アラフォー社畜のゴーレムマスター
第二十七話 過去の亡霊その2
「シェリーさんが仲間を殺した?」
トロイの言葉に松田は首を傾げる。もちろん頭から否定するつもりはないが、シェリーの人となりにそぐわないし、彼女が犯罪に問われる様子もない。
仮に殺したとしてもいわゆる殺人事件ではないのだろう。
「まあ、本人にその気はないのかもしれんがな」
「冗談じゃないわ! あいつのせいで……ダリウは……!」
トロイの言葉に冗談ではないと女魔法士は噛みついた。我慢しきれなかったのかその鳶色の瞳から涙がポロリとこぼれて落ちる。
「あの女には重病の母親がいる。それ自体は同情するし、いくばくかは支援してもいいと思っていた。ところがあの女は――収入を増やすために早く下層へ降りることにこだわった」
「ああ、貴方たちは前の――――」
「そうだ。シェリーをパーティーを組んでいた者たちだ」
そのときの鬼気迫るシェリーの表情を、トロイは昨日のように思い出す。
無理をしてはいけない、と思いつつも、つい攻略が進むことに気をよくしてしまった。
誰より最前線で身体を張っているのがシェリーだったから、仲間も強く彼女を止めることができずにいた。
――その結果、疲労の限界を超えたシェリーは普段であれば避けられたはずの一撃を受けて昏倒してしまう。
無防備に倒れたシェリーにグレイオークが止めを刺そうと斧を振り上げた。
間一髪のタイミングでシェリーを助けに入ったのが、ダリウ・サイヤード、先代のスカウトだった。
思えばダリウはシェリーに惚れていたのではないか。
今にしてトロイはそう思う。以前から好意らしき気配がないわけではなかった。
危機に陥った彼女を助けて、劇的に男と女が互いを意識する。そんな吟遊詩人の歌のような展開は現実にはない。
一人で突出したダリウは、かろうじて仲間たちの援護が届くまでシェリーを守り抜いた。
結果的にパーティーは一人の死者も出さずに撤退に成功する。
普通ならばペースを守らなかったシェリーを叱り、ダリウをねぎらってシェリーのおごりで夜の街に繰り出す――そんな未来もありえただろう。
だが、無情にも運命の一撃はダリウの前に振り下ろされた。
「ぎゃあああああああああっ!」
魂切る悲鳴があがり、ダリウは右腕を押さえて激痛のあまり転げまわった。
皮一枚で繋がり、ダラリと垂れ下がった右腕は、もはや彼が探索者として立ち直れないことを意味していた。
「…………シェリーも思ったより重症で三、四か月は使い物にならなかった。ダリウは切り落とされた腕を見て自嘲気味に笑っていたよ。田舎で羊でも飼って暮らすかってな」
「――そして彼は田舎には帰らなかった」
頷いてトロイは松田の言葉を肯定した。
「俺たちに……シェリーに心配をかけないようにと思ったんだろう。つい先週、マグナスへ向かう街道の谷底から奴の死体があがったよ」
農家の三男坊として追い出されるようにしてマクンバへとやってきたダリウにとって、探索者を続けられないというのは死刑宣告に等しかったのだ。
それでも仲間に心配をかけまいと、人知れず自らを処したダリウがたまらなくいじらしくてならなかった。
「あの女が身勝手な戦い方をしなければダリウが死ぬことはなかった。俺たちも同罪だということはわかっている。だからといってあの女を許すわけにはいかん!」
シェリー一人の責任でないことはトロイにもわかっている。
だからこそシェリーが奴隷に落ちることで、悲劇のヒロインのような面をしているのが我慢ならなかった。
