたような表情、愛らしく潤んだ瞳、それはこれまでいかなるゴーレム使いにも達成することのできなかったゴーレムの人間化である。
シーリースも探索者たちも、幼女への愛ゆえに松田がその高みに達したのだと信じた。
逆にいえば、迷宮を探索するためには全く欠片ほども役に立たない、完全に無駄な努力であった。
だからこそ彼らは、松田が幼女とキャッキャウフフするためにゴーレムを改良したと信じたともいえる。
「うわあああああああんっ!」
情けない悲鳴を残して松田はディアナとステラを引き連れ、逃げるように迷宮へと駆け込んでいった。
運命の女神は常に皮肉なものである。
今までもそうであったが、このときはそれでもとびきりであった。
松田が迷宮に潜っておよそ十分も経たぬうちに、血相を変えた一人のギルド職員が飛びこんできた。
「――――大変だ! 東で新たに見つかった迷宮が溢れるぞ!」
『そんなことを言っても主様、私の身体小さいままにしてるじゃないですか……』
「ふははは! 隠しても無駄だだよマツダ君。僕にはわかる! 君の胸に輝く幼女を愛する声がっ!」
がっくりと項垂れる松田の肩を、ドルロイの太い腕ががっし、と掴んだ。
「がはは! 素直になれマツダよ。貴様はリンダの美しさがわかる男だと思っていた」
「…………うれしいけど、私は人妻だからね?」
「リンダに手を出したら許さんぞ!」
「いえいえ、手を出すはずがないでしょう? 幾つだと思ってるんですか?」
咄嗟に本音を吐いてしまった松田の腹を強烈な衝撃が襲った。
元金級探索者の名は伊達ではない。
十分に手加減をしたはずの拳は松田の胃を深々と貫き、その内容物を吐き出させた。
「――――女に歳の話をするとはいい度胸だね」
「だ、大丈夫か? マツダ!」
リンダの一撃を誰よりも多く身体で味わっているドルロイは、青い顔をして悶絶する松田を助け起こす。
ドワーフの彼だから耐えられるが、エルフのか細い身体でしかない松田にはいささか負担が大きすぎると思えたのだった。
「ご主人様はステラくらいの女の子が好きなのです! わふ!」
自慢げに凹凸のない胸を反らして、ステラは甲斐甲斐しく松田の介抱を始めた。
『くっ……やはりDカップは諦めなければならないということですか』
「いくらでもスタイルよくすればいいのです。ただご主人様はステラが独占させてもらうのです。わふ」
『ステラ……! 恐ろしい子!』
「お前ら人のことだと思って勝手なことばかりぬかすなよ……!」
血を吐くような松田の言葉にも誰一人心を動かす人間はいなかった。
「何をいう? 可愛い彼女たちを嫁を欲したのはほかならぬ君じゃないか!」
「よ、嫁えええええええええええっ?」
「仲人が任せてくれ」
「ご主人様、なんて呼ぶですか? わふ」
『さすがにあなた、と呼ぶのは恥ずかしいです……』
「ちょ、どこから結婚なんて話が出てきたんですか! 俺はまだ人生の墓場に片足を突っ込みたくはねえ!」
もちろん幸せな結婚をするカップルがいることも知っている。
血を分けた子供というのも愛しいものなのだろう。
だが一切家庭を省みず、社畜人生一直線であった松田には自分が家庭人となる姿が想像できなかった。
何より社畜にとって、家庭を持つ幸福と負担を天秤にかければ負担が勝るもの。
「……できちゃったです。わふ」
「俺は何もやってねえだろ! このワンコ娘がっっっ!」
『生殖機能の追加を要求します』
「だから何もやってねえって言ってんだよ!」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう。名づけ親は任せてくれ」
「これは夢だあああああああああああああああああああああ!」
――――ガバリ
ぜえぜえ、と荒い息とともに松田は自分が夢を見ていたことを知った。
「――――お前らのせいか」
胸にのしかかるようにしてステラが身体を丸めて眠っており、性質の悪いことにディアナは松田の股間を枕にして寝ている有様である。
この異常な状況が松田にあの悪夢を見させたに違いなかった。
それにしても、ディアナが寝ているということに少なからず松田は驚いた。
秘宝である彼女は、人間と同じような休息を必要とはしていないはずなのである。
『お目覚めですか? 主様』
「とりあえずその妙なところで寝るのはよせ」
『すいません。上半身をステラに占有されてしまったため、やむを得ず下半身を利用させていただきました』
「これからは腕を枕にするように」
『了承しました』
むくりと松田が起き上がると、ころりと音を立てるようにしてステラが床に転がり落ちる。
「おはようなのです。わふ」
