守銭奴にも武士の魂 ~札束風呂の元祖、岡定俊の貫いた武士の一分~
第四十三話 武士と武芸者
「――――おりく!」
白煙の晴れた地面に残る血痕を見つけた定俊は年甲斐もなく慌てていた。
長年の戦勘が定俊の脳内でけたたましい警鐘を鳴らしていたからである。すなわち、濃厚な死臭を嗅ぎ取っていたのだ。
杉の木や灌木が吹き飛ばされ、むき出しになった地面に仰向けになった姿で、血にまみれたおりくの姿を見つけた定俊は半狂乱となった。
「これ、おりく! 気をしっかりといたせ!」
おりくを抱き起そうとして一瞬定俊の手が止まった。おりくの腹部に深々と小楢の枝が突き刺さっており、それが致命傷であることを見た瞬間に悟ってしまったからだ。
「前にも同じようなことがありましたわね」
おそらくは息をするだけでも激痛が走るであろうに、おりくの声は凛として涼やかだった。
「戸木城か…………」
若い日の出会いを思い出して、定俊は相好を崩す。だがそれは、口元を震わせたなんとも歪んだものにしかならなかった。
死ぬつもりで臨んだ戦いであったはずである。もっとも、生きて帰ろうとして戦ったことは一度もない。だがそれはあくまでも自分の身だけのこと。こうしておりくの死を間近に迎えてみれば、定俊の心は蕭々たるうら寒い風に凍えんばかりであった。
「――またあのころのように手ずから、お主の看病をするのも悪くはない」
「まあ、お恥ずかしいこと」
二人ともそれが叶わぬ夢であることはわかっていた。しかしそれを口に出して認めることがどうしてもできなかった。
「後悔はしていませんし、まだ死ぬつもりもありません」
「うむ」
このまま死んでしまうことはおりくの生き方に反する。それがどれほど無謀で不可能に思えることであったとしてもである。
敵がそこにいるのに、主人を置いて死ぬことなどあってはならなかった。
「――――越後守殿とお見受けいたす」
静かな佇まいで闘志を滾らせる一人の男が現われたことに二人とも気づいていたのである。
竹永兼次は天祐を感じていた。
定俊と伊賀組の争いに横合いから割って入るといえば聞こえは良いが、定俊が倒されたり、戦闘力を失っていたならば竹永の目的は儚く消え去る。
武芸者である自分が策も弄さずに見弥山へ分け入り、闇雲に走ったというのにちょうど伊賀組が倒されたところに出くわすなど、偶然と呼ぶにもほどがあるであろう。
しかも見たところ配下のくのいちがほぼ瀕死の状態にあり、勝負に手出しできないものと思われた。これほど一生の舞台に相応しい機会はおそらく二度と訪れまい。
「……柳生か」
「いかにも、柳生新陰流免許、竹永隼人兼次、ゆえあって越後守の首頂戴仕る!」
独特の正眼の構えと、人差し指と親指で輪を描いたたつの口の握りから、定俊はすぐに竹永が柳生新陰流の流れを組むものと察した。
「そういえばたしか伊達家中に柳生流を使う男がおったな。さすがは前参議殿、老いてもいまだ天下への野心は衰えぬと見える」
すぐに定俊はおおよその事情を察した。柳生宗矩がこの段階で介入してくる可能性はまずない。あるとすれば伊達の黒脛巾組だが、そのなかにこれほどの柳生新陰流の使い手がいることだけが驚きだった。
「竹永よ。お主、なんのために戦う?」
定俊は何気なく問うた。
純粋な意味で竹永は忍びではなく武芸者であろう。その男が何のためにこの猪苗代までやってきたのか。政宗への忠誠心のゆえとは思われなかった。
「無論、強さを求めるため」
一片の躊躇もなく竹永は断言した。今よりももっと強くなるため、そして強さとは何かを知るためにこそ竹永はその身を闇の世界に置いていた。定俊との対決も、歴戦の武士を相手に戦うためにほかならない。
「――――そして強さを証明するため」
武芸者がいくら技術を磨いても、戦場で役に立つことは少ないと武士には低くみられることが竹永には腹に据えかねていた。戦えば定俊であろうと西国無双の異名をとる立花宗成であろうと勝利する自信が竹永にはある。それが戦場というごく限定された空間の実績だけで優劣を問われてはたまらない。
