エレメンツハンター

柏倉

第8章 訓練時々日常

 ヒメシロ星系を恒星間航行小型宇宙船”ライコウ”が飛び出してから3日が経っていた。
 ここはヒメシロ星系とコムラサキ星系の中間地点である。足の速くないライコウでも、すでにコムラサキ星系に到着していておかしくない。
 その宙域で、全長20メートルの人型兵器”サムライ”4機が宙を翔けている。サムライはルリタテハ王国の人型兵器の総称である。ユキヒョウは、そのサムライを搭載しているのだ。
 何故宇宙戦艦でもないのに人型兵器を積んでいるのか、という疑問をアキトの頭を過った。だが、これ以上驚いたり、疑問を口にしたら負けなような気がした。それが良くなかったのか、流されるままサムライシリーズの”ライデン”を操縦していた。
 ジンは”ラセン”に搭乗している。そして”センプウ”2機は、サムライ専用の戦術コンピューターが操っている。もちろん人が操縦することも可能である。
 ラセンはサムライシリーズの標準機である。その標準機をベースにライデンは火力を、センプウは機動性を重視して設計されている。
 機体には、それぞれシンボルカラーがあり、ラセンはグレー、センプウは青、ライデンは黒を主としたカラーリングが成されている。そして、どの機体にも黄金色が各所に配色されている。
 しかしジンのラセンは、白色を主としている。
「こんっ、のヤローー」
 今、アキトはセンプウ2機を相手どり模擬戦闘を実施していた。
 ユキヒョウに積んであるサムライのシミュレーション機で、一通りの操縦ができるようになったら、即座に模擬戦闘に放り込まれたのだ。
 ジン曰く「シミュレーションでは実戦の役に立たないな」だった。
 アキトのライデンは、背中のメインエンジンと複数の補助エンジンでブーストしただけでなく、搭載しているオリハルコン重力制御まで利かせて右横にスライドする。
 ライデンのすぐ横を漆黒のレーザーがよぎる。
「くっ」
 アキトは薙ぎ払うかのようにライフルを乱射したが、センプウは機動力を活かしてライデンの上方に逃れる。
 もう1機のセンプウは後方斜め下からライデンを襲う。
 逆立ちの要領で上下反対になり、辛くも避けきると、伸ばした両腕の銃から連射する。
「どうだ!?」
 命中判定なし。諦めずに機体を動かし狙いをつけ、2挺の幽黒レーザービームライフル”轟雷”から光が迸り、虚空に吸い込まれていった。
『諦めぬのは良いが。口を動かすな。神経を尖らせろ』
 センプウとライデンは、お互い長距離ミサイルを搭載せず、轟雷の2挺装備で戦っている。
 ライフルとはいっても、実はトリガーを引く必要はない。
 ライフルのグリップをサムライが握ると銃とサムライがリンクし、パイロットがルーラーリングを通して命令すればレーザーが発射される。
 もちろんトリガーを引いてもレーザーは発射されるのだが、リンクを通しての発射命令の方が圧倒的に早い。
「独り言は一人暮らしの生活習慣病だぜ。構わねーだろ?」
 この模擬戦闘で本当に幽黒レーザービームを発射する訳にはいかないので、破壊力のない光だけで撃ち合うことになる。そして命中判定は、サムライの戦術コンピューターとユキヒョウのメイン戦術コンピューターをリンクさせて演算処理する仕組みを採用している。
「うりゃあああああ」
 サムライパイロット歴3日目で戦術コンピューターと対等に戦える訳ないのだが、アキトはセンプウ2機を相手に模擬戦闘をこなしている。
『汝の汚い独り言は所属部隊に筒抜けになる。生理現象でないんだ我慢しろ』
 ぐっと唇をかみ、口を閉じる
 反論も反発もできない。
 ジンの言うことは尤もで、かつ逆らえない風格が音声からでも伝わってくる。
