あなたが好きでもいいですか

文戸玲

やっぱお前のことが

 ずいぶんと秋が深まってきた。日が完全に沈む時間がずいぶんと早くなった。どこかの家では今日はカレーだ。分譲住宅のすぐ近くにあるこの公園は,この時間になると食卓の香りを届けてくれる。食欲をそそるスパイスの香りが空腹感をより一層感じさせ,お腹に力を入れておかないとぐうと音が鳴ってしまいそうだ。
 そういえば,久しぶりに「お腹がすいた」と思った気がする。そんなことを感じる余裕もないほど張り詰めた緊張感の中で過ごしていた気がする。ただ,今はずいぶんと気が楽になった。ピンと張っていた糸が切れて優しい風になびいているように自由になれた気がする。

「あー,泣いちゃったらお腹すいた~。今日は晩御飯奢ってやるよって言いたいんだけどお小遣い日前で金欠でさ。今日のお礼はまたさせてよ」
「だーれがお前に奢ってもらうんだよ。どうせしょうもないファミレスかハンバーガー屋だろ。それなら,駅まで送ってもらうでチャラにしてやるよ」
「うざいけど,ノッた」

歩いてきてたから自転車に載せてもらおうかと思ったけど,駅まで二人でゆっくり歩きたい。そんな思いを察したのか,一度サドルに足をかけたがゆっくりと少し前を押して歩いて行った。

 もうすぐ駅だ。お礼を言えていないな,改めて言うのもむず痒いしなんだかおかしいよな,なんて考えていると,不意に立ち止まって暗闇の中でこちらを振り向きもせずに言った。

「あのさ,おれ,やっぱ好きだわ。お前のこと」



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