もともと武芸者というのは大名に仕官するために強さを磨いてきた。徳川家康の知己を得て将軍家指南役となった柳生家などはその筆頭である。
その強さを見せるもっとも有効な舞台は戦場となるが、どういうわけか戦場で活躍した剣士というのは史実でもあまり見当たらない。剣聖と謳われた上泉信綱でさえ、主家長野家の存続になんら貢献することができず、長野家滅亡を甘受さざるをえなかった。
以来、武芸者は戦場ではそれほど役に立たないのではないか、という風潮が武士の間にあることを竹永は知っていた。
決してそんなことはない。戦場だろうと道場だろうと、武士と武芸者が戦えば武芸者が勝つのである。武士は武芸者ほど強さを手にするために努力をしていないのだから。
「武運つたなく敗れても、生き方を全うした武士はすべからく美しい。武士とは強さではなく生き方なのだ。強さなどというのは数知れぬ花の彩りにすぎぬ」
定俊の言葉に竹永は奥歯をかみ砕かんばかりに噛み締めた。それは竹永の生き方の否定であり、哀れみと労わりすら感じさせるものであったからだ。
「――――ならば美しく、無様に死ぬがよい」
武芸者は美しくなどなくてよい。泥臭くとも強くありさえすればいいのだ。定俊の言うそれは、生き方であって戦い方ではないが、竹永はその違いを理解していなかった。
あるいはそうした割り切りこそが、竹永の強さに向ける無垢なひたむきさの証であったのかもしれない。
正眼の竹永に対し、定俊は脇構えでじりじりと間合いを詰めていく。
刀身を相手の視線から隠すことで間合いを悟らせない実戦的な構えであり、戦国期の武将が使い慣れた構えである。だが、刀身を敵とは逆方向に向けたその構えでは、同じ間合いなら先に相手の刃が届くのは自明の理。まして腕に勝る武芸者を相手にそれを選択するのは愚策としかいえなかった。
「侮ったか、越後守!」
正眼の構えのまま一歩を詰めた竹永の身体が、つんのめるように低く沈んだかと思うと下から太刀を内側に捻った斬り上げが定俊の左拳を襲った。これこそ柳生新陰流の奥義、神妙剣である。もともと斬り落としより斬り上げのほうが防ぐことは難しい。さらに脇構えの姿勢からではなおさらである。
正しく技術の極み、戦場での介者剣術しか知らぬ武士には真似のできぬ、理と訓練を重ねた至高の剣、剣に人生を捧げた武芸者だけに許された剣であった。
(――――もらった!)
捻りを加えたおよそ見たことのない軌道と拍子の斬り上げ、そして距離も遠くなる左からの攻撃を定俊が防ぐことは不可能と竹永は確信した。もう今から刀を振っても間に合わない。重い甲冑を着込んだ姿では避けることもできない。しかし定俊の行動は竹永の予想を遥かに超えていた。
最初から避けることなどせずに左肩を入れて鳩胸鴟口の西洋甲冑で刀を受け止めたかと思うと、同時に地面を突き刺すほど下がった相州正宗を垂直に跳ね上げて竹永の顔面を狙っている。
もちろん竹永は鎧兜に身を固めた武者を斬り倒すための訓練を積んでいるが、西洋甲冑のような成形された甲冑を相手にするのは初めてであった。
危機と好機は永楽銭の表と裏である。沈みこんだ上半身を狙う下からの攻撃を、竹永は大きく身体を捻ることで避けるしかなかった。
しかしさすがは当代一流の武芸者である。竹永は咄嗟に大地を蹴り、斬撃の際、捻りを加えた力を利用して左に回転しながら飛ぶ。
「なっ?」
致命傷を負い、余命いくばくもないと思われていたおりくの吹き矢がその竹永を狙っていた。飛んで空中にいる竹永にそれを避ける術はない。ただ武芸者としての本能が、咄嗟に左手を柄から離して吹き矢を受け止めさせた。おりくの吹き矢は竹永の目を狙っていたのだが、とりあえず最悪の事態は回避したといえる。
だがそれも時間の問題であった。もともと殺傷力の低い吹き矢には毒が塗られているのは常識といえたからである。
(――――負けた!)
