アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第五十一話 災難の始まりその2

 「まずはこの枝を粉々に砕いて水で煮沸する」
 ハーレプストは手際よく古えの精霊樹の枝を砕いていくと、魔力釜に投入した。
 「あとは秘薬と魔力を馴染ませるわけだが……マツダ君は非常に純度の強い土属性だそうだね?」
 「はい。逆にいうとほかの属性が使えませんが」
 「魔力繊維の作成は錬金に近い作業だからね。君の魔力を同じ量で均一に一時間ほど注いでくれるかい?」
 「わかりました」
 そう返しながらも松田はハーレプストの一挙手一投足を凝視し続けていた。
 なんといっても松田には錬金再現という反則的なスキルがある。
 ハーレプストの作業を一度見るだけで再び再現が可能なのだから、今後のために一瞬たりとも見逃すまいと松田は気を張り詰めていた。
 「ところでマツダ君」
 「はい?」
 「どうして人形たちは自由な表情ができないかわかるかい?」
 「いえ、素体の調達が難しいからですか?」
 「まあ、それも理由のひとつではあるんだが――――」
 ハーレプストは深く息を吸い込むと苦笑した。
 「問題は制御方法がないのと魔力消費が激しいことなんだよ。君はゴーレムを使うが、表情まで操作することはしないだろう?」
 「まあ、そうですね。身体を動かすのは自由ですが、表情はどうしていいかわかりません」
 間接の稼働域や足の踏ん張りなど、こと戦闘に関する限り松田は規格外のゴーレム操作能力を持つ。
 しかしそれは表情や声帯を動かすのとは明らかに違う。
 操作しようと思っても操作する術がない。
 例えていうならば、人間型ロボットを動かすことはできるが、操作適用外については何もできないというのが近いだろうか。
 「そう、現在のゴーレム運用魔法では感情筋を動かす術式は存在しないんだ。だから君がいくらゴーレム運用の達人でも人形ゴーレムの表情は動かせない」
 そもそもゴーレムは、生命のない無機物に人間の代わりに雑用や戦闘を任せようとして創り出されたものである。
 当然制御するための術式は戦闘などの肉体労働以外を想定されてはいない。
 「それじゃ何のためにこの繊維を造るんですか?」
 魔力釜に魔力を注ぎ続けながら松田は首をひねった。
 せっかく動かすための組織をつくっても、動かすための術式がなければ意味がなかった。
 「ふふふ……ところがどっこい裏道があるのさ。この古えの精霊樹から造った魔力繊維は感情に反応する性質がある。もともと精霊樹は恐怖や絶望の感情を食らう魔物だからね」
 「ああ、なるほど。そういえば精霊樹の食料はそれでしたっけ」
 大抵の魔物は人間の血肉を食料とするが、精霊樹はその名のとおり精霊に近い性質を持ち、人間の感情に寄生してそれを食らう魔物である。
 精霊樹に寄生された人間は死ぬまで悪夢を見続けるともいう。
 その彼らの器官に感情に反応するものがあったとしても決して不思議ではない。
 「そこで僕が造った秘薬で感情のイメージを増幅するとだね。イメージ通りに繊維が反応するんだなこれが」
 「なるほど、ゴーレム操作ではなくイメージによる別介入なんですね」
 「そういうこと。でもどの程度反応するかは、とても微細な調整が必要になるからそのつもりでね」
 「――――了解」
 そこからはまるで憑りつかれたようにハーレプストと松田は作業に没頭した。
 煮だした枝の繊維を秘薬で漉き、弾力のある糸のような魔法繊維の原型ができるまで、さらに四時間以上の時間を必要とした。
 「眠くないかい? マツダ君」
 「はっはっはっ! 脳内麻薬がでているうちは眠くなりませんよ! 今じゃ意識的にアドレナリンを分泌できますからね!」
 まともな人間は深夜作業のためにアドレナリンを分泌したりしないので、決して真似をしてはいけない。
 とはいえ意識的に興奮状態を作り出し、アドレナリンを分泌するのは眠気を吹き飛ばすには非常に有効な手段である。
 だがくれぐれも良い子のみんなは決して真似してはいけない。
 なお、このアドレナリン分泌による興奮状態は、興奮が冷め賢者状態になると反動で指一本動かすのも苦しくなるので注意が必要だ。
 「さすがは我が同志。では遠慮なく魔力が馴染んできたら移植手術に移るから」
 「はっはっ! 同志ではないと言ったじゃありませんか、師匠!」
 お互いに危ないテンションのまま二人は作業を続けた。
 往々にしてこうしたテンションの時は妖精さんによる間違いが生じやすいものだが、そこは数知れぬ修羅場を潜り抜けてきた二人である。
 妖精さんの精度が違う。
 具体的にいうと、意識を飛ばして妖精さんが仕事をしていても寸分の違いもない仕事ができるほど身体に作業が沁みついているのだ。
