いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

走り書きのレシート


 このまま夜風に飛ばされてしまのではないかと思うほど体はふわふわとしていた。
 唇をそっと人差し指で撫でる。まだ胸のドキドキがおさまらず,何度も何度も唇を舐めて湿らせている。そのせいか,唇がぱさぱさに乾燥して口づけにはふさわしくない。
 店を出てから唇をやたら舐めているからだといいのだけど,今日一日中乾燥していたのだとしたらと思うと気が気ではない。
 バーの中でのことを思い返す。別れ際,間違いなくトオルさんの唇が私の唇と重なった,と思う。夢から目覚めた時に感じるような,一瞬でつかみどころのないその刹那を思い出そうと記憶を手繰り寄せる。でも,だいたいの夢がそうであるように,その時のことをはっきりと頭に思い浮かべることが出来ない。ただ,心臓が大きく高鳴るばかりだ。
 帰り際,渡されたレシートの裏面を改めてみる。この目で見ると,やはり間違いないのないことは一つだけある。
 そのレシートの裏には,トオルさんの連絡先が走り書きされていた。

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