あなたが好きでもいいですか

文戸玲

溢れだす想い

 美月にちょっかいを出されてから,いや,そのまえからずいぶん長い間私の中には靄のようなものが広がっていた。それはまるで雨上がりの霧のようにつかめなくて,でも確かにそこには存在して,鬱陶しいほどにべっとりとまとわりついてきて私を離さなかった。 
 
 私は女の子が好きなのかもしれない。
 
 そんな思いがどこかにくすぶっていたが,確信した。私は女の子が好きだ。そのことに間違いはない。しかも,私は美月に惹かれている。初めて会った時から,彼女の雰囲気に引き込まれ,美しさに目を奪われ,話し方や手つきに欲望を掻き立てられていたのだ。どこかでそんなことを感じていながら,それに気付かないふりをしていた。それはずるいことだった。私が自分の違和感を正確に把握することが出来たのは,美月が秘密を打ち明けてくれた時のことだったのだから。それなのに,私は被害者面して美月を結果的に苦しめた。最低なことをした。
 どうしてあの時私も自分の中にある違和感を口に出せなかったのだろう。沈む夕日を見ながら,悩みを一緒に聞いてもらえたらどれくらい楽だっただろう。結局私は,美月の特異さは受け入れられるべきだと主張し,受容し,励ましたふりをしながら,自分が抱えた同質の悩みに正当性を認めることが出来ず,はみ出したものだと心の底から感じていたのだ。なんて卑怯な人間なんだ。恥ずかしい。神妙に話を聞いたふりをしていた。恥ずかしいことではないから下を向く必要がないなんていっちょ前なことを言いながら,正反対な生き方をしている。人それぞれ自分の生き方を主張する権利があるなんて偉そうないことを口先では言えても,結局自分のことになると実際には周りの目を気にして,中央にいたくて,異質だと思われることを恐れていた。
 私は美月のところに行かなければならない。そして,自分の一切の秘密を打ち明けなければならない。そして,美月に返事を返さなければならない。やるべきことが,しなければならないことが,あふれ出てくる。美月はこんな私を許してくれるだろうか。思いを打ち明けたら,受け入れてくれるだろうか。
 私は自分がどれほど卑怯な生き方をしてきたのかを思い知らされた。明日,いや,これから美月のところへ行こう。美月が私のことを許してくれようが許してくれまいが関係ない。受け入れてくれなくても仕方ない。私はそれほどのことをしたのだから。でも,自分で自分のことを受け入れてやらなければ,これからも前に進めない気がした。
 傾きかけた日差しを正面に見据え,私は足を速めた。

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