いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

溺死したい


 数日あけて,私は同じ場所に来ていた。毎日来たかったのだが,ストーカーじみた行為だと思ったし,何より自分の中に秘められたストーカー気質のようなものが開花するのではないかという恐怖感もあって無理やり自分を抑え込んだかのようにして気持ちと行動が一致しないようにした。
 いらっしゃいませ,とバーテンダーが扉を開けた私を見て声をかけた。私のことを覚えているのだろうか。覚えてくれているなら素直にうれしい。もし覚えてくれていなくても,少しづつこの店の常連のようになって気兼ねなくバーテンダーと話せるようになりたい。
 席について,まずジントニックを頼んだ。

「以前と同じように,ミントはお入れしても良いですか? うちのは香りが強いものを選んでいますので,苦手な人も多いのですが・・・・・・」

 手元のグラスを手に取ってふきんで磨きながらバーテンダーは言った。
 覚えてくれていたんだ・・・・・・。確かに,初対面でピザデートを取り付けようとする女は記憶にこびりつきやすいかもしれない。それは落とすのが困難な油汚れのようなものかもしれないが,手元しか見ないバーテンダーを見ているともしかしたら,という淡く儚い希望を抱くのが恋愛に疎い女の幸せなところだ。せめてしばらくはこの幸せに浸らせてほしい。いっそ,溺れ死にたい。

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