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山口 犬

2-66 あの尾根を越えて





「ふぅ、ふぅ……」



『頂上まであともう少しです。この尾根を越えると、楽になりますから』



ハルナはコボルドに励まされる。


「大丈夫ですか、ハルナさん?……背中押しましょうか?」



「ありがとう。大丈夫よ……クリエさん」


先程からクリエは、ハルナの身体に触ろうと背中を押すことを提案してくる。
その様子を見てカルディはソフィーネと笑っているが、カルディの目は笑ってなかった。





エレーナたちと別れ、それぞれの方向へ歩みを進め始めたのは一時間ほど前。
太陽はまだ上部に位置しているが、少しずつ傾いているのが影からも見て取れる。
山脈の最も高い山頂部は雲に隠れているが、ハルナ達が目指す尾根は雲はかかっていない。
そのため、幾分か歩きやすくなっている。



ハルナたちはようやく、一番高いところに到着した。
ハルナは岩の上に腰を下ろした。

今まではなかった風が、ハルナの髪をそよがせる。
西からの風が山に当たり、上向きに吹いてくる風だった。


「うーん……気持ちいい……」


ハルナは両手を伸ばして、背伸びをしながら風の気持ちよさを肌に感じる。



「ハルナさん……よろしければ、おひとついかがですか?」


クリエが差し出してきたのは、小さなランチボックスでその中には四角形をしたミニサンドイッチが並んでいた。


「え?いいんですか!?」



お腹が空き過ぎていたハルナの胃袋にとって、クリエからのおすそ分けは渡りに船だった。




「どうぞ、遠慮なさらずに。まだありますからお好きなだけどうぞ!」




嬉しそうに、ハルナに渡す。
そして、ポットからすこし苦くなった紅茶を注いで、一緒に手渡した。




「しかし上から見ると、こうも違いがあるんですね」



カルディが、尾根から見下ろした東西の景色の違いの感想を述べた。

大きな違いは、城としての機能。
東は普通のお城として、国民の象徴として。
そして、国の要としてのある程度の戦略的な造りになっている。
対して西の城は、一言で言えば要塞。
外観から、全てのものを制圧する重苦しい雰囲気が漂っていた。
やはりその辺りは、二つの国のそれぞれの過去の歴史が大きく影響しているのだろう。


ハルナもその様子を見比べて、西側の重苦しい雰囲気はすぐに感じとれた。
最後のサンドイッチも、左の手に収まったままだった。



『人間たちよ。そろそろ出発しないと、先ほどのペースだとふもとに着くのは日が落ちてなってしまうぞ』


その言葉にハッとしたハルナは急いで口にサンドイッチを頬張り、ほとんど冷めてしまった飲み物を流し込んだ。
それを喉に詰まらせたハルナは、自身の胸をどんどんと叩く。

クリエは、チャンスと言わんばかりにハルナの傍によるが、その動きを見て近くにいたソフィーネがハルナの背中を掌で叩いていた。



「あー、窒息するかと思いました。ソフィーネさん、ありがとうございます……」


「フフフ。いいえ、どういたしまして」



ソフィーネは、悪戯にクリエの顔を見る。
そこには、恨めしそうにソフィーネに視線を送る、残念そうなクリエの顔が見えた。




『では、いきましょうか』




その号令で、全員が腰を上げた。
今度は西側のふもとを目指して、一同は山を下っていくことになる。

登りはそれできつかったが、下りでかかってくる負担も登りで疲れた下半身にとってはなかなか辛いものがある。


チャンスを待つクリエも、さすがにハルナに手助けするのは難しかった。


しかし、下りのスピードは登りよりも三倍程度、スピードが上がっている。
この調子だと何も起こらなければ、太陽が完全に落ちる前にはふもとまで到着できそうなペースだった。


さらにスピードも上がり、足を運んでいく場所や順番を確認しながら進んで行くため、ハルナとクリエは集中をして一言も言葉が出なかった。




西側ルートもあと半分ほどとなり、振り返って通ってきた尾根を見上げるが、風向きがまた変わったのか雲が出てきてもう見えなくなってしまた。

しかし順調に進んで行き、おおよその到着までのペース配分がようやく見えてきたところもあり、自分の身体から疲労を騙すことができた。



――ガサ



急にハルナの前を歩いていたソフィーネが立ち止まった。
止まれずにハルナは下る勢いを抑えられずソフィーネの背中にぶつかるが、その衝撃にもソフィーネはビクともしなかった。




物音に気付いた先頭のコボルドも、立ち止まって茂みの中を見る。
が、その正体については既に判っていたようだった。



『怯えなくともよい。出てくるがいい』


コボルドは茂みに向かってそう告げた。




すると、小さな槍と弓矢を持った数匹のコボルドが姿を現す。
その姿からは戦闘員というより、自分の身を守るための持った武器だった。




『ゴ……ゴ無事デシタカ……火ノ手ガ上ガリ非難シテオリマシタ。長モゴ無事デショウカ?』


コボルドが自分たちの長を心配をして、状況を確認する。




『心配いらない。この者たちに助けられ、長は無事だ……だが、少し長い眠りに入っている。その間私が長の役目を仰せつかった。そのことを生き残った者たちに広めてほしい』


その話しを聞いたコボルドたちは、一斉に跪く。



『畏マリマシタ、新シイ長ヨ……ソレデハ早速、広メテ参リマス』



そうしてすぐに行動に移そうとする、コボルドを手を上げて一旦止めた。



『それともう一つ。これから当分の間、この道を通る人間を襲うのは中止とする。……ただ、人間が森を侵したり、我らに理由もなく危害を与えた場合には、一度私に報告すること。そこから、どうするか考える。……いいか?このことも併せて広めるがいい』



その言葉の内容に、目の前のコボルドたちは戸惑う。

ずっと敵であった人間を攻撃しない――


新しい長が何を考えているか理解はできなかった。
だが、長のいうことは絶対だった。
コボルドたちはその命令を承諾し、今のことを自分たちの仲間に伝えるためまた茂みの中に戻っていった。




「コボルドさん……」



クリエはコボルドを見る。



『人間よ、これはひとまずの措置だ。これからお前たちがどのように西の国と交渉するか……それによって、今後のことが決まる。いいな?』



「ありがとうございます」



クリエは、自分の考えが理解されていることに喜びを感じた。
そして、なんとしてもこの問題を無事に解決していかなければならないと、改めて思いを強くする。







そこから一時間ほど経過し、ハルナたちは空が赤く染まり始めた頃に西の国のふもとに到着した。







          

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