 後で気が付くのだが、軍隊に入隊した訳でも、する予定もないのだから、独り言は許容されてもイイはずだ、と・・・。
「・・・くっ」
 独り言が出そうになるのを歯をくいしばって抑え、敵の動きに集中する。
 人型兵器に搭載されるコンピューターは、100年前までは人工知能戦術コンピューターが主力だった。
 しかし人工知能に均一の学習をさせると、ある一定の段階にくるとパターンが読まれやすくなる。かといってランダムに学習させると、軍隊としての行動に大きな問題が起きた。
 果てには、敵スパイによって学習させられた人工知能戦術コンピューターは反乱を起こし、自軍を攻撃するという事態が生じた。
 故に人工知能を外し、限定的な用途のみに絞った戦術コンピューターを搭載するようになったのだ。
 2機のセンプウから同時にレーザーが発射される。
 左に右にと、ライデンの最大加速で逃れるが、ディスプレイで敵の位置を追いきれなくなった。
『常に全索表シスで敵の位置を確認しろ』
 そこに、アキトの様子をみていたかのような指示がジンから飛んだ。
 全索表シスは全方位索敵表示システムの略で、サムライのコクピットに装備された緑の線で表現された3Dホログラムだ。全索表シスは胸の前30センチぐらい離れた場所に映し出された直径50センチほどの球形で、中心が自機のサムライとなっている。
 この球形の中には味方機が青で、敵機が赤で表示されていて、表示されている形でマシンが識別できる。そして球の中に緑の線で球が3つ描かれている。
 一番内側は危険地帯で、ここの中にいる敵からの射線は全力で回避し、逆に自分の射線は全力で敵機に合わせる。
 次の球は長距離射撃で狙える距離になる。この距離に敵のスナイパーがいる場合は全力で楕円運動なりの回避運動をする。そうしなければ確実に撃破されてしまう。
 最後に球の外側に近い緑の線は、敵戦艦からの主砲に注意すべき距離となっている。
 自機のサムライが通常武装であれば、如何に最内の球に敵を誘い込み、敵からは狙われないように撃墜する。
 長距離の武装であれば、2番目の球の中にいる敵を如何に敵の認識外から狙撃するのがセオリーである。
 最も外側の球の場合は、長距離誘導ミサイルを使用するが、離れているため命中率が低くなりがちである。編隊を組みタイミングを合わせて、大量の長距離誘導ミサイルで敵の逃げ道を塞ぐ戦法を採ることが多い。
 もしくはミサイルをばら撒いて機雷のような使い方をすることも可能である。しかしミサイルは、進行方向に指向性の爆発力の持たせているため、敵機を撃破できるのは稀である。
 要するに、戦闘で生き残るために一番重要な機能を提供しているのが、全方位索敵表示システムだった。
『顔を動かすな。視線を変えてディスプレイを確認しろ!』
 なんで分かんだ?
 本当はどっかに監視カメラがあるんじゃないか?
 最初の模擬戦闘訓練で監視カメラがあるんだろう? と疑惑を口にしたが「つけても良いぞ。だが、そんなものなくとも我には汝の操縦など手にとるように分かる」と返された。実際、手にとるように指摘されているので、ぐうの音もでない状況だった。
『敵の位置を把握するのが遅い。それと敵の横に動くな、汝が死んだのは20回目だ。死にたくなければ、上か下に行け』
「くっそー」
 それにしても、全索表シスと正面ディスプレイを交互に視る際、顔を動かしてみてしまうのは、誰もがする条件反射だと思うのだが・・・。
 しかもサムライシリーズのコクピットは、座席ではなく立ったままの状態で体を固定され、情報はクールメットに半透明で映し出される。その上360度の全面ディスプレイだ。普通に体を動かして周囲を確認したくなる。