「お前も勝手に人の上に乗るな」
なんというか人狼はここまで堕落してよいのだろうか、と不安になる光景であった。
「全然起きてくれないご主人様も悪いのです。あんまりに起きてくれないので昨日はステラ散歩にも行っていないのです。わふ」
「寝ずに仕事をしたらその分多く眠るものなんだよ。というか散歩に俺が付き合う前提なのはなぜだ?」
「ご主人様とお出かけならどこでもいいです。わふ」
「だからお出かけ前提なのはなぜだ?」
「いつもいっしょにお散歩行ってくれたです。わふ」
「迷宮に行ったり、師匠のところに行くのは散歩じゃねえ!」
「わふ?」
要するにお出かけに連れて行けということか。
このところステラのあざとさが増してきている気がする。絶対確信的にとぼけている、と松田は先ほどの悪夢を思い出した。
愛しそうに下腹部を撫でて、「できちゃったです」と言われたときには寒気が走ったものだ。
ここはひとつステラの調教、もとい、再教育について考える必要があるかもしれない。
「――――お手」
「わふ?」
松田達が二十四時間ぶりとなる朝食を終え、探索者ギルドへと出発したのはそれからおよそ二時間ほど後のことであった。
たまたま古えの精霊樹の素材が手に入ったとはいえ、松田が必要としている素材はほかにも山積みであるのだ。
来週はドルロイの工房で修業なので、今週はもう少し迷宮探索に励む必要があるのである。
ステラはご機嫌でぐるぐると松田の周りを回っている。
そんなステラを昨日までは無表情であったはずのディアナが、呆れたように目じりを下げて見つめていた。
「――――あのう……」
到着そうそう、シーリースの鉄壁の営業スマイルが引き攣っていた。
騒がしかったギルドも水を打ったように沈黙が支配している。
いったい何が起こったのかとあたりを見回す松田であったが、彼らの視線の先を辿ればそこにはディアナの姿があった。
「どうしたんです? ディアナが何か?」
確かに今のディアナは幼女同然の外見かもしれないが、それはすでに周知のことであろう。
幼女マスターと呼ばれるのは業腹だが、こんな注目を集める理由がわからない。
「――――もう、手遅れだったんですね」
がっくりと肩を落として項垂れるシーリースの肩を抱いて、同僚の女性が慰めるように優しく頭を撫でた。
「もういい。あんたは頑張った。今夜は私が酒をごちそうしてあげるから、とことん飲もう!」
「ありがとうアキラ、でも私…………」
「諦めなさい。見ればわかるでしょう? 彼の魂は骨の髄まで幼女のものなのよ」
「でもそんなの間違ってる!」
「人にはその人にしかわからないどうしようもない業ってのがあるのさ」
「ごめん、ちょっと言っている意味がわかんない」
少なくともひどい誤解を受けていることだけはわかった。しかも誤解を解いておかなくては取り返しのつかないことになる恐ろしい誤解を。
「お前、あれがゴーレムって信じられるか?」
「あ、こっちみて隠れたぞ! くそっ、可愛いっ!」
「おお、俺もいけない趣味に目覚めてしまいそうだぜ……ふう」
ディアナを見る探索者たちのつぶやきを耳にして、ようやく松田は注目の理由に思い当たった。
彼らに起きている現象はハーレプストと同じ。
すなわち、ディアナを操っているのが松田であるという認識にある。
『なんだか怖いです主様』
自分が注目を集めていることに気づいたディアナは、松田の背中に張り付くようにして視線から隠れた。
――そんな仕草もすべて松田が操っていると思われている。
しかも恐ろしいことに否定できる手段がなかった。
庇護欲をそそる怯えたような表情、愛らしく潤んだ瞳、それはこれまでいかなるゴーレム使いにも達成することのできなかったゴーレムの人間化である。
シーリースも探索者たちも、幼女への愛ゆえに松田がその高みに達したのだと信じた。
逆にいえば、迷宮を探索するためには全く欠片ほども役に立たない、完全に無駄な努力であった。
だからこそ彼らは、松田が幼女とキャッキャウフフするためにゴーレムを改良したと信じたともいえる。
「うわあああああああんっ!」
情けない悲鳴を残して松田はディアナとステラを引き連れ、逃げるように迷宮へと駆け込んでいった。
運命の女神は常に皮肉なものである。
今までもそうであったが、このときはそれでもとびきりであった。
松田が迷宮に潜っておよそ十分も経たぬうちに、血相を変えた一人のギルド職員が飛びこんできた。
「――――大変だ! 東で新たに見つかった迷宮が溢れるぞ!」
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