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山口 犬

幕間4 【エレーナとアルベルト、ときどきハルナ】



フウカは野獣の言葉を空気の振動に変換し、ハルナ達にも伝わるようにした。


『おい、そこまでだ。敵である人間と戯れることなど許さんぞ』


『許さないってどういうこと?私をどうするつもり?』


『……これ以上、困らせないでくれ。群れをまとめる俺の、これが最大限の譲歩なのだ』


『それで私を群れから追い出したってことなのね』




ハルナ達には何がなんだかわからなかった。
ただ、種族間で揉め事が起きているのは確かだった。



『そんな貴方が、群れを離れてこんなところにいていいの?』


『お前のことが心配なのだ。最近は少なくなったが、我々の仲間を襲うものは、未だいるのだ』


『でも私はね、この精霊様に誓って無益な殺生はしないわ。この子達にもそう教えていくの』


『む。精霊様……とな?』




フウカは、ハルナの肩から飛び降りてもう一頭のギガスベアまで近寄った。




『おお。これは精霊様。お初にお目にかかります。わたくしは、この周囲を縄張りとしております、一群を束ねておる者です。以後、お見知りおきを――』


「えっと……私はフウカ。こっちがハル姉よ」


「話しかけも大丈夫かしら?……フウカの契約者のハルナです。こちらがエレーナ、その隣がアルベルトさん」


『ほう……精霊様の契約者であれば、問題はない』


「有難うございます。……どうして、人間が敵と?何かあったのでしょうか」




もともと違う種族であるため、共存する立場にはないはず。
それは当たり前のことだが、あえて”敵”という言葉を用いたのか気になった。


『それはここ数年、我らを必要以上に狩るものがいるのです。我らも他の種族を食料としているため、殺したりしますが必要以上のものを殺めたりしません。食べていくだけの量で充分なのです』


「その人たちは、それ以上の数を……?」


『そうです。明らかに、食べる量以上のものを殺めています。弱肉強食の世であることは理解しているのですが、これでは種の保存に影響が出てしまうのです』


「一つ聞いていいかしら?」




エレーナが口を開く。
ギガスベアの長は、それを許可した。




「しかしそちらの子連れの方は、どうして群れと離れてしまったのですか?」


『そこが、”敵”という言葉を使った意味になります。我らの大半はその人間に対し、反撃しようという意見が出ました。しかし、そのメスは一頭で、その意見から真っ向に反対したのです。……随分と話し合いを行いましたが、反撃しようという意見は覆りませんでした。このメスの言うことも分からなくはないのです。なので、群れの反逆者として我が子とその母親を、群れから追放する決断をしたのです』


「あなたはなぜ、反対したのですか?」


『弱いものがこの世から消えてしまうのは運命です。しかし、反撃をするとなると人間はさらに大勢の人数で攻めてくるでしょう。となれば、我が種の滅亡は不可避となりましょう。であれば、この住み慣れた縄張りを手放してでも人間と争うことを避け、種族の存続のためへと力を使った方が良いと考えたのです』


どちらの言い分も分かる。が、人間から見れば意思の疎通が取れない野獣など交渉の対象とはならず、単なる獲物としての認識でしかない。
さらに欲深い人間からすれば、自然の摂理など関係はない。自身の権利と利益だけを追求しているのだから。




「えっと……ごめんなさいね。辛いことを聞くかもしれないけど」


『はい、どうぞ。精霊の契約者様』


「その人間たちは、その……殺めたあとどうしてるのかしら?連れ返ってたり、皮だけ取ったりとか……」


子連れの熊はその返答に困っている。
言い出し辛い、何かがあるようだ。


『そのことについては私がお話しましょう』



群れの長が代わりに答える。


『やつらは、我らを殺めたあと食べたりする訳ではないようです』


「それって、狩りを楽しんでいるだけ……とか?」


『やつらは、身体を捌きある臓物だけ持ち去るのです』


「――それは?」


『人間はそれを”心臓”と呼んでいました』



「ハルナさん、私も聞いたことがありますね。ギガスベアの心臓は、高級な薬として取引されているようです。特に新鮮なものは効果が高いとか……」


ギガスベアの心臓は、手に入りにくいため高値で取引されていた。
群れをなして生息しているギガスベアを討伐するなど、よほどの腕に自信のあるものしかできなかった。
人々は希少なものとして、肉や毛皮を流用しその恵みを無駄にしないために臓器も活用していた。