「あの女は奴隷に落ちて当然だ。でかい面して下層に挑戦なんてされちゃ困るんだよ!」
「――――で?」
明らかに興味のなさそうな松田の返事に、トロイは拍子抜けしたように瞬きをした。
シェリーに惚れているなら怒って反論するだろう。そのほうがトロイとしても納得ができる。だが松田の反応はそのいずれでもなく、いうならば無関心であった。
「ちょっと! あんた話を聞いてたの? あの女のせいで、仲間が一人死んでいるのよ!」
女魔法士が怒りのあまり顔をリンゴのように赤く染めて罵ってくる。
今にも掴みかかろうというのを二人の男が必死に止めていた。
か弱い魔法士の身体では、ミスリルゴーレムに殴られただけで死んでしまうのは明らかであったからだ。
「お気の毒だ――――とは申しておきましょう。シェリーさんに非があったのも確かだと思います。でも、だからどうしたというのです?」
全く話が噛みあわない。
温厚そうな優男の風体をしながら、松田という人物が見かけと甚だ異なるということに、ようやくトロイたちは気づこうとしていた。
「では、あの女と別れる気はないのだな?」
「文書で契約してますからねえ……だいたい他人に期待しすぎじゃないですか? シェリーさんにも、それと、私にも」
「手間を取らせて悪かった。今後あんたを勧誘することは二度とない。安心してくれ」
「そうですか。ありがとうございます」
後ろも振りかえらずに彼らの前を通り過ぎた松田を睨みつけ、女魔法士はトロイの首を締めあげた。
「ちょっと! なんだってあいつを黙って帰すのさ!」
所詮松田は新米の鉄級探索者、骨の一本や二本折っても罪には問われまい。
銀級でも上位の自分たちを馬鹿にされて黙っていたら鼎の軽重が問われてしまう。彼女はそう言っているのだった。
「止めておけ。あの男は下手をするとあの女より遥かに性質が悪いぞ。性格も、実力も、だ」
あの仲間というものにいささかの希望も抱かぬ虚無の瞳。シェリーに同情することはあっても決して心を許すことはないだろう。
トロイはそれを確信していた。それに――――四人のなかでトロイだけが気づいていた。
ミスリルゴーレムに気を取られているなか、空中をガーゴイルのゴーレムが舞っていたということに。
「ようやくもう少しで下層に手が届くんだ。あんな疫病神を敵に回すことはない」
「それほどかい?」
スカウトの男が大げさに口笛を吹く。
冷たい汗が額を濡らしているところを見ると、彼なりに何か感じる部分があるらしかった。
「壊れた人間は怖い。たとえそれが実力不足の新米であったとしても、な」
翌日、迷宮の入り口に現れた松田は、シェリーを見てもほんのわずかも態度を変えなかった。
昨日どおりの穏やかな笑顔で松田は微笑む。
「おはようございます。シェリーさん」
「ああ、今日もよろしく頼む」
久しぶりの仲間との挨拶。
昨日と違い、自分にとっても未知の領域に進むかもしれないという高揚。
シェリーのテンションは否が応にも高まっていた。
「三十二階層以降は私にとっても未知の領域だ。慎重に行こう」
「そうですね。無理せずに行きましょう」
あのとき、自分に慎重に行こうという余裕があればこんな有様にならずに済んだろうか?
増長していた。多少無理をしても自分ならば大丈夫だという自負があった。
仲間の助けがあったからこそ三十階層を突破できたのだと、本当の意味では実感していなかった。
だが、今の自分は違う。違うはずだ。
「三十階層は罠が多いからスカウトなしには時間がかかるぞ?」
そう覚悟を固めていたのはなんだったのか?
