アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第十九話 終末の杖ディアナその2

 ゴーレムでこじ開けた巨大な石棺は大きく口を開けた大理石の門に変貌している。
 ディアナの探索では中の奥行も多少大きくなっているらしい。
 そしてそこかしこから感じる魔物の気配。
 活性化した迷宮はすでに多数の魔物を産みだしているらしかった。
 そのうごめく魔物すべての動きを、ディアナは索敵によって完全に把握していた。
 『炎円舞フレアワルツ
 詠唱と同時に、仲間を呼びジリジリと松田を囲もうとしていたゴブリンの集団が、逆に丸い炎の塊に囲まれた。
 「ぎゃううううううっ!」
 魂切る悲鳴が上がりゴブリンは灼熱の熱さに耐えきれず、狂ったようにもだえ苦しむ。
 その姿がまるで踊っているかのようで、炎円舞フレアワルツとはよく言ったものだと松田は思わず苦笑する。
 くいくい、と小さく袖を引かれて視線を落とすと、ステラが爛々と目を光らせて興奮に息を荒くしていた。
 「ご主人様! ステラは? ステラは?」
 要するに自分も戦いたいらしい。あれほど言ったにも関わらず人狼化して全開で尻尾が揺れている。
 「待て(ステイ)! ステラ、待て(ステイ)!」
 「きゅううううううん…………」
 目に見えてがっかりして尻尾を丸めてしまうステラを見ると罪悪感が湧くが、ディアナに任せると約束した手前認めるわけにもいかなかった。
 それに結局人狼化してるし。
 『――――主様、無力化を完了しました。先に進みましょう』
 それからのディアナの無双はすさまじいの一語に尽きる。
 ディアナの本領は遠距離の魔法戦にあるようで、敵が近づくどころか視認することすら稀であった。
 何をする暇もない。ただ射程内に入った魔物が彼方から飛来する大火力によって一方的に殲滅されていくだけ。
 じっとしていることに我慢できなくなったステラは、魔石拾い係として駆け回っている。
 それはいいが、拾うたびに褒めてもらおうと見せに来るのはやめなさい。
 思わずステラの将来が心配になる松田であった。
 「わふ? ご主人様足りないですか?」
 しかも褒めるのが遅れると、しゅんとして瞳を潤ませるあざとさである。
 幼女の純真無垢なこの無言の圧力に、空気を読む日本人松田が抵抗できるはずがなかった。
 松田は結局、思う存分ステラを撫でまわし甘やしてしまうのだった。
 (またやってしまった――――)
 深い自己嫌悪に松田が沈みこもうとしていた頃、松田たちの前に大きな門が立ちふさがった。
 先日訪れたときにはなかった門。
 それがこの迷宮の新たなボスモンスターのための物であることは確実であった。
 「では、開けるぞ?」
 『はい。いつなりと万事お任せを』
 もうキマイラのときのような奇襲さえ許さないと、ディアナは決意する。
 恐る恐る扉を開けた松田の目に、無数の鎖を操る十メートルはありそうな巨大な蜘蛛の姿が映し出された。


 ――ディアナはその蜘蛛の正体を正しく看破した。
 千年もの間ディアナを封じ続けた神代から伝わるとされる古の鎖。
 滅亡した古ハルパラドス王国の国宝にして、拘束することでは他の秘宝の追随を許さない、その名も星々を縛る物。
 『――そうですか。貴方が魔物化したのですか』
 生を持たぬ秘宝の身であるはずのディアナであるが、かつて自分を縛っていた神器の登場には思わず震えた。
 それは同時に、彼女がディアスヴィクティナという一個の人格であることの何よりの証でもあった。
 戦うためには不要なものだ。
 だが主を守るため難敵と戦うことに、ディアナは恐怖以上に高揚を覚えていた。
 『よくも私をこんな薄暗い地下に閉じ込めてくれたものです。お返しはその身で味わいなさい!』


