いつまでも,いると思うな家に嫁

文戸玲

土壇場



たまたま仕事が早く片付いたため,その日は早上がりをさせてもらえることになった。
スーパーで買い物を済ませてからマンションに戻ると,旦那の車も駐車場に停めてあった。
いつも仕事が終わると「これから帰るよ」という連絡を欠かさず送る人が,仕事が早く切りあがっても連絡をしないはずはない。
アプリでカレンダーを開いてみたが,特に特別な日という訳でもなくなにか匂った。
底の方からふつふつと沸いてきた興奮を抑えながら,エレベーターに乗り部屋の階のボタンを押した。
部屋の前に立つ。
特に代わり映えはしないが,こういう時に女の感は働くものだ。
何かヒントがあったわけではないが,このゲームの結末が見えていたような気分になっていた。
できるだけ良いタイミングで入りたいとは思ったが,そこまで予測することはさすがにできない。
音をたてないようにして玄関のドアを開けた。


朝履いていった革靴とパンプスがある。
ビンゴだ。
聞き耳を立てながら廊下を進んでいくと,妖艶な声とほど良い肉付きの体同士がぶつかり合う音がした。


ガサッ

しまった。
もう少し待機して様子を伺おうとしていたのにエコバックを廊下に置くときに勢い余って大きな音をたててしまった。
その音を皮切りにすべての空間が静寂に包まれた。
まるで世界に一人取り残されたようだが,そんなことはない。
トイレの横にある寝室のドアノブに手をかける。
ふうっと息を吐いて勢いよくドアを開けた。


部屋に入ると,旦那が知らない女と二人で寝ていた。驚いた旦那は必死に言い訳をしたが,もちろん手遅れだった。

「今日は帰りが早いね。お疲れ様。友達を紹介するよ。」

そんな言い訳が成り立つとでも本気で思っているのだろうか。すでに愛情が覚めている私はいたって冷静であり,笑いすら込み上げそうだった。
素っ裸でなにを言っているのだろう。
そりゃ友達っていろいろあるけど,そういう友達をわざわざ紹介されても困る。
私は何を言うでもなく,部屋にある通帳や印鑑,貴重品や数日分の下着や着替えをそのままキャリーバッグに詰め始めた。

「ちょっと,話があるんだ。あとでゆっくり話そう。」

パンツを履きながら慌てている旦那をちらっと見て,作業を続けた。
何も期待していないし,何も話すことなどないのだから。


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