アラフォー社畜のゴーレムマスター

高見 梁川

第十八話 終末の杖ディアナ 

 リジョンの町を離れ、リュッツォー王国へ向かう松田は頭を悩ませていた。
 なんといってもまずはステラの扱いである。
 ゴドハルトに忠告されるまで、まさか人狼族がそれほど稀少な存在であるとは夢にも思わなかった。
 ディアナの時代から人狼の毛は高値で取引されていたが、血液が延命に効果があるのは初耳だという。
 少なくとも親元を探し出すまで、松田はステラの保護を止めるつもりはない。
 悪質な人身売買に狙われないためには、うまくステラの人狼化を隠す必要があるだろう。
 「ステラ、人狼化するとどうしても耳と尻尾は出てしまうのか?」
 「里の大人はみんな人狼の姿で暮らしているです。でも、人の姿のまま力を使うことはできると思いますです。わふ」
 ふんす、と力んで人の姿のまま人狼の力を使おうとしたステラだが、タヌキの化けの皮がはがれるかのようにポンと狼耳が飛び出てしまった。
 「わふううううう」
 慌てて両手で耳を隠そうとするステラを、松田は苦笑して頭を撫でた。
 「できるならそうしたほうがいい。これからは俺がいいというまでは人狼化するな。また厄介な奴に目をつけられないとも限らないからな」
 『そんな腐った連中は殲滅すればよいのです』
 「ディアナは物事を力で考えすぎだよ!」
 実はもうひとつ明らかになったことがあった。
 魔法知識や過去の歴史には素晴らしい力を発揮するディアナだが、争いごととなるとすぐに戦闘での解決を主張するのである。
 造物主のライドッグは英雄という話だが、それはディアナが言っているだけで実は脳筋なのではないかと疑っている松田であった。
 「君子危うきに近寄らずという言葉がある。俺は理不尽に屈しないとは言ったけれど、厄介ごとからは極力距離を置くつもりだからね!」
 リジョン子爵へのいたずらははあくまでも例外である。ゴーレムを使って脅し文句を言ってはみたが実際にどうこうするつもりは松田にはない。
 残念ながら倍返しできるのはドラマのなかだけだと松田は思っているが、実際は倍どころではない百倍返しをしていたというのはここだけの秘密である。
 『当然です。主様の力は規格外ではありますが無敵ではありませんから』
 リジョン子爵程度であれば問題はないが、いや、戦い方によってはリジョン子爵程度であっても松田は危うかった。
 土魔法しか使えないことも問題だが、何より魔法の使い方自体を知らないからだ。
 ライドッグに戦闘魔法に特化して作られたディアナも、戦い以外のことになるとそれほどよく知っているわけではなかった。
 「だったら殲滅とは言うんじゃないよ!」
 『主様に敵対する者を放置するほうが危険ではないですか?』
 「敵対にも消極的敵対とか、名目的敵対とかいろいろあるの! ディアナも緊急時以外は魔法を使用しないように!」
 『そんな……それでは私の存在意義が……』
 魔法の使用を禁じられたディアナは目に見えて落ち込んで無言になった。
 秘宝の癖にメンタルが弱いのは造物主の仕様なのだろうか。
 難しい話終わった? とつぶらな瞳で右手にすがりついてくるステラに癒されつつ松田は思う。
 「俺もあまり目立たないように単体のゴーレム性能を上げないとな……」
 松田の課題はそれであった。
 最大二百体という同時制御能力はすさまじいの一言に尽きる。
 しかし個体性能に限ってみれば実はそれほど大したものではなかった。
 それは探索者としては銅級という、ピラミッドでいえば底辺より少し上程度のラスネイルにゴーレムを倒されていることからもわかるだろう。
 魔力に物を言わせて巨人なども召喚してみたが、馬力はともかく強度はうすら寒いものでしかない。
 少し腕の立つ探索者の一撃を食らえば、たちまち足が砕け散って立っていることすらままならないはずである。
 城壁を破壊する工作機械の代わりならともかく、実戦で使える代物ではなかった。
 今のところ松田は質より量の数で勝負する以外では、いたって並みの探索者ということになる。
 『申し訳ありません。私も錬金学は基礎的なものしか知りませんで』
 残念なことにライドッグは火力重視の魔法士であったらしく、ディアナもそれほど錬金学については詳しくなかった。
 それでもゴーレム召喚の基礎はディアナに叩き込まれたようなもので、松田もその点について責めるつもりはない。
 だがゴーレムの個体能力をあげるうえで、錬金学の習得が必要なことも事実であった。
 「もう少し鉱物や化学式の勉強しておけばよかった……」
 もっとも現代日本には、魔法銀ミスリルなどというとんでも金属は存在しないから、どこまで役に立ったかは疑わしい。
 『錬金した秘宝や素材があれば、それを解析して理解することも可能なのですが……』
 「え? 実物があればいいの?」
 『解析すればレシピができます。解毒剤といっしょですよ。もちろんなんでもというわけにはいきません。私のような解析不能インポッシブルは無理ですし、今の主様のレベルでは伝説級以上の解析は不可能でしょう』
 解析するだけで真似が可能なら、とうの昔に七つの秘宝の謎は解明されている。
 それをさせないのが錬金術師の腕の見せ所であり、鍛冶師が秘伝とする技術であった。
 「薬学も覚えたいな。回復魔法が使えない俺にとっては死活問題だ」
 せっかく錬金術が使えるのだからエリクサーとまでは言わなくとも、ハイポーション程度は作成しておきたいところであった。
 「というか、あるのか? ハイポーション」
 薬草とか賢者の石じゃなくていいんだな? と何気にFF派な松田である。
 『もちろん、ハイポーションのレシピならありますよ?』
 「それを早く言えよ!」
 『でもレシピに必要な素材がありませんし』
 「おおう……そういえばそうか……」
 そのとき、松田の脳内で閃くものがあった。
 素材、秘宝、錬金、その単語を満たすものを最近どこかで見たような……。
 「ああああああああっ! ディアナが封印されてたダンジョン!」
 『それです! 主様!』
 よくよく考えれば世界最高峰に位置する絢爛たる七つの秘宝、終末の杖を封印していたのである。
 使用された素材も秘宝も、当時最高級のものが使われたに違いなかった。


