神様、ごめんね

ロヒサマ

第十六話【勉強会との出会い】

 部屋に戻ってから俺は、ずっと細田の言葉を思い返していた。同時に三人って、それは流れ的に細田と田中と山下なのだろうか。山下は分かる。自分から好きと言ってきた。いや、あんな美少女に告白されるなんて嬉しすぎる。それはそうなんだが。こんな事言ったら全校男子に一人ずつ殴られそうだが、なんか馬が合わないというか。それに田中も細田もハッキリと言った訳でないし、俺の勝手な勘違いの可能性が高い。なんだこの贅沢過ぎる悩みは。
「はぁ。寝よ」
 あれこれ考えても仕方ない。それに俺がそんなにモテるはずもない。このことは明日の俺に任せよう。俺は夢の中へ逃げるように、ベッドに深く沈んでいった。

「おっす、久しぶり」
「おう健二、おはよう。何だよ久しぶりって、昨日も修学旅行一緒に行ってたろ」
「いや、なんか俺が忘れ去られてないか不安でさ」
 健二は訳の分からないことを言いながら席に着いた。何だかんだあれから一週間くらいか。目まぐるしい日々だった。今日からはまた平穏な日常がやってくるんだな。と言っても言い逃れ出来ないのは受験勉強だ。また勉強漬けの日々が待っていると思うと溜息が出る。誰か勉強教えてくれないかなぁ。ある程度は出来てると思っていたが、前回の模擬テストでは志望校の目標点数にはほど遠かった。

 そんなこんなで昼休みになり、俺は机に昼飯を広げ健二と一緒に食べ始めた。
「お、強志。今日は弁当か。やっぱ流石だよな。母親がシェフなんだもんな」
 俺の今日の弁当は確かに豪勢だった。チーズハンバーグに蟹クリームコロッケとペペロンチーノ。
「いや、これ作ったの俺」
「マジかよ。いよいよプロレベルだな」
 小さい頃からお袋に料理のイロハを叩き込まれた。お袋いわく、料理の出来る男はモテるらしい。たが親父の料理はまるで美味しくなく、説得力はゼロだったが。
「今日は早く起きすぎたからさ、家族分の弁当作ってたんだよ」

 ハンバーグを食べようとしたその時、後ろから明るい声がしてきた。聞き間違えるはずもない、透き通る声は今の俺の悩みの種だ。
「わー、凄い! お弁当レベル高すぎだよー」
 ピョコンと現れた細田は、俺の弁当に食い入っている。
「ねぇ、私も混ぜてよ」
「おう、入れ入れ」
 健二は空いてる机を寄せて即席のテーブルを作った。俺は昨日の事もあり、まともに顔を見られない。チラチラ顔を見るが、いつも通りの学級委員長のようだった。やはり俺が意識し過ぎたか、聞き間違えてたかだな。昨日の事なんてなかった事のように喋る。
「私なんてコンビニ弁当だよ。世中君の方が女子力高くてショックだー」
「どういう風の吹き回しだ? いつも斎藤と食べてたじゃんか」
「恵ちゃんは今日休みなんだって。修学旅行で風邪引いちゃったみたいで。あっ、隙あり! ハンバーグもーらいっ」
 食べかけのハンバーグを丸ごと持ってかれた。それ渾身の作だったのに。
「こら。んじゃ俺はお前のアジフライをいただく」
「あー、勘弁してくれー」
 他愛もない会話が進む中、大きな音でドアが開いた。

 ガララ、ドン!
「あんた、お弁当作ってあげたから一緒に、あ!先越されてた!」
 ガララ、ピシャン!
 ドアを開けるなり、すぐ閉めて帰って行った。何かのドッキリだろうか。一応カメラがないか周りをチェックしてみた。
「今のって山下さん?」
「だな」
「うん」
 俺達は呆気にとられた。いったい何をしに来たんだ、あいつは。

「なぁ強志、今日渋谷の東京ハンズ行かね?」
「悪い、今日はバイト」
「あ、私ハンズ行きたい。欲しい物があるんだ」
「おっけ、じゃあまた放課後に」
 ゆるりと昼ご飯を食べて終え、午後の授業が始まる頃には自分たちの席に着いた。細田は昨日の事は気にしていないのだろうか。やっぱり勘違いだな。なんか調子乗った自分が恥ずかしい。少しほっとしながら、でもちょっと心残りに、俺は放課後バイトへ向かった。

