いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

さよなら,今までありがとう

「話してくれてありがとう。とても楽しい時間を過ごせたよ。辛い思いをさせてごめんね」

 全てを話して少しの罪悪感と吹っ切れた気持ちが矛盾の渦で巻かれている中,彼の配慮でさらに苦しめられた。
 どうしてこんなに優しいのだろう。私は最低な女なのに。いっそのこと罵倒して欲しい。お前はろくでもない女だ。分かれることが出来てせいせいしている。そう突き放してくれたらどれほど楽だろう。
 私には抱えきれないほどの愛情により押しつぶされそうになっていたことを再確認した。愛は大きければ大きい方が良いのだと思っていたけれど,受け入れる方にもキャパがあるのだ。その容量を超えてしまうと,愛を持って相手を潰すことになる。こんな理不尽なことがあるのか。どちらも悪くないのに。
 耐えられなかった。デザートを口にもしないで伝票を持ち,「さよなら,今までありがとう」とだけ言って立ち去った。
 最後は笑顔で別れたかった。だから彼に微笑みを投げかけて会計へと向かう。アンハサウェイのように笑うことが出来ただろうか。ここ数日でどれだけ流したか分からない涙をまた流してしまったが,彼は気付かないふりをしてくれていた。

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