 しかしサムライのパイロットには、それが許されない。その一瞬のロスが生死をわけるからだ。そして今、身をもって思い知らされている。
『オープンチャンネルに汚い音声をいれるな』
「わかってる」
『何だと!』
「おう、了解したぜ!」
『応答は短くしろ』
「・・・了解」
 1回の模擬戦闘が終了しても、そのまま連続で模擬戦闘を続行させられている。
 ジンからは「最低でも5時間は集中力を切らすな」と一般の感覚では無茶だと思う要求を当然のようにしてくる。
 ワザと無茶ブリしてるんじゃないかと邪推して「5時間の根拠がなんだ?」と尋ねたら「補給せずにサムライが戦闘きる平均時間だ」と、あっさりと返された。
『サムライ専用のクールメットのターゲッティングに慣れろ。できなければ、敵を撃墜できず汝は死ぬ』
 クールメットは、ヘルメットの透明部分に情報を投影する機能がある。
 これはルーラーリングとリンクしていて、即座に様々な情報に切り替えるえることができる。そして、一番の機能は、攻撃武器の照準だった。
 同時5照準が標準仕様となっていて、武器ごとに形と色の異なる照準マークを、それぞれの武器に割り当てる。ルーラーリングからのパイロットの意志とクールメットの自動照準機能により敵を狙うのだが、誘導ミサイルよりレーザーは標的に当てるのが難しい。
『銃口は敵に固定したまま、サムライを動かせ』
 できるかー! と心の中で叫ぶ。
 お互い静止した状態なら、100パーセントの命中率を誇る自動照準機能でも、双方が動いていると命中率は相当落ちる。それを補うのがパイロットの腕の見せ所なのだが、実機に乗ってから3日目のアキトには、困難を通り越して挑戦自体が無謀だろう。
 しかしジンの求めるレベルは、それ以上であった。
 2機のセンプウを撃墜・・・それがジンの要求レベルだった。
『そうではない。敵から視認される面を最小限にしろ』
 2機のセンプウを相手に模擬戦闘を始めてから、一度もレーザーを命中できていない。クールメットに慣れていないのも確かだが、それ以上にジンの要求が厳し過ぎる。
『そうでもない。銃口は敵に固定したまま、全索表シスの攻撃範囲内の敵から狙撃されないように、だ! ほれ、21回目の戦死だ』
「できるかー!!!」
 今度は心の声が漏れ出た。というかキレた。
『ならば、汝は死ぬだけだ』
「くっそー、やってやるぜ」
 前後左右に素早く、そしてジグザグに動き、時には縦回転、横回転を加えてセンプウのレーザーから逃れ、レーザーを乱射した。
『口でなく、ルーラーリングに神経を集中させろ』
「了解」
 2機のセンプウは、ライデンを中心とした球を意識した弧を描く機動だった。ライデンの死角に入ると弧を縮め球の内側に飛び込みレーザーを放ち、死角から出ると弧を延ばし球の外側にでる。
 今、まさに全索表シスの出番になるのだが、ディスプレイとクールメットからの情報を視るだけで精一杯だった。
 つまり余裕がないので、ライデンを最大加速で攻撃を避けようとする。
 そうすると、ジンからの叱責が飛んでくる。
『いつでも全力で機体を動かすな。直線的に動かすな。無駄な動作は死につながるのだ。いくら重力自律制御システムが優秀でもパイロットに負荷はかかり、疲労が徐々に蓄積するのだ。長時間の戦闘の際、集中力が切れたパイロットから死ぬ』
 ライデンを操りながらアキトは「くそっ! 高みからの見物ならどうとでも言える。こっちはイッパイイッパイなんだ!! テメーも、やれるもんならやってみろ!」と心の中で叫ぶ。
 センプウ2機にライデンの上と左の位置をとられた。
 ヤバい!
