お兄ちゃんのことを一人の男の子として好きになってはいけませんか?

ながしょー

第1話

「お兄ちゃん♡」

 入学式の一件から翌日の昼休み。
 昼食である手作り(俺が作った)弁当を食べ終えた俺は自分の席にて、妹である汐留奈々《しおどめなな》にくっつかれていた。
 兄妹である俺たちではあるが、双子ではなく、俺が四月生まれで、奈々が早生まれの三月生まれである。
 奈々とは小学一年の時に両親の離婚がきっかけで生き別れになり、それ以来会うことは一度もなかった。
 お互い兄妹がいるということは認識しつつも、親同士の仲が悪いということもあってか、連絡することすらなく、いつしか半ば忘れかけていた頃の再会。これを俗に言う運命の再会だと思うが……こういうことって現実的にあるんだなと身をもって驚いている。実際に連絡していなかったというか、そもそも連絡先すらも知らなかったし、どこにいるのかもわかっていなかった。
 久しぶりに会う妹。最初は本当に気がつかなかったけど、改めて見ると……うーん。我が妹恐るべし美貌。

「やぁだ♡ お兄ちゃんじろじろ見過ぎぃ〜♡」
「あ、ご、ごめん。そういうつもりじゃ……」
「いいんですよ? お兄ちゃん。私をそういう目で見ても」
「ん? そういう目って、どういう目なの?」

 すると、奈々は赤くなった頬を両手で押さえ、全身身をくねくねとさせる。

「もしかして、私に言わせようと……そういう羞恥プレイなんですね!」
「だからどういう意味だよ!?」

 クラスの教室で何を言ってんだ!
 周りの生徒たちがみんな変な目で見つつ、俺たちから少しずつ距離をとっていく。
 ――やばい……。確実に変な兄妹だと思われている!
 昨日のあの後、俺は担任を含めたクラスのみんなにある程度の弁明をしていた。
 それこそ先ほど説明した通りのことをそのまま言って、なんとなく理解はしてもらってはいたけど……「羞恥プレイ」とか奈々の様子を見られれば、そりゃあ変な兄妹と思われても仕方がないか。
 俺が見ない間に随分と成長したのは本当にいいことではあるけど、それと同時に余計な部分が加わっちゃっている。
 小学一年生までの頃はとても愛らしく、何かあるたびに「お兄ちゃん!」と呼んで、お兄ちゃんっ子だったけど、今は違う。それが変な方向に行ってしまったのか、はたまた生き別れによるお兄ちゃんロスのせいなのかわからないが、ブラコンを凌駕したものになっていた。
 もはや俺のことを一人の男として見ているんじゃないか……いや、絶対に見ている。なにせ、昨日の帰りなんて教室を出る間際に「お別れのキス」を求めてきたくらいだ。
 兄として、妹に好かれることは嬉しい限り。兄冥利に尽きるというものなのだが、今後のことを考えると、やはり矯正して普通の女の子に戻してやった方がいい。
 俺の肩にちょこんと頭をのせている奈々を一旦引き剥がす。

「奈々、少し話がある。今から屋上に来れるか?」
「え……あー。そういうことなんですね! なんなら、そうと早く言ってくださいよぉ〜」

 一瞬驚いた顔を見せつつも、すぐに納得をしてしまう奈々。

「え?」

 今のでなんの用なのか伝わったのか?
 だとすれば、兄妹いろいろな意味で恐るべしなんだが?

「私先に行っときますんでお兄ちゃんは五分後に来てくださいね!」

 奈々はそう言い残すと、席を立ち、勢いよく教室を飛び出していった。
 何を言っているのかよくわからなかったが、とりあえず屋上で待っていてくれるらしい。

「それにしても五分後って……」

 一緒に行けばいいのになんでわざわざ時間を置く必要があるんだろうか……。
 そんな疑問が残りつつも、律儀に五分間待つことにした。



 五分後。
 俺は校舎の屋上へと向かっていた。
 胸の奥で嫌な予感がしつつも、気がつけば屋上に続くドアの目の前。固唾を飲み、ゆっくりとドアノブを捻る。
 ドアの向こう側には晴天に恵まれ、強い日差しが一面に降り注いでいた。
 そんな中で鉄柵越しにグラウンドを見つめている奈々の後ろ姿がある。一見、何も変化していないことにおかしな安心感を覚えつつ、その背中に声をかける。

「奈々、来たけど……」

 すると、奈々はこちらに振り返る。

「もう心の準備は済みました。不束者ですがよろしくお願いします」

 そう言うや否や奈々はシャツのポタンを上から四つほど取ると……ぷるん。この擬音でおそらく合っているだろう。奈々の成長したおっぱいが飛び出してきた。
 見た目はとてもいい形をしていて、大きさ的には……BかCのどちらかだと思う。それにしてもブラに色気を感じない……。というか、むしろ茶色の単色に少しおばさん臭さを感じてしまう。それのおかげなのかどうかはわからないが、不思議と冷静さを保っていられるし、襲おうという気にもならない。
 まぁ元々から妹を犯そうだなんてこれっぽっちも考えてないんだけどさ。
 とりあえず俺は奈々のもとに近く。