「――――進め」
ゴーレムが無造作に罠を踏み抜き、一瞬のうちに無数の矢に突き刺されてハリネズミと化す。
だがそれだけだ。ゴーレムは魔力の供給を受けて再び無傷の状態へと復帰した。
実際に運用されてみると、ゴーレムという存在はまさにチートもいいところであった。
毒も効かない。石化も効かない。麻痺も魅了も効かない。ほぼ完ぺきな状態異常耐性に加え物理ダメージも治し放題。これでどうして運用するものがいないのか。
まるでおとぎ話の英雄のような万能ぶりである。
それもこれも松田の規格外の魔力があればこそ、そしてシェリー自身は知らないことだが、ゴーレムマスターという特殊スキルがあればこそだ。
とはいえさすがのシェリーも、あまりに圧倒的な才能の差に理不尽なものを覚えずにはいられなかった。
――――そして一時間も経たぬうちに、シェリーは因縁の三十二階層へと到達した。
(……大丈夫、もうあの頃の私じゃない……)
危うく死にかけたあのときの記憶が、背中に氷柱を押し込まれたような悪寒を走らせる。
それを松田に悟らせまいと、シェリーはことさら明るく声を張り上げた。
「この階層のグレイオークは強いぞ? ただのオークと思うと火傷するぞ!」
「了解っ!」
「わふう! ステラ、油断はしないのです!」
「あの通路の向こうはちょっとした広場だ。隠れる場所がないから敵が丸見えだが、その分数が多いから気をつけろ」
ゾクリ、と第六感がシェリーに告げた。
松田達の姿を確認してゾロゾロと集まってくるグレイオークとゴブリン、ゴブリンメイジの姿もちらほら見受けられる。
そしてグレイオークの中央で指揮を執るのは、あの日自分とダリウを死の淵へと追いやった個体である、と。
「二重影」
あのときには使えなかったすべてをぶつける。
シェリーは温存していた手札を使い切るつもりで駆け出した。
「ま、予想の範疇内かな」
連携もくそもなくシェリーが飛び出したことを、松田は意外に冷静に受け止めた。
彼女の最高到達階が三十二階であるというのなら、あの惨劇もまた三十二階であるはずだった。
「ステラ、しばらく俺から離れるなよ?」
「わかったですご主人様! わふ」
ゴーレムをタワーシールド装備の守備型に代えると、松田は久しぶりにゴーレム以外の土魔法を解き放った。
「岩嵐!」
人の頭ほどのありそうな巨大な岩石がオークたちの頭上に降り注ぐ。
ぐしゃりと鈍い音がして、たちまち二十を超えるオークとゴブリンがザクロのように潰れた肉塊へと変えられた。
仲間の凄惨な死を見せつけられたオークたちに動揺が走る。
そんな隙をシェリーが見逃すはずもない。
「刺突疾風!」
紫電のように駆け抜けたシェリーを追うように、額に穴を開けたゴブリンの屍が列を成していく。
「逃がさん! 貴様だけは!」
思わぬ苦戦に浮足立ったグレイオークが、退却を決断するよりも早く、ついにシェリーは仇敵へと躍りかかった。
トロイの言葉に松田は首を傾げる。もちろん頭から否定するつもりはないが、シェリーの人となりにそぐわないし、彼女が犯罪に問われる様子もない。
仮に殺したとしてもいわゆる殺人事件ではないのだろう。
「まあ、本人にその気はないのかもしれんがな」
「冗談じゃないわ! あいつのせいで……ダリウは……!」
トロイの言葉に冗談ではないと女魔法士は噛みついた。我慢しきれなかったのかその鳶色の瞳から涙がポロリとこぼれて落ちる。
「あの女には重病の母親がいる。それ自体は同情するし、いくばくかは支援してもいいと思っていた。ところがあの女は――収入を増やすために早く下層へ降りることにこだわった」
「ああ、貴方たちは前の――――」
「そうだ。シェリーをパーティーを組んでいた者たちだ」
そのときの鬼気迫るシェリーの表情を、トロイは昨日のように思い出す。
無理をしてはいけない、と思いつつも、つい攻略が進むことに気をよくしてしまった。
誰より最前線で身体を張っているのがシェリーだったから、仲間も強く彼女を止めることができずにいた。
――その結果、疲労の限界を超えたシェリーは普段であれば避けられたはずの一撃を受けて昏倒してしまう。
無防備に倒れたシェリーにグレイオークが止めを刺そうと斧を振り上げた。
間一髪のタイミングでシェリーを助けに入ったのが、ダリウ・サイヤード、先代のスカウトだった。
思えばダリウはシェリーに惚れていたのではないか。
今にしてトロイはそう思う。以前から好意らしき気配がないわけではなかった。
危機に陥った彼女を助けて、劇的に男と女が互いを意識する。そんな吟遊詩人の歌のような展開は現実にはない。
一人で突出したダリウは、かろうじて仲間たちの援護が届くまでシェリーを守り抜いた。
結果的にパーティーは一人の死者も出さずに撤退に成功する。