 そう感じた刹那、アキトは死中に活を求める。
 アキトは左斜め上にライデンを全力加速させ、両手のレーザービームライフルを連射する。加速方向は2機のセンプウのちょうど真ん中を貫くコースだった。
 ライデンの上に位置していたセンプウを撃破した。
 初の撃破だったが、ジンからは叱咤が飛ぶ。
『何度も言わせるな!! 敵の上か下に行け。22回目の戦死だ。汝の命は1つなのだ。死んでも仕方ないと考えてサムライを動かすな。やるなら絶対生き残るとの信念の元、サムライを突入させろ。ならば集中力は落ちぬ』
 そう、アキトは、まぐれ当たりで1機を撃破したが、ライデンは2機からの集中砲火で十数か所を被弾し、撃墜されたのだった。
『無駄弾を撃つな! 弾は敵に命中するときか、敵を誘導するときに撃て』
「弾数は、まだまだあるぜ!」
 アキトの愚問はあっさり論破され、ジンからの厳しい叱責される。
『連射しすぎると幽黒用のオリハルコンが崩壊するのだ。説明したはずだぞ。それでも通常のサムライ用レーザーより性能は上だ。威力も連射もな! 理解したら無駄口叩かず、しっかり狙い撃つのだ!』
 レーザーの発射の瞬間を見極め前後左右上下と避け続ける。チャンスとみては、レーザーを連射する。
 だが、命中しない。
 アキトは黒髪の頭をフル回転させた。もちろん物理的でなく、思考の比喩的な意味でだ。
「これ、で・・・、どうだーー!!」
 アキトは叫びながらライデンの銃を乱射した。だが、その乱射には明確な意図があった。
 センプウ1、2の反撃を上へ下へと躱しながら、まずセンプウ1号機を誘導し、追い込み撃破する。
 1対1になれば、今のアキトならセンプウの戦術コンピューターでは相手にならない。
 センプウ2号機を、正面決戦に持ち込み、両手の轟雷で滅多撃ちにし撃墜したのだった。
 だが1対1となった油断からか、センプウ2号機に命中判定で、ライデンの左肩を持っていかれてしまった。
 アキトが「まあ、どんなもんだ! オレを褒め称えるべきだぜ」と口を開こうとした瞬間、ジンから厳しい言葉で叱咤された。
『違う!! 誘導は攻撃だけじゃなく、防御にも使え。センプウ1、2。我と交代だ。いくぞ』
 しかし、ジンの台詞の後半は、アキトの成長を認めたものだった。
 ジンの台詞に気持ちが昂り、言葉にセンプウ1、2号機を撃墜した勢いと気持ちを込め、アキトは言い放つ。
「へっ、上等だぜ、ジン。やってやるぜ!」
『その意気やよし。・・・だが、まだまだ操縦がぬるすぎるようだな』
 アキトはジンの台詞の”だが”までしかもたなかった。
 具体的には、センプウと交代3秒で23回目の撃墜となっていた。
『サムライは人体ではなく機械だ。可動範囲は人体より広い、もっと有効に使え』
「なら、これでどうだ」と呟き、アキトはサムライ”ライデン”の轟雷を乱射する。
 それは、さっきセンプウ1、2号機を撃墜した戦法だった。乱射のように見せて、ジンの”ラセン”を追い込む為の布石である。
 ライデンがラセンの背後に回りつつも、射程から逃さない。
 しかしラセンの脚後部スラスターを最大出力で起動し、肩前部スラスターを軽く噴かす。ジンのラセンはバック転のようにライデンの頭上へと機動をとる。
 ライデンはレーザービームライフルを追随させ、クールメットの照準機能でラセンを捉えようとする。アキトが勝てると感じ、クールメットの下にニヤリと笑みを浮かべる。
 ライデンがレーザーを放つ。
 機体に横回転を加え、複雑な弧の機動をとりつつ、ラセンもレーザービームライフルを連射する。
 ライデンの照準機能をもってしても複雑な機動を描くラセンを捉えきれなかった。
 そして、一見乱射にみえるラセンのレーザービームだったが、半分はライデンの動きを止めるためであった。残りの半分はライデンの頭、肩、背中、腰、腿へと次々に命中する。