ようやくにして竹永は武士の本質について悟りつつある。
彼らは戦闘という広い世界ではなく、戦場という限定された舞台にのみ特化された異形の存在なのだ。
常在戦場といえば聞こえは良いが、武芸者は道場や日常、決闘や試合の全てにおいて強さを追及する。
だが武士が最高の力を発揮するのは戦場のみである。彼らは幼児のころからそうあるべく躾けられていた。逆にいえば武士は戦場でしかその力を存分に発揮することができない。武芸者が戦場で武士に勝てないのはそれが原因であった。
着地した足が、踏みとどまることができずに流れる。背後で定俊が刀を振りかぶる気配が見ずとも手に取るようにわかった。
武士の介者剣術は並みの防御など弾き飛ばす素朴な剛剣である。片手でそれを受けることができないことは剣一筋に生きてきた竹永が誰よりわかっていた。
(我が武運もこれまでか)
瞬きほどの時間もない、あるかなきかほどのわずかな時間に、竹永はかつてない膨大な記憶と思いに揺られていた。
強さとはなんだったのか。
何故師、柳生宗矩は生きよと言ったのか。
逃れられぬ死を前にして、若き修行の日々、強さに対する憧れ、そして失望がありありと思い出された。
武芸者にとって試合であっても敗北は死を意味する。竹永も他流試合を挑み数多くの武芸者を殺してきた。自分もまた、いつかそうした死を迎えることに何の疑問も持っていなかった。
――だが今は無性に生きたい。
勝利も敗北も彼岸の彼方に消え去り、竹永の思いはすべて生きることへの渇望に塗りつぶされていった。
「剣士には生き続けた先にしか見えぬものがある」
宗矩の言葉がいつまでも竹永の脳裏に木霊していた。
――――そして時は動き出す。
白煙の晴れた地面に残る血痕を見つけた定俊は年甲斐もなく慌てていた。
長年の戦勘が定俊の脳内でけたたましい警鐘を鳴らしていたからである。すなわち、濃厚な死臭を嗅ぎ取っていたのだ。
杉の木や灌木が吹き飛ばされ、むき出しになった地面に仰向けになった姿で、血にまみれたおりくの姿を見つけた定俊は半狂乱となった。
「これ、おりく! 気をしっかりといたせ!」
おりくを抱き起そうとして一瞬定俊の手が止まった。おりくの腹部に深々と小楢の枝が突き刺さっており、それが致命傷であることを見た瞬間に悟ってしまったからだ。
「前にも同じようなことがありましたわね」
おそらくは息をするだけでも激痛が走るであろうに、おりくの声は凛として涼やかだった。
「戸木城か…………」
若い日の出会いを思い出して、定俊は相好を崩す。だがそれは、口元を震わせたなんとも歪んだものにしかならなかった。
死ぬつもりで臨んだ戦いであったはずである。もっとも、生きて帰ろうとして戦ったことは一度もない。だがそれはあくまでも自分の身だけのこと。こうしておりくの死を間近に迎えてみれば、定俊の心は蕭々たるうら寒い風に凍えんばかりであった。
「――またあのころのように手ずから、お主の看病をするのも悪くはない」
「まあ、お恥ずかしいこと」
二人ともそれが叶わぬ夢であることはわかっていた。しかしそれを口に出して認めることがどうしてもできなかった。
「後悔はしていませんし、まだ死ぬつもりもありません」
「うむ」
このまま死んでしまうことはおりくの生き方に反する。それがどれほど無謀で不可能に思えることであったとしてもである。
敵がそこにいるのに、主人を置いて死ぬことなどあってはならなかった。
「――――越後守殿とお見受けいたす」
静かな佇まいで闘志を滾らせる一人の男が現われたことに二人とも気づいていたのである。
竹永兼次は天祐を感じていた。
定俊と伊賀組の争いに横合いから割って入るといえば聞こえは良いが、定俊が倒されたり、戦闘力を失っていたならば竹永の目的は儚く消え去る。
武芸者である自分が策も弄さずに見弥山へ分け入り、闇雲に走ったというのにちょうど伊賀組が倒されたところに出くわすなど、偶然と呼ぶにもほどがあるであろう。
