なろう作家が転生して、なろう作品の主人公になりました!〜物語を自由に紡げるチートスキルに、矛盾メーターがMAXになると死亡するデメリットを添えて〜

安田 孔明

第35話 物語の終わりへ

 ◆

 始まりがあれば、終わりがある。
 ラノベは間違いなく終点があり、それを乗り越えた後でも主人公たちはその世界で生き続けていく。

 ただ、俺はそういうわけにもいかないのだ。
 目的の達成の報酬として、俺は現代に蘇り、新たなラノベを書かなければならない。
 それは全て、俺の小説を待ってくれているファンのために、俺のことを応援してくれた編集者さんのために。
 そして、俺の未来のために。

 どうしてだろうか。
 今更になって、ラノベを書くことがどうでも良くなってき始めている。
 それは、この物語に不要な恋心が俺の執筆を邪魔しているのだろうか?
 このまま、物語を全て白インクで消し続ければ、俺はこの世界に居続けられるのではないか?

 俺は迷っていた。
 本当に俺は元の世界に帰るべきなのか?

 ◆

「……寝ちゃいましたね」

「あぁ。この世界に来て初めて掃除したんじゃないか? 綿埃が凄かったもんな」

 俺とステイプラーは、ベッドで熟睡するアズリエルを目の前に話していた。
 カーテンを開けたおかげで日が差し込み、真っ暗だったアズリエルの部屋が明るいイメージに変わった。
 親父が発明したペットボトルは再利用袋に入れられ、漫画やゲーム機は規定の場所に片付けた。
 汚部屋だったアズリエルの部屋も、今となってはきちんとした女の子の部屋だ。
 ここにぬいぐるみとかピンク色の家具なんかあれば可愛くて良いのにな。


「ノベル。師匠のことを見過ぎだよね」

「え? あはっ! 別にそんなじっと見てたわけじゃない。良い寝顔だなって思ってただけだ」

 俺はそんな風に誤魔化した。
 そりゃ、こんな可愛い寝顔なんか見せられちゃ、アズリエルファンは脳内フォルダに画像保存しない手はない。
 本当にお前は天使だぞアズリエル。
 俺のために下界へと降りてきてくれた、俺の最高のヒロインだ。


「ノベルは、師匠のことが好きなんだね」

 ――!

「ほぉ。そう思うのか。だが残念だな。俺はもっとおっぱいがムチムチした年上の女の子が」

「忘れたの? 私にはノベルの心の声は聞こえてるよ」

「……あはぁ。俺としたことが忘れちまってたわ」

 慣れねぇなぁやっぱり異世界っていうものは。
 思考が読まれるってのはあんまり良い気はしないな。

「……私も師匠が好きだよ。初めは『なんだこいつ!』って思ったけど、話していくうちにとても良い子なんだなって思った。何も考えてないようで、心の中はいつも整理整頓されているイメージ……きっと、師匠は繊細な女の子なんだって思う」

「奇遇だな。俺も同意見だ」

 立ち上がり、窓から外の風景を眺めてみる。
 ここから見える景色はとても素晴らしく、4階ということもあり、街が一望できる。
 街の各所に吊るされたフリントロック式銃も、ここからだったらたくさん見えるぞ?

 オレンジ色のレンガで積まれた高い建物、中世ならではの馬車の音、風の匂いが今日も素敵だ。


「もう、時間がないんだね?」

「あぁ。推敲ペースから逆算すれば、俺がこの世界にいられる時間は1週間ってところか? 引き伸ばす事はいくらでもできるが、どちらにしても1ヶ月いるのは厳しいだろうな」

「……そうだよね。ノベルと契約してやっと仲良くなれたと思ったのに、少し残念」

 そう呟き、ステイプラーはアズリエルが眠るキングサイズのベッドに潜り込むと、

「一緒に寝ない? 師匠とお昼寝しようよ」

「そうだな。せっかくだし」

 俺もアズリエルのベッドに潜り込み、彼女の寝息が聞こえてくるところまで近づいた。
 うわぁー、俺の隣にアズリエルがいる!
 最初は妹くらいにしか思ってなかったけど、それ以上の愛情が湧いたっていうかなんというか……よく分からない複雑な気持ちだ!

