あなたが好きでもいいですか

文戸玲

過去〜美月side〜

 私はどうやら女の子が好きらしい。正確には,女の子も好きになれる。それは,友達としてではなく恋愛対象としてだ。
 男の子を好きになったことはあるし,初めは女の子に魅力を感じるなんて考えても見なかった。あの子はかわいいなあぐらいに思うことはあっても,それが恋愛対象になることは普通はないのだと思う。私もそうだと思っていた。
 自分の身体が成長するにつれて,ほかの人の体にも目が行くようにもなった。自分はこうだけど,他の人はどうなのだろう。比較をしたり,優劣を付けたりするのは人間生きていたらあることだと思う。それが良い方向に働くことがあれば,悪い方向に働くこともある。私の場合は完全に後者だった。
 太っていたわけではないが,丸みを帯びていた身体がしまってきた。それと同時に平らだった胸の部分は少しづつ丸みを帯びてきた。大人の女の人は丸くなるものだと思っていたから,嬉しかった半面服を着てからも主張するようになったり,乳輪の先端を浮かび上がらせるのは恥ずかしかった。
 トイレに入ったら隣の個室に入った女子の音を気にするようにもなった。その音に興奮を覚えていたのは確かだし,そんな自分に罪悪感と嫌悪感を感じていてもいた。学校のトイレを使えなくなったこともあった。
 自分が他の人とは違う,と認めるのはつらかった。
 それは,〝キモイ″対象だった。
 私は”キモイ”と言われるようになった。
 それでもよかった。
 ある程度時間が経てば,人はその環境に適応したり,逃げたり,無視したり,諦めたりできるのだ。自殺するほどの苦悩や絶望は感じていなかった。それよりも,自分と違う価値観の人間をたった3文字の言葉で非難し,侮蔑し,嫌悪し,そうすることで自分を絶対安全圏内に身を置く人間と一緒になりたくなった。

そう思って自分を貫いていた日々を送っていると,参観日がやってきた。
同級生はいつものように,私を見つけると

「キモ。同じ空気吸ってらんねえ。」

と言った。
 参観授業が終わって,私の様子をママに見てもらった私は満足感を得てトイレに行き,教室に戻るところだった。ほっとけよと思いながら教室に戻ろうとしたのだが,掲示物を見ながら役員会の打ち合わせ時間が来るのを待っていた母が,私の母ということを隠して涼しい顔をしてやってきた。

「それ,友達に向けて付き合う言葉ではないんじゃない? 一緒に生活する仲間なら大切にしないと」

 こんな低能で低俗で,自己中心的で能天気な臆病者は放っておいたらいいんだと伝えたかったが,他人のふりをして素知らぬ顔をしている親を前にそんなことを言うわけにもいかない。もともと正義感の強い親だ。どういって切り抜けようと考えていたら

「だってこいつ,女の子を見て興奮するんだからキモイでしょ。この間スマホでとったけど,気になるんならおばさんにも見せてあげるよ。こいつが更衣室で,女の子の胸元もいてボーっとしているところとか,トイレで隣の個室に耳を当てているところとか」

 目の前が真っ暗になった。
 その真っ暗な目の前で,大人の女が激高している姿は鮮明に脳裏に焼き付いている。

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