「今日も一日、よろしくお願いします!」
 俺はレジに立って仕事の引き続きをする。このバイトももう丸二年だ。だいぶ慣れてきたが、時給はまだ上がらない。スーパーマーケットにしては小さい方だし、まぁしょうがないか。
「四千六百四十九円になりまーす」
 あ、よろしくだ。このようにレジでの楽しみと言えば、七百七十七円とか千百十一円とか、たまたま語呂合わせ出来たりゾロ目が出たりの時くらいのもんだ。今日は空いてるし、暇だな。

 しばらくしてお客さんが来た。
「このクーポン使います」
「かしこまりましたー」
「え?」
 お客さんの驚いた声に、何か粗相をしてしまったのかと慌てて顔を上げる。そこにはよく見覚えのある女の子が立っていた。
「田中、何でここに?」
 もうここまで来ると、どちらかが無意識にストーカーになっているとしか思えない。だが毎回会う度に重なる偶然は、ここ最近そこまで驚かなくなった自分がいた。
「近所のスーパー臨時休業だったので、少し遠いけど隣駅まで来たんだす。ここのお店、確か安かったと思って。今日は両親とも夜遅いから、私が料理当番なんです。先輩ここで働いてたんですね」
「そういえば田中の駅は隣だったな。奇遇だな。俺も今日家族分の弁当作ったよ」
「え! 先輩料理するんですか?」
「あぁ、お袋がイタリアンのシェフやってて。小さい頃からやらされてんだ」
 話し途中で田中は、声色が変わった。
「先輩、あの」
 その唇は少し震えてるように見えた。何か伝えたい事が…まさか昨日の事? やっぱり田中は俺の事が。そう思うと緊張が俺の心にじわりと滲み寄る。
「先輩」
 俺はごくりと唾を飲む。
「牛乳のバーコード、二回打ってます」
「あっ」

 会計を済ましてレジ袋に入れた。周りにはお客さんがいなかったから、少しだけ立ち話をする。断じてサボっているわけではない。
「先輩大変ですね。受験勉強もあるのにお弁当作りながらアルバイトもしてるなんて」
「はは、何かと使うからな」
 受験勉強。勉強の出来ない俺にとって、何と過酷な響きだろうか。俺はなんとも情けない顔をしていたのだろう。そこを見抜いた田中はボソッと言った。
「もしかして、お勉強進んでないんですか?」
 図星だ。いや、正確には色々と逃げていると言った方が良い。にしても俺はそんなに表情に出していたのだろうか。
「はは、そうなんだよ。どうにも勉強は苦手で。このままだと行きたい大学には行けなそうなんだ」
 田中は顔の前で手をパァンと叩いて、ニコニコしながら言った。この感じ、前にもどこかで見たような光景だ。
「もし良かったら、一緒にお勉強会しませんか? 誰かいた方がきっと捗りますよ」
「いや、そんな悪いよ。それに勉強の範囲も全然違うから、逆に迷惑かけちゃうよ」
「それなんですけど…実は、私もう受験勉強始めてるんです」
「マジかよ、凄いな。まだ授業でやってないのもあるのに」
「その、えと。一応高校生で習うのは予習し終わっているので」
 マジかよ。ハイスペック女子だったのか田中よ。話を聞くと、田中は毎回学年一位なんだそうだ。才色兼備とは、してやられた。
「って事は、俺より勉強進んでるってことじゃん」
「あ、ごめんなさい、そういう意味じゃなくて。気を悪くしてしまったならすいません。もしお手伝い出来たらと思ったので。それに」
「それに?」
「先輩といる時間が増えるんじゃないかと思って。あっ、その、これは変な意味じゃなくって」
「いや、願ったり叶ったりだよ、ありがとう田中!」
 彼女はふぅっと安心した顔になった。
「じゃあまた、連絡しますね!」
 そう言って田中はお店から出ていった。こうして俺達の勉強会が始まった。

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