『24回目の戦死だ。アイデアは買っても良いが、サムライの動きを止めるな。敵に見える面積を最少にしろ』
 センプウ1、2号機で鍛えた機体操作はまったく通用しなかった。
 アキトの”ライデン”は対戦相手がジンの”ラセン”に交代してから秒殺を30回以上繰り返し、本日の5時間連続サムライ戦闘軍事訓練が終了した。
 ジンと対戦して実力の差をアキトは思い知らされる。
 たとえセンプウが10機でも、ジンなら容易く撃墜できるだろう。
 アキトは「テメーも、やれるもんならやってみろ」と心の中で叫んだことを、口には出さずジンに詫びた。心の中で判断した他人の低評価を本人対して謝罪するほど、アキトの性格は誠実でも正直でもなかった。
 それにしても油断していた。
 ジンが「大丈夫だ。我がアキトを2日間で立派な戦士にしてやろう」と言ったのを本気だとは受け止めていなかった。
 そう、真剣に受け取るべきだったのだ。
 コイツら発言は、冗談と本気の境目が分かりづらい。
 本気だと思いもしなかったから「・・・もう勝手にしやがれ」と呟いたのだが、その所為で3日間に亘っての戦闘訓練が、アキトの為だけに実施されていたのだった。

 5時間連続サムライ戦闘軍事訓練の終了する少し前、ユキヒョウのコンバットオペレーションルームで、風姫と彩香が色気のまったくない話をしていた。
「お嬢様は今日、アキト君と対戦はしないのですか?」
「私にも、やることが沢山あるわ」
「今日の課題は終了しているようですが?」
 風姫は口をつぐみ黙り込む。
「ジン様相手では、アキト君が少々可哀そうですね」
 剣呑な色を滲ませた瞳で彩香を睨み、風姫はキツイ口調で訊く。
「私なら丁度いいっていうのかしら?」
「丁度かどうか判断しかねますが、ジン様よりは・・・。それにです。午前中はアキト君の相手をしていたはずですよね?」
「イヤよ。やらないわ」
「どうしてですか?」
 風姫の顔に、心底悔しそうな表情が浮かぶ。
 負けず嫌いの上「いくらアキトが偉才でも、私が1、2日で負けるなんてあり得ないわ」と言い切っていたのだ。
 それなのに負ける訳にはいかない。
「・・・もう、太刀打ちできないわ・・・」
 彩香に嘘をついてもバレると考えたのか、風姫は正直に答えた。
「そんなに上達したのですか?」
「そうよ。理不尽だわ・・・。アキト・・・3日前のシミュレーションでは、あんなにダメダメで、すぐに撃破できてたのに・・・。今日は2時間やって1回しか撃破できなかったわ。それも最初の1回目の対戦で・・・。しかもよ2回目の対戦では危うく負けそうになって、やっと引き分けに持ち込んだわ」
「ロイヤルリングを使えば良いのではないですか?」
「今日は始めから使ってたわよ。それでも負けそうだったの。反応速度が恐ろしいくらい早いし、狙いも精確で、視野が広かったわ」
「ジン様との対戦の様子からは、とてもそうは見えませんね」
「アキトの相手はルリタテハの”デスホワイト”なのよ」
 通常ラセンの塗装はグレーを主としているが、ジンの乗る機体は白であり、別名をデスホワイトと呼ばれている。風姫と彩香はディスプレイに映る、そのデスホワイトの動きをしばらく無言でみていた。
 アキトの何十回目かの撃墜を目にしてから、風姫は不満を口にする。
「あーあー。それにしても、出会ってから暫くは色々と要領を得なかったけれど、慣れたようね。つまんないわ」
「そうですね。最初は挙動不審で面白かったんですけど・・・残念です。意外に順応性が高いようですね。今も、新規配属のパイロット兵では耐えきれない、5時間連続サムライ戦闘軍事訓練をしていますけど、後10分で完遂できそうですし。宇宙船の・・・ユキヒョウのクルーとしても優秀と評価できます」
「クルーとしてはそうだわ。でも、そうじゃないのよ。もっと、こう、なんていうのかしら。あるじゃない、少年少女が一つの船で寝食を共にすれば・・・」