 街道から外れ、この世界へとやってきた森の中を戻りながら、しばし松田は空を見上げて感慨に浸る。
 ステラは里に近い森の風景に興奮したらしく、先ほどからせわしなく走り回っていた。
 「わふうううううう!」
 それでも思い出したかのように松田に擦り寄ってきては、また駆け出していく様はまさにワンコである。
 ビバワンコ(可愛い)
 振り返ってみればまだこの世界に来てから三日しか経過していないのである。
 それがいつの間にかワンコが懐き、殺人を犯して領主に喧嘩を売ってきた。冗談のような運命の変転であった。
 きっとあのショーン・コ○リー似の神は今の松田を見て愉快なTV番組でも見たかのように笑っているに違いない。




 「今度こそわがままに――――われがままに生きる! それがこの異世界での俺の新しい生き方だ! (キリッ)だって! 死んだ魚みたいな目をしていたころの君に見せてあげたいよ! あーはっはっはっ!」
 ――――神、爆笑
 「きびだんごで命まで懸けるのは畜生だけでいいと思うんだよゴドハルト殿、だって? わかんないよ異世界人に桃太郎の話されたって! なんでよりにもよって桃太郎! お、お腹痛い……」
 超巨大に拡大したオーロラビジョンに、真剣な表情をした松田が映し出されて神はバンバンと大地を叩いた。
 「良かったね! 君に対して温かいのが便座だけじゃなくて! 心はいつもクールビズ(笑)だった君が両手に花とはうらやましいかぎりだよ! うぷぷぷぷぷっ!」




 ――――なぜだろう? 無性に死にたくなったような。
 なんだかとても恥ずかしい黒歴史を暴かれたような気がして、松田は密かに落ち込んだ。
 しかし松田が心でどれだけ鬱になったとしても、そんなことにはお構いなく目的地へは到着する。
 だがそこは先日訪れたはずの場所ではもはやなかった。
 大きく口を開けた階段。
 禍々しい怖気を呼ぶような気配。
 『――――迷宮になっちゃってますね』
 ディアナが驚くのも無理はなかった。彼女を千年もの月日封印し続けた因縁の場所である。
 思い出したくもない孤独に苛まれた記憶が眠る場所でもあった。
 『ですが今となってはただの迷宮のひとつにすぎません』
 孤独であった過去と違い、今のディアナには松田がいる。まだ頼りないが将来性は抜群の優しい主が。
 静かな決意とともにディアナは呟く。
 『ここなら人目もありませんし、いいですよね? 好きに戦ってしまっても』
 「…………あまり壊すなよ?」
 『今の主様のレベルでは使用できる魔法が限られますから、それほどひどいことにはならないでしょう』
 禁呪タブースペル固有魔法オリジナルスペルを使えば迷宮ごと跡形もなく消し去ることが可能だ。
 かつて戦略攻撃秘宝として造物主ライドッグの片腕を自認したディアナである。
 まずは松田にその片鱗なりと認めさせなくてはならなかった。
 『――――主様、どうかこの迷宮は絢爛たる七つの秘宝、終末の杖たるこのディアスヴィクティナにお任せを』



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