いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

混沌


「ちょっと冗談きついよ~。まさかトオルさんがこんなにも美女を射止めるのが得意だなんて。ところで,どっちがほんとの彼女なの?」

 この場においても,最初に口火を切ったのは夏妃だった。ただ,彼女も冷静ではない。状況を鎮めようと躍起になっているのだろうが,とてもこの場が落ち着くとは思えない。いや,夏妃の顔を見ると,僅かに頬がゆるんでいる。彼女はこの状況を楽しんでいるのだ。恋人がいるのに合コンに参加した人間が六人のうちに三人もおり,さらにその人たちが仲間割れをしている状況を心底興味深くみている。
 私も何だか楽しくなってきた。ただ,奈々子には何とか幸せになってほしいという思いもある。私の中では,もう身を引く気になっていた。
 トオルさんへの気持ちが,死をが引いていくように冷めていくのを感じながら,最後に意地悪な言葉だけはかけてやりたいと思った。

「奈々子,かわいいもんね。どういう順番だか知らないけど,奈々子は本当にいい子だから気付つけてほしくなかった。これからは大切にしてね」

 私の言葉を注意深く聞いていた奈々子は,最後まで私の言葉を聞いて顔が明るくなった。ひまわりのような子だ。ただ,その隣では対照的に青いバラのような不気味な表情を浮かべた夏妃が,私の想いをくみ取ったのかさらに追い打ちをかけた。

「つまり,トオルさんだっけ? あなたは二人の女を気付つけたのね。罪な人。もちろん奈々子もだけど,私にとっては二人ともとても大切な友達なの。これに凝りて,もう二度と彼女の前に姿を見せないでね」

 トオルさんの顔がみるみる青ざめていく。その両隣にいる男たちもドギマギしてどうしたものかとあわあわしている。
 このまま踵を返してあとくされなく店を去る。トオルさんのデータも連絡先も消去して綺麗さっっぱりごみくずのように記憶から捨ててしまおう,そう思ってかばんを持った時,意外な言葉が返ってきた。

「待ってくれ! ぼくが本当に愛しているのは,きみなんだ!」

 奈々子が手にしていたグラスを落とした。いよいよ事態は収拾がつかないな。そう思って,私はテーブルをちらと見渡した。たった一人,夏妃だけは笑いをこらえていた。


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