しかも見たところ配下のくのいちがほぼ瀕死の状態にあり、勝負に手出しできないものと思われた。これほど一生の舞台に相応しい機会はおそらく二度と訪れまい。
「……柳生か」
「いかにも、柳生新陰流免許、竹永隼人兼次、ゆえあって越後守の首頂戴仕る!」
独特の正眼の構えと、人差し指と親指で輪を描いたたつの口の握りから、定俊はすぐに竹永が柳生新陰流の流れを組むものと察した。
「そういえばたしか伊達家中に柳生流を使う男がおったな。さすがは前参議殿、老いてもいまだ天下への野心は衰えぬと見える」
すぐに定俊はおおよその事情を察した。柳生宗矩がこの段階で介入してくる可能性はまずない。あるとすれば伊達の黒脛巾組だが、そのなかにこれほどの柳生新陰流の使い手がいることだけが驚きだった。
「竹永よ。お主、なんのために戦う?」
定俊は何気なく問うた。
純粋な意味で竹永は忍びではなく武芸者であろう。その男が何のためにこの猪苗代までやってきたのか。政宗への忠誠心のゆえとは思われなかった。
「無論、強さを求めるため」
一片の躊躇もなく竹永は断言した。今よりももっと強くなるため、そして強さとは何かを知るためにこそ竹永はその身を闇の世界に置いていた。定俊との対決も、歴戦の武士を相手に戦うためにほかならない。
「――――そして強さを証明するため」
武芸者がいくら技術を磨いても、戦場で役に立つことは少ないと武士には低くみられることが竹永には腹に据えかねていた。戦えば定俊であろうと西国無双の異名をとる立花宗成であろうと勝利する自信が竹永にはある。それが戦場というごく限定された空間の実績だけで優劣を問われてはたまらない。
もともと武芸者というのは大名に仕官するために強さを磨いてきた。徳川家康の知己を得て将軍家指南役となった柳生家などはその筆頭である。
その強さを見せるもっとも有効な舞台は戦場となるが、どういうわけか戦場で活躍した剣士というのは史実でもあまり見当たらない。剣聖と謳われた上泉信綱でさえ、主家長野家の存続になんら貢献することができず、長野家滅亡を甘受さざるをえなかった。
以来、武芸者は戦場ではそれほど役に立たないのではないか、という風潮が武士の間にあることを竹永は知っていた。
決してそんなことはない。戦場だろうと道場だろうと、武士と武芸者が戦えば武芸者が勝つのである。武士は武芸者ほど強さを手にするために努力をしていないのだから。
「武運つたなく敗れても、生き方を全うした武士はすべからく美しい。武士とは強さではなく生き方なのだ。強さなどというのは数知れぬ花の彩りにすぎぬ」
定俊の言葉に竹永は奥歯をかみ砕かんばかりに噛み締めた。それは竹永の生き方の否定であり、哀れみと労わりすら感じさせるものであったからだ。
「――――ならば美しく、無様に死ぬがよい」
武芸者は美しくなどなくてよい。泥臭くとも強くありさえすればいいのだ。定俊の言うそれは、生き方であって戦い方ではないが、竹永はその違いを理解していなかった。
あるいはそうした割り切りこそが、竹永の強さに向ける無垢なひたむきさの証であったのかもしれない。
正眼の竹永に対し、定俊は脇構えでじりじりと間合いを詰めていく。
刀身を相手の視線から隠すことで間合いを悟らせない実戦的な構えであり、戦国期の武将が使い慣れた構えである。だが、刀身を敵とは逆方向に向けたその構えでは、同じ間合いなら先に相手の刃が届くのは自明の理。まして腕に勝る武芸者を相手にそれを選択するのは愚策としかいえなかった。
「侮ったか、越後守!」
正眼の構えのまま一歩を詰めた竹永の身体が、つんのめるように低く沈んだかと思うと下から太刀を内側に捻った斬り上げが定俊の左拳を襲った。これこそ柳生新陰流の奥義、神妙剣である。もともと斬り落としより斬り上げのほうが防ぐことは難しい。さらに脇構えの姿勢からではなおさらである。
正しく技術の極み、戦場での介者剣術しか知らぬ武士には真似のできぬ、理と訓練を重ねた至高の剣、剣に人生を捧げた武芸者だけに許された剣であった。
(――――もらった!)
