美しきこの世界

Rickey

ありがとう 夢 またな

 ケンシは部屋の電気を消すと暖簾をくぐり、小走りで玄関に向かいました。
「あ、しまった!」
 そう声を上げたケンシはまた廊下を引き返し、暖簾をくぐって部屋に戻ると茶箪笥の上の携帯音楽プレイヤーを手に取りました。日曜の朝からケンシは慌てていました。
 約束の時間に間に合わない。焦ったケンシは急いで部屋を出ようとしたのですが、突然足を止めました。そして、茶箪笥の上と壁に飾られた写真立てに目をやりました。
 お父さん、ミゲロ、ばあちゃん、夢、夢のお父さんとお母さん、ホープ。ミロクおばあさんと夢の写真立ては隣同士に、いつも二人は隣同士。
 今でもケンシはみんなの笑顔に触れるたび、胸の奥がチクリと痛くなります。ふとした時に、涙が溢れます。でも、一生懸命頑張った、そんな素敵な笑顔達は、ケンシの心を強くもしてくれるのです。
「こうやって一緒に並ぶとは思ってなかったな」
 ケンシは夢の笑顔を見つめながら、ポツリとそう呟きました。
 そして少しだけ、涙が頬を伝いました。



          ありがとう 夢 またな



 ケンシは指先で目蓋を拭い、みんなに笑顔を向けました。
「行ってきます。行ってきます。行ってきます。行ってきます。行ってきます」
 ケンシは一人一人の笑顔に向かって言葉を掛けました。
「行ってきます。行ってきます。よし! オーディション、頑張ってくるわな!」
 そしてケンシは満面の笑みとグッと握った拳をみんなに見せました。
「行ってきます!」
 ケンシはニカッと笑みを浮かべ、夢に向かって走り出しました。

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