あなたが好きでもいいですか
週末を待ちわびて
「今日は用事があるから」と言って美月はいつもの帰り道とは反対方向にあるバス停へと向かって颯爽と歩いて行った。気持ちの良い風に吹かれて髪がなびき,その綺麗なシルエットで着こなす制服は私たちのとは別の素材で作られているかのように映えていた。その後ろ姿は女神そのものだ。すれ違う高校生やおじさんたちも思わず目をやるほどだ。よく雑誌やマネキンが着ているものがとてもかっこよくおしゃれに見えて,そのままセットで買うことがある。でも,家についてファッションショーをしたとたんに自分が着ているものがみすぼらしく見える。きっと,服が良いのではなくて雑誌のモデルがかっこよかったり,マネキンのナイスバディのなせる業なのだろう。結局は,何を切るかではなく誰が着ているかなのだ。これは服に限らない。同じことを言ったって,おじいちゃんやおばあちゃんに言われたら素直に聞けるのにお母さんに言われると無性にイライラしたり,同級生でも同じいじりをされても面白おかしく一緒に笑い合える人と無性に腹が立って仕方のない人がいる。この世は恐ろしく理不尽にできているのだ。
二人になった家までの帰り道,別れ際まで菜々美は頬を膨らませ,子どもみたいに分かりやすく拗ねていた。バス停につくまでの間,石ころを蹴飛ばしては追いかけていた。小学生の頃によくやった遊びだ。手頃な石を三つ見つけて,家までの道のりで一つを蹴りながら帰る。溝に落ちたり,川へ落ちたりすると二つ目,三つ目をポケットから取り出してまた蹴りながら帰る。石ころにポケモンの名前を付けながら帰ったりしていた。
菜々美も同じように石ころに名前を付けたりしているのだろうか。ご機嫌な斜めになると菜々美は子ども返りをする。今は小学生になっている。ご機嫌の斜め具合で言うと,ガスを点けっぱなしで一晩過ごしてしまったことに怒っているお母さんぐらいに斜めだ。
石ころは時にはおかしな方向に転がり,時には溝に落ちてぽちゃんと間抜けな音を鳴らせた。
そのたびに,わざとらしいため息をつき,また新しいつぶてを探しては蹴り始める。
「何ふてくされてんの?」
思い切って菜々美に問いかけた。
いつも気さくで,平気で人のはらわたが煮えくり返るようなことをするが,たまにスイッチが入ってにっちもさっちもいかなくなる。いまいち原因がつかみきれないから美月の方を見てみても,下を向いたまま口を開こうともしない。このままでは別れるに別れられないから切り込み隊長を務めることにした。幾度となくこの役目を引き受け,時には無傷で切り抜けたり,大けがをしたりしたりすることもあった。おかげ身体は見えない傷だらけだ。今日はどっちだろう。きっと大丈夫なはずなのだが。
「なんだか最近,あんたら相性いいなあとは思ってたのよ。だけどさ,二年間連れ添ってきた私をのけにするほどだとは思わなかったわ。東京から来たからって,イキってんじゃないよ!! 私は余裕をふかして都会の良い女を演じているやつがドラマでも本でも現実でもだいっきらいなの! 絶対に許してやらないんだからね。東京の何が偉いっていうんだか」
「のけって,急に方言キツイな。どこの言葉なのそれ・・・・・・。それに,そんなつもり一切ないって。てか,東京関係なくない?」
「私はこの田舎生まれ田舎育ちに誇りを持っているんだっちゃ。お前さんみたいにちょっと気取って標準語でしゃべりよるような生き方はせえへんのよ。ほんま,プライドもくそもないんじゃのう!」
「もうどこの言葉かもわからないし,明らかに関西弁も混じっちゃってるじゃん。それに,言うほどこの辺は田舎じゃなくない?」
そうか。
菜々美は最近距離感が近くなった私と美月の雰囲気を察して疎外感を感じていたのだ。私としては,菜々美も美月も一緒にいて落ち着くし,こうして三人でいられることに何も不満もなかったのだが,そんな風に感じていたとは。
怒りを感じさせる口調とはいえ,いつもの嫌味を感じさせない柔らかな雰囲気で気持ちを伝えてくる。菜々美は選ばれし人に違いない。菜々美が何を言ったって,どんなことを言ったって私はイライラしない。むしろ,そんなことを気にしていたと知れてよかった。菜々美も誘って三人で勉強しよう。美月には明日伝えたらいいや。
そんなことを思って菜々美に週末の予定を聞こうとしたら,
「じゃあさ,週末私もいていいよね?」
と先に言葉にされた。思わず笑いそうになるのをこらえて
「もちろん! それは美月も喜ぶよ! もっと仲良くなりたいって言っていたし」
「そうなの! そこまで言うならお邪魔させてもらおうかな」
お調子者の菜々美を演じているが,行きたいけど空気感を崩さず絶妙なキャラクターを演じて遠慮をさせないように気も使っているのだろう。ずっと一緒にいるけど,菜々美のこういうところは本当にすごいと思う。
集合時間をその場で決めて別れた。週末が楽しみだなんていつ振りだろう。
夕日に背中を押されるようにして,はやりのJ-POPを口ずさみながら家の方向に向かった。
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