「や、やっとお兄ちゃんと一つに……えへ、えへへ♡ しかもこんな解放感溢れるところで初体験だなんて……♡」

 奈々は赤くなった頬を抑えつつ、体をくねらせる。
 ――やはり兄として矯正が必要みたいだな。
 俺は頭の中で言いたいことを整理しつつ、何も言わないまま奈々のシャツを正してやった。

「奈々、シャツが着崩れちゃってたぞ? 公衆の面前もあるんだから以後は気をつけるようにね」

 そして、ニッコリスマイル。
 一方で奈々は口をぽかんと開けたまま、固まっていた。

「お、お兄ちゃん?! なんで?!」
「なんでって何が?」

 俺はなお笑顔キープを続けている。ここはあえて鈍感なふりをした方がいい。触れたら負け。

「こ、ここは妹である私を襲うのが普通じゃないんですか?!」
「それのどこが普通なんだい? どう見ても誰が見ても世間一般的に普通からかけ離れているよ?」
「そ、それは……ですけど! よその国では兄妹同士での結婚は認められてますよ!」
「それはどこ情報かな? なかったような気がするし、なんならここ日本だよ?」

 そう言うと、奈々は悔しそうな顔をしつつ、歯噛みする。

「ぐぬぬ……さすがですねお兄ちゃん。そう簡単には貞操を外しませんね」
「何を言っているのか理解できないけど、ただ常識的なことを言っているまでだよ。それに奈々はお兄ちゃんにベタベタしすぎだ。もう少し離れたらどうだ?」
「は、離れる? 今まで私たちは離れ離れだったんですよ? 約八年間……私はずっとお兄ちゃんの温もりを求めてたんです! 母にお兄ちゃんと会いたいって伝えても聞いてもらえませんでしたし、これまでどれだけ寂しい思いをしてきたことか……。お兄ちゃんもそうでしたよね?」
「そうだね。俺も奈々がいなくなってからはとても寂しかった」
「じゃあ……!」
「でも、それとこれとでは話は別だよね? そうやって話をすり替えてもムダだよ」

 そう言うと、奈々の目頭にはどんどんと涙が溜まっていくのがわかった。

「お兄ちゃんのバカ! クズ! あんぽんたん! もう大っ嫌いですからね! 縁なんて切ってやる!」
「はいはい」

 奈々は俺の横を通り過ぎると、ドアの前で一度止まる。

「本っ当にお兄ちゃんと縁を切りますからねっ!? いいんですね? お兄ちゃんがこの後泣いて縁を戻そうと懇願してきても知らないですからね?」
「はいはい」
「もう知りませんからっ!」

 バタンッ!
 奈々がドアの向こう側に消えていったと同時に大きな音を立てながらドアが勢いよく閉じられた。
 ともあれ、これでいいだろう。脱お兄ちゃんができたのであれば、嫌われるのも本望のうちだ。
 ――俺もそろそろ教室に戻るか。
 時間的にももうすぐで昼休みは終わる。午後の授業の準備をしないといけない。
 バタンッ!
 奈々が出て行ってから約十秒ほど経ってまたドアが勢いよく開け放たれた。

「お兄ちゃん! なんで追いかけてくれないんですかっ!」
「え? だって、奈々は俺のことが嫌いなんでしょ? なら、嫌われている相手を追いかけたところでしょうがないでしょ。それに縁を切るんじゃなかったのかな?」
「あ、あれは、口から勝手に出てしまったと言いますか……冗談なんです!」
「ふーん……」
「お兄ちゃんのこと嫌いになるわけないじゃないですかっ! そ、それに昨今ではツンデレというキャラが流行ってますよね? 私もツンデレになればもしかしたらお兄ちゃんが振り返ってくれるかなぁ……なんて」
「振り返らないし、さっきのどこにツンデレ要素があったのかな? 完全にツンどころかおこだったよね?」
「と、とにかく違うんですっ! あの言葉は出任せであって、本心じゃないんですっ! 私はお兄ちゃんがどんな性格でどんだけ鬼畜な人でも変わらず好きでいられる自信がありますっ! だ、だから――」
「じゃあ、俺はそろそろ戻るから。奈々も授業に遅れないようにしろよ」
「私を嫌いにならないでえええええええええええええ!」

 バタンッ。
 俺は奈々の横を通りすがると、ドアを閉めた。

「ふぅ。さて、教室に戻るか」

 五限目の授業はたしか……数学だったかな? 高校に入学して初めての数学……どんな教科担任なんだろう? 優しい先生だったらいいなぁ。

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