普通ならばペースを守らなかったシェリーを叱り、ダリウをねぎらってシェリーのおごりで夜の街に繰り出す――そんな未来もありえただろう。
だが、無情にも運命の一撃はダリウの前に振り下ろされた。
「ぎゃあああああああああっ!」
魂切る悲鳴があがり、ダリウは右腕を押さえて激痛のあまり転げまわった。
皮一枚で繋がり、ダラリと垂れ下がった右腕は、もはや彼が探索者として立ち直れないことを意味していた。
「…………シェリーも思ったより重症で三、四か月は使い物にならなかった。ダリウは切り落とされた腕を見て自嘲気味に笑っていたよ。田舎で羊でも飼って暮らすかってな」
「――そして彼は田舎には帰らなかった」
頷いてトロイは松田の言葉を肯定した。
「俺たちに……シェリーに心配をかけないようにと思ったんだろう。つい先週、マグナスへ向かう街道の谷底から奴の死体があがったよ」
農家の三男坊として追い出されるようにしてマクンバへとやってきたダリウにとって、探索者を続けられないというのは死刑宣告に等しかったのだ。
それでも仲間に心配をかけまいと、人知れず自らを処したダリウがたまらなくいじらしくてならなかった。
「あの女が身勝手な戦い方をしなければダリウが死ぬことはなかった。俺たちも同罪だということはわかっている。だからといってあの女を許すわけにはいかん!」
シェリー一人の責任でないことはトロイにもわかっている。
だからこそシェリーが奴隷に落ちることで、悲劇のヒロインのような面をしているのが我慢ならなかった。
「あの女は奴隷に落ちて当然だ。でかい面して下層に挑戦なんてされちゃ困るんだよ!」
「――――で?」
明らかに興味のなさそうな松田の返事に、トロイは拍子抜けしたように瞬きをした。
シェリーに惚れているなら怒って反論するだろう。そのほうがトロイとしても納得ができる。だが松田の反応はそのいずれでもなく、いうならば無関心であった。
「ちょっと! あんた話を聞いてたの? あの女のせいで、仲間が一人死んでいるのよ!」
女魔法士が怒りのあまり顔をリンゴのように赤く染めて罵ってくる。
今にも掴みかかろうというのを二人の男が必死に止めていた。
か弱い魔法士の身体では、ミスリルゴーレムに殴られただけで死んでしまうのは明らかであったからだ。
「お気の毒だ――――とは申しておきましょう。シェリーさんに非があったのも確かだと思います。でも、だからどうしたというのです?」
全く話が噛みあわない。
温厚そうな優男の風体をしながら、松田という人物が見かけと甚だ異なるということに、ようやくトロイたちは気づこうとしていた。
「では、あの女と別れる気はないのだな?」
「文書で契約してますからねえ……だいたい他人に期待しすぎじゃないですか? シェリーさんにも、それと、私にも」
「手間を取らせて悪かった。今後あんたを勧誘することは二度とない。安心してくれ」
「そうですか。ありがとうございます」
後ろも振りかえらずに彼らの前を通り過ぎた松田を睨みつけ、女魔法士はトロイの首を締めあげた。
「ちょっと! なんだってあいつを黙って帰すのさ!」
所詮松田は新米の鉄級探索者、骨の一本や二本折っても罪には問われまい。
銀級でも上位の自分たちを馬鹿にされて黙っていたら鼎の軽重が問われてしまう。彼女はそう言っているのだった。
「止めておけ。あの男は下手をするとあの女より遥かに性質が悪いぞ。性格も、実力も、だ」
あの仲間というものにいささかの希望も抱かぬ虚無の瞳。シェリーに同情することはあっても決して心を許すことはないだろう。
トロイはそれを確信していた。それに――――四人のなかでトロイだけが気づいていた。
ミスリルゴーレムに気を取られているなか、空中をガーゴイルのゴーレムが舞っていたということに。
「ようやくもう少しで下層に手が届くんだ。あんな疫病神を敵に回すことはない」
「それほどかい?」
スカウトの男が大げさに口笛を吹く。
冷たい汗が額を濡らしているところを見ると、彼なりに何か感じる部分があるらしかった。
「壊れた人間は怖い。たとえそれが実力不足の新米であったとしても、な」
翌日、迷宮の入り口に現れた松田は、シェリーを見てもほんのわずかも態度を変えなかった。
昨日どおりの穏やかな笑顔で松田は微笑む。
「おはようございます。シェリーさん」
「ああ、今日もよろしく頼む」
久しぶりの仲間との挨拶。
昨日と違い、自分にとっても未知の領域に進むかもしれないという高揚。
シェリーのテンションは否が応にも高まっていた。
「三十二階層以降は私にとっても未知の領域だ。慎重に行こう」
「そうですね。無理せずに行きましょう」
あのとき、自分に慎重に行こうという余裕があればこんな有様にならずに済んだろうか?