捻りを加えたおよそ見たことのない軌道と拍子の斬り上げ、そして距離も遠くなる左からの攻撃を定俊が防ぐことは不可能と竹永は確信した。もう今から刀を振っても間に合わない。重い甲冑を着込んだ姿では避けることもできない。しかし定俊の行動は竹永の予想を遥かに超えていた。
最初から避けることなどせずに左肩を入れて鳩胸鴟口の西洋甲冑で刀を受け止めたかと思うと、同時に地面を突き刺すほど下がった相州正宗を垂直に跳ね上げて竹永の顔面を狙っている。
もちろん竹永は鎧兜に身を固めた武者を斬り倒すための訓練を積んでいるが、西洋甲冑のような成形された甲冑を相手にするのは初めてであった。
危機と好機は永楽銭の表と裏である。沈みこんだ上半身を狙う下からの攻撃を、竹永は大きく身体を捻ることで避けるしかなかった。
しかしさすがは当代一流の武芸者である。竹永は咄嗟に大地を蹴り、斬撃の際、捻りを加えた力を利用して左に回転しながら飛ぶ。
「なっ?」
致命傷を負い、余命いくばくもないと思われていたおりくの吹き矢がその竹永を狙っていた。飛んで空中にいる竹永にそれを避ける術はない。ただ武芸者としての本能が、咄嗟に左手を柄から離して吹き矢を受け止めさせた。おりくの吹き矢は竹永の目を狙っていたのだが、とりあえず最悪の事態は回避したといえる。
だがそれも時間の問題であった。もともと殺傷力の低い吹き矢には毒が塗られているのは常識といえたからである。
(――――負けた!)
ようやくにして竹永は武士の本質について悟りつつある。
彼らは戦闘という広い世界ではなく、戦場という限定された舞台にのみ特化された異形の存在なのだ。
常在戦場といえば聞こえは良いが、武芸者は道場や日常、決闘や試合の全てにおいて強さを追及する。
だが武士が最高の力を発揮するのは戦場のみである。彼らは幼児のころからそうあるべく躾けられていた。逆にいえば武士は戦場でしかその力を存分に発揮することができない。武芸者が戦場で武士に勝てないのはそれが原因であった。
着地した足が、踏みとどまることができずに流れる。背後で定俊が刀を振りかぶる気配が見ずとも手に取るようにわかった。
武士の介者剣術は並みの防御など弾き飛ばす素朴な剛剣である。片手でそれを受けることができないことは剣一筋に生きてきた竹永が誰よりわかっていた。
(我が武運もこれまでか)
瞬きほどの時間もない、あるかなきかほどのわずかな時間に、竹永はかつてない膨大な記憶と思いに揺られていた。
強さとはなんだったのか。
何故師、柳生宗矩は生きよと言ったのか。
逃れられぬ死を前にして、若き修行の日々、強さに対する憧れ、そして失望がありありと思い出された。
武芸者にとって試合であっても敗北は死を意味する。竹永も他流試合を挑み数多くの武芸者を殺してきた。自分もまた、いつかそうした死を迎えることに何の疑問も持っていなかった。
――だが今は無性に生きたい。
勝利も敗北も彼岸の彼方に消え去り、竹永の思いはすべて生きることへの渇望に塗りつぶされていった。
「剣士には生き続けた先にしか見えぬものがある」
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