神様、ごめんね

ロヒサマ

第二十三話【運命との再会】

 あれから二年。俺は毎日のように働いていた。料理の腕を買われてお袋のいた店の厨房で働いている。いくつか新メニューの開発にも携わり、仕事自体にも慣れてきていた。たくさんの思い出は一度胸にしまおうとしたが、それは許されなかった。
 お店の人には理由を話し理解してもらった。そして今俺は、大学のキャンパスに立っている。

 半年前。家に帰ると、親父からの手紙と大学入学の願書が置いてあった。
『お前には辛い思いをさせて悪かった。お前が楽しみにしていた大学も、入れてやる事が出来なかった。もうお金も溜まってきただろうし、俺も少しずつ貯めてきた。だから心配することなく、お前には大学に行って欲しい。何よりお母さんが望んでいた事だ。いつもありがとう』と。
 俺は最初は断った。でも親父はただの罪滅ぼしという訳ではなかった。真剣に俺の将来を考えてくれたんだと分かったんだ。親父はお袋と、大学で出会ったらしい。その時もし子供が産まれたら、子供をここの大学に入れたい。お袋がそう言っていたそうだ。俺は両親の思いを叶えるため、改めて勉強した。高校の時の志望校より少しレベルは高かったが、何とかギリギリ合格する事が出来た。

 入学式を終え、その間に引っ越しもした。古くて汚いアパートだが、大学に歩いていける距離なのが良い。新しい人生の始まりを祝う桜の木は、太陽の光で直視出来ないほど眩しかった。
「あいつら、どうしてるかな」
 健二には色々説明したけど、田中と山下には軽くしか事情を説明してないし。何度か入れようとメッセージを打ってみるも、結局途中で辞めて送らず終い。それが長引いて二年の時が過ぎてしまった。落ち着いたら連絡するって言ったけど、今日のガイダンスが終わったら連絡入れてみようかな。

 今日は初めてのゼミ集会がある。大学側から振り分けられた同じ学科の生徒が集まる、いわばチームのようなところだ。そこで論文を研究したり、飲み会があったりとするらしい。俺は指定されたゼミ室へ向かった。
「倉本ゼミ、倉本ゼミ。あった、ここだ」
 ゼミ室に入り、空いてる席に座った。周りからどこの高校から来たの、って聞かれたらどう答えよう。あれこれ考えている内に、段々と人数が増えて来た。だいたい十人くらいだ。この中のほとんどは、年下の同い年となるわけだな。
 机に配布された資料に目を通していると、扉が開き、三名の先輩達が入ってきた。二年生から四年生のゼミ長が色々説明をしてくれるらしい。しかし、そこで俺は目を疑った。最後に入ってきたのは、田中だった。メガネをかけて、髪も伸び、少し大人びた感じはするが、間違いなくあの子だった。思わず俺は声に出してしまう。
「あっ!」
 全く同時に声を発したのも田中だった。明らかに気不味い空気がゼミ室に漂う。
「あら、田中さんのお知り合い? 良かったわね、顔見知りがいて。それでは皆さん、これからゼミの説明を…」
 全く話が入ってこない。どういう事だ、一旦頭を整理しよう。親父の行っていた大学とたまたま同じ大学を田中が受けた。そして、たまたま同じ学部だった。さらに、たまたま同じゼミになった。田中が先輩として。でも田中は何でこの大学に入ったのだろう。彼女の頭ならもっとレベルの高い大学に受かったはずだろう。
 ゼミの内容など頭に入ってこず、色々と頭の中でシュミレーションしている間にゼミ集会は終わった。先輩達がゼミ室から出て行ったので、俺はすぐ追いかけた。
「田中!」
 彼女は振り返り、会釈をした。その姿と態度は、まるで疎まれてるようにさえ感じた。
「今は忙しいので、また後で。三時に大門で待っています」
 素っ気ない言葉と共に、田中は廊下から消えていった。連絡しなかった事、怒ってるんだろうか。不安になりながらも、俺は約束の時間まで、大門で時間を潰した。

「お待たせしました」
「よぉ、久しぶり。元気にしてるか」
「はい」
「ごめんな、連絡も入れないで」
「いえ」
 淡々と話す田中の姿は、遠く遠く感じた。あの時見た彼女とは違う誰かのようだった。
「世中先輩。同じ大学に来た事にはビックリしました。確かにあの頃はたくさんお世話になりましたが、今はどう接して良いか分かりません。ですから学内では、あまり話かけないで下さい。では、またゼミで」
 そう言うと彼女は去って行った。

 怒ってる。間違いなく怒ってる。そりゃそうだ。二年も連絡を取っていなかった。それなのに愛想よくしてくれる訳がない。桜舞い散る学び舎は、急劇に色褪せていった。
「どうしたんだい、落ち込んだ顔して。世中君らしくないぞ」
 ポンと背中を叩いたのは、細田だった。
「細田、何でここに!?」
「ノンノン、細田先輩だよ世中君。もう私は三年生。ここでは私が先輩なのだ」
「同じ大学だったのか」
「そ、ビックリしたでしょ」
「実は田中も同じ大学で」
 言いかけるとそれを越して話す細田。
「知ってるよ。良く遊びに行くし。っていうか同じゼミだし。今のやり取りもしっかり見てたし」
「な、ストーカーかよ」
「失礼な。たまたま見かけてたら懐かしい顔ぶれで、何か修羅場っぽくて、思わず食い入っていただけだよ」
 細田は悪戯っぽく笑った。あの頃から変わっていない姿に、安堵の感覚を覚えた。
「何で田中はこの大学を受けたんだろう。もっと上の大学だって余裕で入れたと思うのに」
「ちょっと君、それ間接的に私を馬鹿にしてるよ?」
「悪い悪い。そういう訳じゃないんだ」
「分かってるって、からかっただけ。みとちゃんはね、この大学の映画研究会に入りたかったんだって。東京都内では一番らしいのよ。だから初めからここに決めていたそうよ。それよりかさ」
 細田はぐいっと耳元に近寄り、囁いた。
「あの子怒ってたでしょ?」
「あぁ、怒ってた。他人行儀だったよ。二年も連絡してなかったんだ、当たり前だよな」
「もしかして、みとちゃんが怒ってた理由ってずっと連絡来なかったからと思ってるの?」
「違うのかよ?」
「まぁそれもあるとは思うけど。んー、これは厄介だなぁ」
「何か知ってるなら教えてくれよ」
「ダメダメ、そんなんじゃ彼女を取り戻せないよ。そういうのは自分で見つける。それが君のすべき事だよ」
 俺はぐうの音も出ない。何度も連絡しようと思ってたなんて言い訳にしかならない。何も証明するものがない。今になって逃げていた事を後悔し始めた。
「ま、何かあったらこの由奈先輩に連絡しておいで」
 そう言って細田は俺の背中を再度叩くと、校舎の中に溶け込んで行った。

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