「就寝は各々の宇宙船ですよ。・・・お嬢様の愚痴を聞いても構いませんが、アキト君に何を求めていたのですか? 水先案内人ですよね? コムラサキ星系でトレジャーハンティングするんですよね? ルリタテハ王国の重要な戦略物資の調査現場を視察するんですよね? オリハルコン合金鋼の添加物にする”ミスリル”鉱床の発見ですよね」
「はう・・・。でも、でも、私はまだ15歳だわ。・・・そうよ。もっと自分の時間を充実させてもいいんじゃないかしら?」
「充実させすぎて、お叱りうけ、こうなったのです。最近では、お嬢様とジン様のお二人あわせて”ルリタテハの踊る巨大爆薬庫”と呼ばれているのは、ご存知ですよね?」
「踊ってなんかないわ!」
「そこは重要ではないです!」
 風姫とジンがトラブルに巻き込まれると、二人が往くところを中心に、オリビーが放り出され、ビルが崩壊し、地面が抉れる。しかも、二人は無傷で宙を舞っている。
 ロイヤルリングに最近実用化し実装した斥力発生機能を、ルリタテハ星系で使いまくった所為だった。
 風姫不機嫌を隠さず「はーあー」と長いため息を吐いてから、呟く。
「せっかく、新しいドレス着て、ツインテールにしてみたのに、見せる人がいないんじゃ、つまらないわ」
 褒めて褒めて褒めて貰いたい。チヤホヤされたい。
 たった一月前、ルリタテハでは周りに集まる男など鬱陶しくてしかたなかったが、今ではそれも懐かしい。
 せめて、たった一人だけいる男子を瞠目させ、カワイイと言わせたい。
 そう考えて風姫は着飾ってみたのだ。
「お嬢様。何故ツインテールなのですか?」
「だって、ジンが・・・。トレジャーハンターには、赤いドレスにツインテールが昔から大人気だって・・・」
 今度は彩香が長いため息を吐いた。
 ジンが風姫に適当なことを教えたのだ。
「トレジャーハンターがツインテール好きだというのは迷信です」
「でも、ジンが・・・」
「三つ編みです」
 彩香はキッパリと言い切った。
「えっ?」
「トレジャーハンターの好みの髪型は三つ編みです。これは諸説ありますが、なんでも三つ編みの女性がいるトレジャーハンティングチームの発見した鉱床は、優良な重力元素が含まれていることが多かったと云う説。宇宙空間の無重力圏内では、髪の毛をまとめないと、髪が顔にまとわりついて、みっともなかったと云う説。この2つの説があります。いずれにしても、三つ編みが好まれているのは間違ないです」
「そっ、そうなの・・・。ふーん」
「連続サムライ戦闘軍事訓練が終了したみたいですよ」
「・・・わ、私・・・。ちょっと・・・」
 ちょっと、何なのかを言わずにコンバットオペレーションルームを出ていった風姫を彩香は暖かい目で見送る。まるで、孫娘を見守るような慈愛に満ちた表情だった。
 コンバットオペレーションルームの自動ドアが閉まると、今度は楽しみなイベントを待つかのような笑みを浮かべて呟いた。
「お嬢様は知ってるはずですのに・・・。ジン様は悪戯が好きなんですよ。しかもタチの悪いことに、悪意のある悪戯でも、悪意のない悪戯でも・・・。わたくしは悪意のない、無邪気な悪戯になら、参加させていただきます」
 そう、もちろんトレジャーハンター全員が好む髪型など存在するわけがない。好みは人それぞれなのだ。

 ユキヒョウに2つある大浴場の1つで、アキトは汗を洗い流す。5時間連続サムライ戦闘軍事訓練で大量の汗をかいていた。大半は冷汗せだったが・・・。
 アキトは10人以上が一緒に入れる大きさの湯船に、1人でゆっくりと浸かり、疲れを湯に溶かす。
 大浴場もそうだが、ユキヒョウには驚かされる。
 船内は機能美と様式美を兼ね備えた稀有なデザインを有して、設備が充実している。惑星上にあるホテルより快適なぐらいだ。
 ユキヒョウ内の全フロアが、1Gに重力制御されている。
