いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

波乱万丈

 私はトオルさんの自己紹介を待った。いったいどういう説明をするのだろう。奈々子の発言は嘘をついている人の言葉ではない。今このばにいる男女六人の中で,この異常な状況に気付いているのは私とトオルさんだけだ。トオルさんという彼氏がいるにも関わらず,合コンに顔出している私。私という彼女がいるにも関わらず,奈々子の彼氏として紹介されて合コンに来ているトオルさん。状況はこれまで生きてきた中でも群を抜いてカオスだ。
 ここでトオルさんが自己紹介するのがスムーズなのだろうが,何も言わないので場がひんやりとしている。どうしたの? と不思議がる奈々子の横で別の男性が「こいつあがってるんだよ。美人がこれだけ多いと縮こまるよなあ」と気を利かせている。それに対しても何も言わないトオルさんにはだれも触れることなく,それぞれが席に着いた。
 呼び鈴を鳴らして店員にドリンクと一品ものの注文を奈々子が済ませる。みんなビールを頼んだ。飲み物を待っている間、簡単に事故初回が始まったが,夏妃が自己紹介をした後に私が何も言わないので不穏な空気がまたやってきた。今度は夏妃が場を取りなす。

「なーに気を遣っちゃってんのよ。ごめんなさいね,みんな聞いていると思うけど,この子最近彼氏が出来ちゃって,無理矢理誘っちゃったの。ということはこの場でフリーなのは私だけだね。みんなけんかしないように」

 何してんのよ,とこちらを一瞥して牽制したものの,ユーモアたっぷりに話す夏妃はさすがだ。みんなが楽しめるように当たり障りのない言い方で回してくれる。そんな夏妃の気遣いをぶち壊す言葉を私は吐いた。

「ごめんなさい皆さん。冷やかしのような参加の仕方になってしまって。申し遅れました。私はトオルの彼女です」

 この場にいた全員の,とりわけトオルさんの表情は触れれば凍っているのではないかと思えるほどに固まった。いや,一人だけ,奈々子は訳が分からないと言った顔をして私とトオルさんを見比べていたが,何も言わないトオルさんに火が付いたような目を向けている。




「いつまでも,いると思うな家に嫁」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「エッセイ」の人気作品

コメント

コメントを書く