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山口 犬

4-23 あの日のこと1






「ユウタさんが……小夜ちゃんを……どういうこと?」


「へぇー本当に知らないんだぁ……あ、そうだ!どうせなら、この男から直接聞いてみれば?」



履物を腹部まであげ腰の高さで紐を縛り、身なりを整えてセミロングな髪をかき上げ後ろに回す。

そして目の前の男の口に無造作に突っ込まれた布を手品の旗を出すように、ゆっくりと引き抜いて行く。


「――ぼはぁっ!!!」


ユウタの口から、粘り気のある唾液を混ぜながら口の中にたまっていた息が放出された。




「ほら……ハルナさんが、あんたに聞きたいことがあるってさ!……”お・と・う・さ・ま”」


「……?」





ハルナは、ヴェスティーユの言葉に違和感を覚える。
自分を生み出した存在のことを”お母様”と呼んでいたが、いまはユウタのことを”お父様”と呼んだ。

不快な考えがハルナの頭の隅を通り抜けていったが、それを意識的に追いかけようとはしなかった。




「……どういうことですか、ユウタさん」




ユウタは四肢も自由にされ、ハルナたちに背を向けてゆっくりと身体を起し、縛られていた布で下腹部を今更ながら隠した。
そこからユウタの身体は不規則に身体が震え出し、次第に嗚咽の声が静かな部屋に響き出した。



「……あーあ、泣きだしちゃった。……ったく、こんな男のどこがいいのかしらねぇ」




ヴェスティーユは、先ほどまで身体を貪っていた男のことを見下した。
呆けているハルナの横にいつの間にかステイビルの姿があり、いつでもハルナの前に出て、その身を守ろうとする体勢だった。

ハルナは落ちついて、もう一度先ほどの言葉の意味がどういうことか目の前の二人に問い質した。




「あぁ、そうだったね。私も実際には見てなくって聞いた話なんだけどね……」




そう前置きをしてから、ヴェスティーユはハルナにユウタについて知っていることを語り始めた。














まず初めに聞いたことは、ハルナも知らない内容だった。
ユウタはフユミとは、母親違いの姉弟だったということ。



フユミとユウタの母親はハルナの祖母が、とある店を経営者としてではなく、雇われ責任者として働いていた時の話だ。
二人の父親は当時の店での客人で、決して隠し子がいると公表してはいけない重要な人物だった。

そういうこともあり、フユミとユウタはお互いの存在を知らないまま生きてきた背景がある。


フユミは頭脳明晰で、異性や同性からも慕われている存在だった。
しかし、そんなフユミにも悩みがあった。


『自分の父親は誰なのか……』


フユミが高校生の時、母親は不治の病によって命を落とす。
その時に自分がどうしてこの世に生を受けたかの話を聞く。
最後に、「椿ママを頼りなさい」という言葉を残し息を引き取った。

フユミは銀座で椿という名の女性を探すと、その女性はすぐに見つかった。
その女性は、自分の店を構えているということでその店を訪ねた。

椿という女性は、フユミのことを見るとその母の名を言い当てたことに驚いた。
それ程フユミは、母親に似ていたのだろう。

フユミは椿に母の死を告げると、この店で働くように勧めた。
フユミ自身はなぜか片親だが信じられないくらいの資産が残されていたことに驚いた。
この資産があれば、早々生活に困ることはなかった。

それでもフユミは、この提案に乗った。
夜の街で働いていると、いつか自分の父親に出会える――そんな希望が生まれたためだった。


フユミはそこから日中は大学、夜は勉学に影響が出ない程度に店の手伝いをするという生活が始まる。
そこで、父親の情報を探りながら夜の街で働き続けた。
しかし、父親の存在は感じられるがいつもその途中で情報がブッツリと途切れてしまう。
誰かが意図して、そこに辿り着けないようにしているかのように情報が途切れてしまうことが多々ある。


そこで、もう一つ辿り着いた情報があった。


『自分には腹違いの義弟がいる』ということ――


その義弟は、母親に捨てられていたことがわかった。
フユミは残された家族を探す、その義弟はいま引きこもりの生活をしていることがわかった。


店でのコネなどあらゆる手段を使い、フユミは義弟の居場所を突き止めた。
その義弟の名はユウタといった。
当時年齢は十六、七で学校には行っておらず、親が残していた資産で生活していた。
フユミもそうだったが、何故か自分の口座に定期的にお金が振り込まれていたため生活に困るということはなかった。


フユミはユウタの家に訪れて、自分の義弟であることを告げた。
そして、自立できるまで一緒に生活をする様に話を持ちかけた。
ユウタは、自分の知らないところで姉と言われてもと反発しようとしたが、フユミの美貌にその誘いを断る事ができなかった。


フユミは怠け者だったユウタに料理を教えた。
ユウタもそんなに頭の回転が悪いわけではなく、使い方を知らなかっただけのようだった。

教え方の上手なフユミの指導により、ユウタの調理師の腕はプロレベルを軽く超えていた。
そこでフユミは、ハルナの祖母である椿にユウタを店で働かせてもらえないかと交渉し、店に出す調理の実力を試した。


こうしてフユミとユウタはハルナの祖母、椿の店で働くことになった。












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