それは昔の話。
現在では、武器も技術も戦略も進歩している。
ある一定数の人間がいれば、精霊使いなどの特殊能力を持たずともギガスべの群れを一掃するくらいは可能となっていた。



『我らも他の種族の命を奪っている。それは認めよう。生きていくために必要なことなのだ。それで命は巡っている、自然の中の営みなのだ。だが、やつらは……やつらは命を……命を何だと思っているのだ!!!』


怒りが生じるのも無理はない。
逆の立場であれば、同じような行動をとっていただろう。

いつの間にか太陽が山の向こうに沈み、辺りには暗闇が迫ってきていた。


「ねぇ……エレーナ」


「同じことを思っていたわよ、ハルナ」


「ラヴィーネの者だとすると、町の評判が悪くなるな……」


「決まりね、まずはその人たちの正体をつかみたいわね」



「それでは、明日の行動予定はそのことに対して行うこととしましょう」


「了解!」



『申し訳ない……精霊使いの方よ。その慈悲深い行いに感謝します』


『それでは我は、群れに戻りこのことを伝えてくる。また明日こちらにお伺いしても構いませんか?』


「大丈夫です。細かなことは明日、内容を詰めていきましょう」


ギガスベアの長は、エレーナの言葉に一つ礼をして群れへと戻っていった。

そして、ハルナが風を起こしテントを膨らます。その中にフウカが入り、さらに風を起こしテントを膨張させた。
アルベルトはその中に入り、支柱を設置する。
これで、テントの組み立ては完了した。


『精霊使い様のお力……お見事です』


初めて精霊の力を目の前にし、母熊は感心する。

エレーナも対抗心を燃やし、何かをやろうと思ったがこの場面では何もすることがなかった。
とりあえず、バケツの中に水を追加しておいた。



それをみた母熊が、エレーナに話しかけた。


『精霊使い様にお願いするのは失礼だと思いますが……私たちにも、水を頂戴できませんでしょうか?』


突然あてにされ、エレーナは驚く。


「え?……あ、はい。どうぞどうぞ!」


エレーナは一つ大きめな器を出して、その中に水を注いだ。
すると、3匹の子熊たちが集まりその水を口にしていた。

その光景をみて、エレーナも満足そうだった。
小さな生き物のために、役に立ったのだから。



その夜、ギガスベアの親子はテントの近くで休息をとることになった。
ただ、焚火が本能的に怖いらしく、距離を置いて休むことにした。
何か異変を感じた際には、母熊がハルナ達に知らせてくれることになっていた。



今夜は、これ以上何事もなく時間は過ぎていった。


――そして翌朝


群れに戻った長が現れた。
しかしその身体には、複数の争った傷がみられる。

「どうしたんですか?その傷!?」


『群れを説得するのに手間取ってしまって……みっともない』

話しによると、人間の手を借りずとも当初の予定通り次の襲撃時には、人間を一人も生かさずにおくべきだと反発があったようだ。
一旦決定したことを覆すには、それなりのリスクが伴う。

そう覚悟した長は、状況の変化を説明した。
精霊様、精霊様の契約者様が、今回力をお貸しいただけることを話して聞かせた。
それにより、今までと状況が異なりこちらに被害が少ない結果になる可能性も出てきた。
以前の案は、そういった協力者がなく自分達の力の中で解決しなければならない状況であったため、最善とは言い難い苦しい決断を下したのだった。


だがしかし、どの世界においても血の気が多く、一度決定したものに対しその変更を認めない者はいる。
こういう者にはもはや、話し合いは通用しない。
誰の意見が一番偉いのか……実力勝負である。


こうして、群れの長としての意見を通し従わせることに成功した。
母熊も子熊も父親のもとに駆け付け、その労を労う。


これで、ようやく方向性が決定した。


森に入って三日目。

ハルナ達とギガスベアの一群が、手を組むこととなった。

          

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