いつまでも,いると思うな家に嫁
燻製の仲
ジントニックをちびちびと飲みながら,同じカウンターの離れた席で座っている男性を気にしていた。彼はしきりに携帯電話をチェックして,何かを打ち込んでいた。それは,親しい相手と連絡を取っているというよりは,プライベートにも侵入してくる仕事に対処しているように見えた。
お待たせしました,という声と共に目の前に燻製のナッツが置かれた。
「今日は,ナッツを多めに入れています。気に入って頂けたのが嬉しくてつい。でも,他のお客様には内緒ですよ。ピザはもう少し時間を頂きますので,ゆっくりお待ちください」
営業だと分かっていても,なんだか他の人と差別化されて贔屓にされているみたいで飛び跳ねそうになった。アーモンドを口に入れて噛まずに舌の上で転がす。十分にその芳醇な香りを楽しんでから奥歯で噛む。そうするとより一層燻製された香りが鼻から抜けて出てくる。噛めば噛むほどナッツのうまみと燻した深いコクが感じられるようで,一粒一粒味わって食べた。
この店に来てから,今まで何となく食べていたおつまみに興味を持つようになった。燻製についても自分で調べてみて,何を使って燻製するかで香りも味わいも全く違うものになるのだと知った。味の区別はまだつかないけど,その奥深さにはまってしまいそうだった。
「私,ここにきてから燻製に興味を持って少し調べたみたんです。奥が深くて面白いですね。ちなみに,このお店では何を使って燻製しているんですか?」
バーテンダーは他のお客さんのために作っていたカクテルをシェイクする手を少しだけゆるめて,微笑んだ。目尻によるこの皺が私はたまらなく好きなのだ。
「そう言っていただけると嬉しいです。時期によって変えたり,食品によって使い分けますが,これは桜を使っています。癖が強すぎず,親しみのない方にも食べやすいので」
私が知っている素材だ。それだけで何かを共有できたみたいで嬉しくなる。
バーテンダーの顔が手元に集中する。不意に隣に気配を感じた。横を見ると,隣にさっき店に入ってきた男性が座っていた。
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