あなたが好きでもいいですか

文戸玲

また今度ね

 この時間が一番嫌いだ。
 無言清掃。それがうちの学校で取り組んでいる七不思議活動の一つだ。学校で生活するということは,訳の分からないルールと隣り合わせで生活するということだ。スカートの長さはひざ下10センチ。女子の髪の毛は肩を超えるならくくること。男子は耳に髪の毛がかからないようにすること。しまいにはくるぶしを隠すソックスを履くこととある。本当にくだらない。
 それでも形だけのルールはたくさんある。無言清掃もその一つだ。居合わせた後輩と適当におしゃべりしながら,渡り廊下の砂を集めて捨てる。同級生の失敗談やだれとだれがくっついただのと話をしているうちに,清掃時間が終わった。「またね」と次にいつ会うかもわからない後輩に名残惜しさも感じず別れ,教室へと足を向ける。
 HRを適当にやり過ごして,帰り支度をしたらすぐ帰ろう。最近は菜々美と美月とお茶をしたり,グダグダだべっていると日が暮れる。帰ってご飯を食べて,お風呂を済ませると眠気が襲ってきて,課題もやり切らずに眠りにつく生活が続いていた。定期試験まで残り数日ということを実感して,焦りが出てきた。

どうしていつも目の前に物事が見えてくるまで動き出せないのだろう。一週間,いや,一か月前の自分を恨みたくなる。こうして自分を恨み続けて早6年目。結局私は,中学生の頃から変わらず同じ失敗を何度も何度も繰り返してきたのだ。ほんと,情けなくなる。
 今日こそは早く帰って勉強。と決意を固めて教室に入ろうとすると,後ろから袖を引っ張られた。

「全然音沙汰ないじゃねえか。話は進んでんの?」

エロがっぱ。女の子の袖を後ろから急につかむなんて,ほんと距離感の取り方がどうかしている。まあ,二年生のころから普通に仲良くしてたから特段気分が悪くなるわけではないのだけれど,それにしてもデリカシーも遠慮もない性欲にまみれた男だ。

「何よ話って。てか,声掛けなよ。なーに後ろからレディの袖なんかつかんじゃってんの。タッチャッテルし。」
「タってねえよ。お前自分を何だと思ってんだよ。それより,お前の口先だけいっちょ前なところはほんと呆れるな。この前の約束,忘れてんだろ。」

あ。忘れていた。そういえば,美月とエロがっぱをつなぐ約束をしていたのだった。まるで興味もなく,その日のうちには義務感すら消えていた。

「あー。そういえば,鼻の下が定期的に伸びる病気を持っている人とはプライベートを共にできないって。『樋口ってやつには気を付けろ。伸びた鼻の下でぐるぐる巻きにされるぞ。』って東京で言われて出てきたんだったて。だからあんたのこと,だいぶ警戒してる。」
「なんだよその噂。ありえねえだろ。」
「でも,お前初対面の日に,下出しながらブラウスから見える脇にくぎ付けだっただろ? まじひいてたよ」

「ひぇ。」という高い声とともに,明らかに動揺していることを全身で表現していた。

「見てねえよ! え,見られたって言って引いてた?」
「やっぱ見てんじゃん。言ったのは私だよ。間違ってないでしょ?」

「お前ってやつは,なんてことしてくれてんだよ~」と言いながら頭をガシガシと掻いて,頭を振っている。
ほんと,根はいいやつのに,バカっていうか情けないっていうか。
その場を立ち去ろうとしたとき,美月が清掃活動から戻ってきた。

「茜~! 今日,一緒に帰れる? もしよかったら,参考書を探してから帰りたいんだけど付き合ってくれない?」

今日はまっすぐ帰ると決めていたが,参考書を探すくらいならいいか。
良い問題集に出会えるかもしれないし。
返事を返そうと思ったら,エロがっぱが割り込んできた。

「ごめん,美月ちゃん! 脇の件は,不可抗力というか,つい目線がいったというか,別に何か意図したものがあったわけじゃなくて。強いて言うなら,すべての生物は美しく魅力的なものに吸い込まれるというのが自然の摂理なんだ。」

何を言っているの? という表情でエロがっぱと私を交互に見つめる美月を見て,エロがっぱは何かがおかしいということに気づいたらしく,

「茜,さっきの嘘?」

「あー,そういえば伝えてはなかったかも」というと,鼻の穴を膨らませて襲い掛かってきた。
「ごめんごめん,ちゃんと伝えるから。」といってまさに逃げるように教室へ駆け込むと,「心の友だー! 分かってる!」などと訳の分からないことを叫んでいる。
どうやら喜んでいるようだ。

「なんだか騒がしい人よね。それよりねえ,良かったらこの週末の試験勉強,うちでしない? 1人じゃはかどらないし,教えてほしいところもあってさ。」

私より優秀な美月に教えてやれることは特にないのだが,逆に数学を教えてもらいたいと思っていた。おうちにお邪魔できるならぜひ一緒に勉強したい。

「おれ,古典の活用得意だぜ!」

エロがっぱがいつの間にか息を荒げて隣に立っていた。親指を立てたポーズが親父臭いうえに,頼りない。誰が赤点常連の男に講師を頼むというんだ。

「また今度ね。」

 二人で声をそろえて言った。

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