いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

私は大人だから


 そのあと,どうなったのかははっきりと覚えていない。人は嫌なことは忘れる生き物だ。そうすると,都合がいいから。いじめをした人間は覚えていないが,いじめをされた側の方は人間はいつまでも覚えている,という。それは確かにそうだと思う。でも,私は最近その理屈は自分のように弱い人には通らないのではないのではと思い始めた。嫌なことを忘れずに,訴えることが出来るのは精神的な強さと正義感を必要とする。きっと私は,自分の中での汚れた記憶や,辛いことを忘れることで自分を守っている。人は忘れる生き物であり、私は逃げる生き物だ。
 あのカラオケボックスでの出来事ではっきりしていることは,同級生の女友達の下着が床に投げ捨てられていたこと。衣服こそまとっていたものの,淫らな格好ですやすやと果てるように眠っていたことだけだ。私は下着を身にまとってはいたが,年上の先輩の膝に挟まれるようにして座って体が固まっていた。たぶん,体を傷つけられるようなことはされていない。
 そんなこともあったから,二人で飲んでいるときにお酒を強く進めてくる男性は警戒する。特に,大人になってから失敗なんてそうそうしたくない。お酒自体は悪くないけど,お酒は人の悪いところをもろに強調して,絶望の沼へと引きずり込んでいく。その恐怖感を私は知っているから,今日はこの男性を相手にどのように振る舞うべきか決めかねていた。


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