 通常の宇宙船なら、必要最小限の場所だけ重力制御する。しかも制御はフロア個別にで0.1G単位で、0~3Gまで変動可能になっている。
 1G未満は荷物の運搬などに便利だと理解できたが、1G以上の必要性がわからなかった。
 彩香に質問すると「負荷トレーニングのためと敵に侵入された場合の備えてですよ」との回答が返ってきた。
 0Gで宙に浮いたところからイキナリ3Gになると、当然床に落ちる。通路のGをランダムにすれば、走っている最中に転んだり、重力酔いになったりする。
 1G以上の使用方法は理解できたが、必要性が全く理解できなかった。そう、船内での戦闘を前提に設計されているというところが・・・。
 必要性や疑問はおいておくとして、この宇宙船は戦闘を前提にしているようだった。
 それは内部に、戦艦と称せるぐらいの武装をしていることからも推測できる。ユキヒョウのシャープさとで優美さを兼ねた洗練された外見からは、とても分からないのだが・・・。
 アキトには、戦艦の武装がユキヒョウと同程度かは判断できないのだが、彩香の説明では「全長1キロメートル以上の戦艦をルリタテハ軍では大型と分類していて、そのぐらいの戦力はありますよ」ということだった。
 ユキヒョウ搭載のマシンは、”疑問”というより”問題”の一言だ。
 宇宙専用戦闘機が2機、宇宙・大気圏内両用戦闘機が2機、戦闘用ロボット”サムライ”が3種2機ずつの6機も搭載されている。
 それなのにオリビーは6人乗りが1台だけで、大気圏内専用である。つまり乗車部分に密閉処理がされていない。だから、水中や宇宙空間では使えない。
 搭載マシンの種類が、あまりにアンバランスな台数比率だった。
 そもそも風姫、ジン、彩香の3人しかユキヒョウに搭乗していないのに、搭載機の数の方が多い。
 彩香は「コンバットオペレーションルームもありますし、宇宙戦艦と比較すると足りないのは乗員の数ぐらいです」と微笑んでいたが、宇宙戦艦と比較するのがハナから間違っていると気付いていないのか?
 そう確かに乗員は足りない。だが、そうじゃない。あきらかに余計なモノも多かった。
 応接室が5つに、ドレスルームが3つ、パーティースペースなどなど・・・。
 ちなみにドレスルームは、化粧室や更衣室をさすドレッシングルームではなく、単にドレスを保管している部屋で、風姫用、女性用、男性用とあり、大抵の体型のドレスは揃っているそうだ。疑問なのは、一体何着ドレスがあって、何の為そんなにあるのかだが・・・。
 今まで知っている宇宙船の常識が、まるで通用しない。それが宇宙船”ユキヒョウ”だった。
 湯船につかりながら、つらつらとこの2、3日の出来事を思い起こしていた。
 アキトが風呂から上がると、夕食の時間となっていた。
 髪を乾かし、いつもの恰好・・・暗赤色のスペースアンダーを身に、黒のジーンズを穿いてから食堂へ向かう。
 ユキヒョウの搭乗者だけで食事するには広すぎる食堂に、エプロンをつけた彩香がテーブルの傍に身動ぎもせず立っている。
 ただ、いつもならアキトよりも早く席についている風姫の姿が見えなかった。
「珍しいな、風姫はまだか?」
「少し着替えに時間がかかってるみたいですね」
 食事は風姫とアキトの2人でするのが、ここ3日間の慣例になっていた。
 給仕は彩香がしていて、驚いたことに、ジンはキッチンで調理を担当している。
 アキトが「なんで一緒に食べねーんだ?」と尋ねてみると、彩香は唇に人差し指を添えて「秘密です」と言っていた。ティータイムは一緒にとるのに意味がわからない。
 席について暫くすると、三つ編みで髪を一つに束ね、色鮮やかな浴衣を着た少女が食堂に現れた。三つ編みは右肩から胸へと流し、毛先は赤いリボンで結ばれていた。浴衣は白地に百合の花をあしらった上品な柄だった。
 静謐な音声が音楽となって部屋に響く。
「お待たせしましたわ」