増長していた。多少無理をしても自分ならば大丈夫だという自負があった。
仲間の助けがあったからこそ三十階層を突破できたのだと、本当の意味では実感していなかった。
だが、今の自分は違う。違うはずだ。
「三十階層は罠が多いからスカウトなしには時間がかかるぞ?」
そう覚悟を固めていたのはなんだったのか?
「――――進め」
ゴーレムが無造作に罠を踏み抜き、一瞬のうちに無数の矢に突き刺されてハリネズミと化す。
だがそれだけだ。ゴーレムは魔力の供給を受けて再び無傷の状態へと復帰した。
実際に運用されてみると、ゴーレムという存在はまさにチートもいいところであった。
毒も効かない。石化も効かない。麻痺も魅了も効かない。ほぼ完ぺきな状態異常耐性に加え物理ダメージも治し放題。これでどうして運用するものがいないのか。
まるでおとぎ話の英雄のような万能ぶりである。
それもこれも松田の規格外の魔力があればこそ、そしてシェリー自身は知らないことだが、ゴーレムマスターという特殊スキルがあればこそだ。
とはいえさすがのシェリーも、あまりに圧倒的な才能の差に理不尽なものを覚えずにはいられなかった。
――――そして一時間も経たぬうちに、シェリーは因縁の三十二階層へと到達した。
(……大丈夫、もうあの頃の私じゃない……)
危うく死にかけたあのときの記憶が、背中に氷柱を押し込まれたような悪寒を走らせる。
それを松田に悟らせまいと、シェリーはことさら明るく声を張り上げた。
「この階層のグレイオークは強いぞ? ただのオークと思うと火傷するぞ!」
「了解っ!」
「わふう! ステラ、油断はしないのです!」
「あの通路の向こうはちょっとした広場だ。隠れる場所がないから敵が丸見えだが、その分数が多いから気をつけろ」
ゾクリ、と第六感がシェリーに告げた。
松田達の姿を確認してゾロゾロと集まってくるグレイオークとゴブリン、ゴブリンメイジの姿もちらほら見受けられる。
そしてグレイオークの中央で指揮を執るのは、あの日自分とダリウを死の淵へと追いやった個体である、と。
「二重影」
あのときには使えなかったすべてをぶつける。
シェリーは温存していた手札を使い切るつもりで駆け出した。
「ま、予想の範疇内かな」
連携もくそもなくシェリーが飛び出したことを、松田は意外に冷静に受け止めた。
彼女の最高到達階が三十二階であるというのなら、あの惨劇もまた三十二階であるはずだった。
「ステラ、しばらく俺から離れるなよ?」
「わかったですご主人様! わふ」
ゴーレムをタワーシールド装備の守備型に代えると、松田は久しぶりにゴーレム以外の土魔法を解き放った。
「岩嵐!」
人の頭ほどのありそうな巨大な岩石がオークたちの頭上に降り注ぐ。
ぐしゃりと鈍い音がして、たちまち二十を超えるオークとゴブリンがザクロのように潰れた肉塊へと変えられた。
仲間の凄惨な死を見せつけられたオークたちに動揺が走る。
そんな隙をシェリーが見逃すはずもない。
「刺突疾風!」
紫電のように駆け抜けたシェリーを追うように、額に穴を開けたゴブリンの屍が列を成していく。
「逃がさん! 貴様だけは!」
思わぬ苦戦に浮足立ったグレイオークが、退却を決断するよりも早く、ついにシェリーは仇敵へと躍りかかった。
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