「ふふっ。ノベルはやっぱり童貞のかがみだね」

「う、うるさいなぁ」

 ――俺にはもう異世界で過ごす時間は少ない。
 だからこそ、こうして思い出を作り、俺の気持ちを押し殺す必要があった。
 ファンタジー系のラノベの『第1巻』において、してはいけない事。
 展開があまりにも早すぎるため、読者はその行動によって完結したのだと思って離れて行くのだ。



「ノベル。君は、アズリエルのことは好き?」


「あぁ。死ぬほど大好きだ」

 やってはいけない事。


 愛の告白だ。
 男女が結ばれる事……ラノベではつまり完結を意味するのである。
 最も見どころであり、最も冷めどころなのだ。

 ◆

 その日の夜。
 俺は親父をカナヤの宮殿で1番見晴らしがいい場所・ベランダに呼び出した。
 街には電気が通ってない分、カンテラや松明たいまつの明かりしか存在しない。
 宮殿ではすでに一部のみ電気が普及しているが、それは限られた場所のみだ。
 そんな、まだ中世の街並みを残しているため、星はとても綺麗に夜空に映る。
 現代ならば、電光がない山奥にでも行かなきゃこうまで美しい星空は見えたりしない。

「そうか。もうこの世界に留まれる時間は少ないか。タクヤが女神様から頂いたノベルメイカーとやら、残りはどれくらい書けるんだ?」

「残り2万字だ。節約しながら改敲しても、恐らく1ヶ月が限度だろう」

「そうか……やっと死した後の世界で出会えたというのに、なんとも呆気ない別れだな。もう少し時間があるならば、タクヤに遠未来科学の素晴らしさを教えてあげようと思ったのだが」

「いや、それは遠慮する。俺は文系なので」

 親父は寒そうに白衣を握り、プルプル震えて俺の言葉を待ってくれた。
 カナヤの夜は冷える。
 季節の概念がないってのはつまり、この世界は地球と言いながら『自転と公転』をしていないというのか。
 この上に瞬く星空も、ただ神様が演出として出したただの飾り。
 親父は試しにスペースロケットを開発して打ち上げたらしいが、その時になんらかの『手』がロケットを握り潰したと言った。
 つまり、この世界には宇宙という概念が存在しない。
 太陽も星も、風も麻薬も命も、全ては本物に似せるために作られたミニチュアにすぎないのだろう。

「本当ならば、NO.3であるステイプラーの穴をタクヤに任せるつもりだったが、こういう理由があるならば仕事は強要しない。残りの異世界人生、好きなように生きると良い。ただし、最低限の傭兵の仕事は続けてもらうぞ?」

「あぁ、当たり前だ! それに、俺はまだ強くなる理由が残ってる。――俺にはまだ救うべき人が残ってるんだ」

 ◆

 今日も、この扉は開かない。
 俺は毎日のようにこの扉の前に立って、これが開くのを待っているのだが、部屋の中で何かがいる音すら聞こえない。

「……ルーラー」


 彼女は、この部屋から2週間以上出てきていない。
 食事はキツネの獣人使用人が朝昼晩運び、お風呂はバケツ1杯の温泉とタオルで体を拭いているだけらしい。
 それ以外の情報は使用人は教えてはくれず、「ルーラー様は私以外にはお会いしたくないと言っておられます」とだけ言うのだ。
 毎日様子を見に行くが、大体は部屋の側にいるキツネちゃんは「お会いしたくないそうです」の一点張り。

 俺はこの扉をこじ開けたり、叩いて出てくることを催促することなんてしない。
 ただ、俺はこの世界から別れる前までに彼女ともう1度だけ笑い合って話したい。
 ただ、それだけで今はいい。

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