 ディアナが魔法を放つよりも早く、蜘蛛から四本の鎖が飛び出した。
 あれに拘束されたら魔法が使えなくなる。
 それを身をもって知っているディアナは直ちに防壁を展開する。
 『ノルンの鉄壁』
 突如出現した鉄の壁に阻まれた鎖は、ガシャリと鈍い音を立てて跳ね返された。
 『――――――しまっ!』
 だが正面からの鎖は囮であった。
 本命は死角の頭上から一本の鎖がディアナに襲いかかり、慌てて次の魔法を詠唱するが間に合わない。
 ライドッグに創造されて以来一人で戦ったことのない経験のなさが覿面にでた。
 「おっと、危ねえ」
 「性質の悪い鎖なのです。わふ」
 そのときようやくディアナは自分が一人ではないのだと思い出す。
 もとより杖の身にすぎないディアナは、一人では一歩たりとも動くこともできない。
 崇拝する主の手のなかにあればこそ、自分は終末の杖に相応しい力をふるうことができたのだということを、今さらのようにディアナは思い出した。
 それにしてもこの安心感はどうだろう。
 いまだ未熟も未熟な主だが、ディアナはすっかり心を許してしまっていたようである。それもディアナという人格を松田が認めてくれているからだ。
 ――――乙女として扱われるのは、それはそれで気恥ずかしいものなのだが。
 『ありがとうございます。主様』
 ――この人となら。
 大切な道具ではなく、一人の人格として自分を見てくれる松田となら。
 あの日ライドッグとともにあった充足感より大事な何かを自分に与えてくれる気がする。
 『接続の許可をいただけますか? 主様』
 そのためにはあの魔物と、千年の呪縛と決別しなければ。
 「接続って?」
 やはり秘宝だけに何か接続する機能がついているのだろうか? 魔力バッテリーのようなものに。
 『私たち秘宝は魔核から魔力を精製しますが、その量には限りがあります。ですが契約者の同意を得れば契約者の魔力も行使することができるのです』
 「ていうことは……俺の魔力を使いたいと?」
 『はい、主様のお許しをいただければ』
 ディアナの魔核は秘宝に相応しい高出力のものであるが、松田のレベルによる制限を受けている現在、全盛期には程遠い。
 あの魔物を倒すほどの出力は悔しいが今のディアナには出せないのだ。
 「好きにしろ。あの化け物が手ごわいってことくらい、俺にだってわかる」
 『ありがとうございます主様、誓って御身に勝利を』
 星々を縛る物が変じたと思われるあの蜘蛛が、特質を引き継いでいる可能性は非常に高い。
 すなわち、魔法を封じるという特質である。
 おそらくは通常の魔法ではあの蜘蛛の魔法防御を突破できないに違いなかった。
 ――だがディアナには人の上限を突破した禁呪タブースペルと、属性を超えた固有魔法オリジナルスペルがある。
 松田の規格外の魔力があれば今の自分でも使えるだろう。
 固有魔法オリジナルスペル、星を砕くもの(スターブレイカー)が。
 襲い来る鎖の嵐への対処を松田とステラに任せ、ディアナは詠唱を開始する。


 ――――かつてひとつの都市を滅ぼした魔法士がいた。
 火力においては造物主たるライドッグすら凌ぐといわれ、同じ秘宝の仲間とともに戦争を終末に導いたと伝えられる終末の杖――――その名を、ディアスヴィクティナ。
 彼女の得意とした固有魔法オリジナルスペルそのひとつがスター砕くものブレイカーだった。


 『――――消し飛びなさい。もう二度と私を捕えることは許さない――私には新しい主がいるのだから!』


 蜘蛛は軽くみじろぎして本能的な恐怖に身をこわばらせた。
 星々を縛る物から生まれた彼は、自分に魔法が通じないことを本能として知っている。
 ならば怖がる必要などないはずだ。
 知性こそ乏しいが彼はこの迷宮の主であった。
 恐怖をねじ伏せ、闘争本能が命ずるままに足に力をこめたそのとき、ディアナの詠唱が完成した。


 『スター砕くものブレイカー!』


 極限まで圧縮されたそれは、土水風火の四大ですらない光すら呑み込む重力波の塊である。
 属性魔法には無類の力を発揮する蜘蛛の魔法防御力も、ディアナだけが使用できる固有属性には紙のように儚かった。
 バキリ、ボキリ、グシャリ
 目に見えぬ力に抵抗するたびに、関節がゆがみ胴体が潰れていく。
 ほぼ数秒という短い間に、蜘蛛の身体は大量の体液と数十センチにまで圧縮された真っ黒な塊へとなり果てていた。
 同時に、空中を乱舞していた鎖が目に見えぬ操り糸を失ったように力を失って乱雑に大地へと転がった。
 『眠りなさい。貴方の使命はもう終わったのだから』




 「本当にすごかったんだな、ディアナ」
 途轍もない秘宝であることはわかっていたつもりだが、ここまで恐ろしい力を持っていたとは。
 なるほどこれなら好戦的にもなるはずである。
 『少しは見直していただけましたか?』
 「わふぅ、すごいです……」
 「すごいのはわかったけど、しばらく自重な」
 『そんなあああああああああああ!』


 「…………しかしまさかこの鎖が化けるとはなあ……」
 蜘蛛の核となった神器、星々を縛る物はディアナの一撃を受けてみるも無残な姿をさらしていた。
 残念だが解析を使っても構成はわからない。
 松田ではまだレベルが足りないということなのだろう。
 『そう遠くない将来わかるでしょうし、素材としては申し分ないものです。宝石化して持っていきましょう』
 「――宝石化?」
 『物質変換の土魔法ですよ。任意のものを宝石に圧縮して持ち運ぶための魔法で、知名度は高いです。この魔法がないと大きな獲物や素材を運ぶのは大変ですからね』
 また聞いたことのない魔法である。
 しかしゲームのように無限の容積を誇るアイテムボックスがないのなら、そうした魔法が必要になるだろう。
 元に戻すのはわりとシュールな光景な気もするが。
 松田は星々を縛る物に宝石化を試みる。
 そして魔法陣に使われていた特殊な秘宝や、ディアナを保管していた石棺などの千年前の叡智の結晶も宝石化して、松田は迷宮を後にしたのだった。



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