 (妖精さんが仕事をしたり運転をしたりするのは非常に危険ですので、近くにそんな人がいたら止めてあげましょう)
 「足りん! まだ集中が足りんぞ! マツダ君!」
 「はいっ! 師匠!」
 「わっはっはっはっ!」
 「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 さらに三時間ほどの精緻な作業が続いただろうか。ついに二人は至高の魔法繊維の製作に成功した。
 その出来栄えにハーレプストは会心の笑みを浮かべる。
 「最高の人形を志して百年、この繊維は僕の長年の研究の成果の結晶だよ。マツダ君がいつか目指すべき頂さ」
 (ごめんなさいっ! 見ただけですでに覚えさせてもらってます! 本当にごめんなさいいいい!)
 日本人らしい罪悪感に責めさいなまれながら、改めて自分のスキルの反則ぶりに恐怖する松田であった。
 「移植自体はそれほど難しいことじゃない。人間の標本どおりに魔力で固着させればいいだけだからね」
 「なるほど、要領としては再生にイメージを付加したようなものですか」
 「そうなんだが……さすがは幼女マスターだな。この僕が施術で後れを取るなんて……」
 「ゴーレムマスターです! 二度とその名で私を呼ばないでください!」
 そこだけは譲ってしまったら大変なことになる。
 ことに可憐な蕾のようなディアナの顔に、仕上げの施術をしている現在ではなおのことであった。
 そしてついに、長きに渡ったディアナの改造――ヴァージョンアップ作業はいささかの乱れもなく終了したのだった。
 ――――パチリ
 大きな黒曜石の瞳が瞬きをして、不思議そうに首を傾げる。
 頬をマッサージするように両手で挟んだかと思うと、そこが自由に動かせることを確信してディアナはにぱっと笑った。
 それは新たなおもちゃを手に入れた幼い子供のようでもあり、誰が見てもごく自然な少女そのものの行動だった。
 思わずあんぐりと口を開けて驚いている松田を見て、ディアナはまさに輝くような微笑みを浮かべた。
 そしていかにもどうですか? と言わんばかりに松田を下から覗き込む。
 言葉こそでないが、今のディアナを見れば誰も人間であることを疑わないであろう。それほどにディアナの行動は可愛らしい少女そのものだった。
 「ディモールト、ベネ!」
 熱く潤んだ瞳を抑えてハーレプストは感激に浸った。
 主人に気に入ってもらうと寄り添うその姿は、ハーレプストが思い描いていたひとつの理想の極致であった。
 「マツダ君、やはり君は僕の理想の同志だった!」
 「いやいやっ! 待ってください私がどうして師匠の同志なんですか!」
 「うんうん、わかっているよ。その少女の所作ひとつひとつに、いかに君が少女を愛しているか伝わってくるようだ」
 ハーレプストはディアナの存在を知らない。
 ごく素直にディアナの身体を動かしているのは、松田のイメージの力であると受け取ったのである。
 なるほど、確かに女性特有の愛らしさ爆裂のディアナの行動をみれば、それを操ったと思われる松田の業の深さがわかろうというものであった。
 「ご、誤解です! 私はノーマルでですねっ!」
 そんな松田に気分を害したようにディアナはぐいぐい、と服を引っ張り自分に注意を向けようとする。
 『まだ感想を聞いていません』
 「くそっ! あざと可愛いから大人しくしてくれ! 頼むから!」
 「見事! 見事だよ! 僕は幼女マスターの力を見くびっていたようだ!」
 造形だけならこれまでにも傑作はあった。
 しかし今のディアナほどに萌えを感じさせる人形を製作できたことはない。
 ハーレプストはまさに萌えの深淵を見る思いであった。小手先の技術よりも必要なものはやはり魂の在り方なのだ。
 それを再確認できただけでも、今日の製作には計り知れぬ価値があった。
 そんなハーレプストの感想をよそに、松田は冤罪の悲鳴をあげ続けたのだった。その誤解が解けることはないことを内心では知りつつも諦めることできなかった。
 「諦めたらそこで試合終了だろうがっ!」
 『早く私の身体をダイナマイトに改造すればすぐに誤解は解けると思いますよ?』
 「それはそれ! これはこれ!」
 『なんでですかっっ!』








 ――――――ゴソリ
 同じころ、秘宝アーティファクトの大爆発で瓦礫の山と化した一室に蠢く影がゆっくりと立ち上がった。
 その姿は薄汚れてはいたが、目に見えて大きな傷はない。
 だが――――
 「緊急、緊急、稼働効率四十%低下、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター、マスター…………」
 少女の纏う空気は、明らかに倒れる前のものとは異なっていた。



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