あなたが好きでもいいですか

文戸玲

エール



 駐輪場への入り口からは学生よりも会社勤めのサラリーマンの姿が良く目につく。どこかくたびれた顔をしてビジネスバッグを片手に小走りで改札へと向かっていった。電車の到着を知らせるメロディが不自然なほど軽快に流れている。駐輪場に入る前こちらを振り向いてもう一度,言葉の一つ一つに想いを乗せるようにして彼は言った。

「おれ,お前のことが好きだったんだ。付き合ってほしい」

嬉しかった。単純に自分を好いてくれている人がいるということが。自分には価値があるんだって,ここにいていいんだって思わせてくれる人がいるということが。何度も何度も助けられた。私を救ってくれた。きっとこの人は私を幸せにしてくれる。そう思った。だけど・・・・・・私はこの思いには応えられない。

「嬉しい。だけど,・・・・・・ごめんなさい。私はやっぱり美月のことが好きなの。どれだけ周りからおかしいって思われても,後ろ指さされても,自分の気持ちに正直でありたい。私は楽しく笑いながら自分の気持ちに正直に生きていきたい。そう思えたのも,あんたのおかげ。ほんとだよ」

思いのままに言った。気持ちには応えられない。だけど,感謝していることが伝わればいいな。一瞬目の前の顔がしわくちゃになり眉毛が八の字に歪んだようにも見えたが,笑顔で返してきた。

「あー,分かってるよ。お前がおれに気がないってことぐらい。ほんと見る目ねえよな。ま,好きな人がいるって言われたら諦めもつくわ。しかも相手はあの絶世の美女だからな。応援だけはしといてやるから,頑張れよな」

じゃ,と言って駐輪場へと入っていった。私も,じゃあね,と言って奥の暗闇へ進んで姿が見えなくなるまで見送った。姿が見えなくなる直前,カッターシャツの肩口で汗を拭うようなしぐさをしていた。もしかしたら,泣いていたのかもしれない。手を振りながら涙を流す今の私と同じように。

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