 清楚でいて華やかな雰囲気をまとっての風姫の登場だった。
「そ、それほどでもないぜ。・・・それに、いつも待ってもらってるしな」
 アキトは思わずどもってしまった。
 いつもと違った風姫に微かな違和感を感じつつ、ぎこちなく右手を軽く挙げた。
 浴衣には黒髪黒目のイメージが強いが、風姫が身に纏うと金髪碧眼でも大和撫子に負けない楚々とした情緒を醸し、それに付け加えて煌びやかな魅力がある。
 彩香が風姫のために椅子を後ろに少し引き、風姫はフワリと腰を下ろした。まるで彼女のまわりだけ重力が軽減されたようだった。
「ゆ、浴衣なんて、どうしたんだ?」
 アキトの動揺は、まだ納まっていない。
 風姫の口許が綻ぶ。
 いつもより控えめな笑顔で、それがまた、浴衣の雰囲気にあっていて、アキトを魅了した。ただ、それは誤解のなせる業であった。風姫の笑みは、ほくそ笑むのを我慢して結果だった。
「気分転換に三つ編みにしてみたわ。だから、その、ねっ。・・・三つ編みには浴衣だわ。だ、だから浴衣だわ!」
 風姫は意気込んでいた。少し空回りしているようだが・・・。
 その勢いに圧倒されつつも、アキトはどうにか会話に応じた。
「お、おう。・・・そうなんだ?」
「そ、そうなの。だから三つ編みだわ。・・・だから三つ編みのようね。そ、それで・・・。ど、どうかしら?」
「あー、と。なんていうか。似合ってんと思うぜ」
「そ、それは、わかっているわ!・・・そ、それだけじゃなくて、ね。・・・私は三つ編みにしてみたわ」
「お、おう? そうだな??・・・」
 めずらしく、何かを躊躇しているような話し方だった。
「知ってるかしら? 三つ編みって、ねっ・・・」
「その髪型が、そうなんだろ?」
「そうだけど、そうじゃないわ」
 拗ねたような表情をみせる風姫。
 いつもの堂々とした気品にあふれるもいいが、今の風姫は本当に可愛らしかった。
 風姫は魅力的な唇をちょっととがらせて、説明を口にした
「トレジャーハンターの仲間に三つ編みの女性がいると、優良な重力元素を含む鉱床を発見するというジンクスがあるようね」
「そうなのか?」
「知らなかったの?」
「初耳だぜ。それに女性のトレジャーハンターで髪が長いのは、あんま見たことねーぜ」
 風姫の唇が三回ほど開閉したが、音声にはならなかった。
 彼女の視線がオレの斜め後方に固定された。唖然としていた表情が引き締まり、風姫の碧眼に剣呑な光が宿る。
 振り向くと、いつの間にかキッチンから食堂に移動していたジンと、壁際に立っている彩香がニヤニヤしていた。
 どうやら風姫は、2人に騙されたらしい。
「我は聞いたことがない」
「わたくしも初めて聞きました」
 ジンと彩香の台詞を聞いた風姫の頬が、一気に朱へと染まった。
 風姫の登場から感じていた違和感をアキトは理解した。
 それは、今の話の流れとはまったく関係なかったのだが、風姫に話しかけ助けてあげようとの気持ちから言葉にしてしまう。
「今日のディナーは肉を中心としたコース料理だぜ。TPOはおいとくとしても、浴衣だと袖が邪魔で食いにくいだろ」
 次の瞬間、風姫の首筋の透き通るような白い肌が真っ赤になった。
「着替えてくるわ。アキト、待ってなさい」
 アキトを叱りつけるように言い放つと、風姫は飛んで食堂を出て行った。比喩ではなく、本当に宙に浮いて去って行ったのだ。残念な印象を食堂に置いて・・・。
 ジンと彩香は、冗談というか悪戯というか、人を揶揄うのが好きらしい。
 見ている分には愉しくて害はないというのは、お宝屋3兄弟の面白劇場と一緒だった。ただ質の悪いことに、強制的に参加させられるというところまでもが一緒なのだ。
 アキトは頭を抱えたくなった。
 今回は風姫で良かったが、前回はオレが騙されていた。
 彩香に風姫は魔族の末裔で、風を自由に操れると。「んな訳あるかよ」と一蹴したが、彼女は真剣な表情で話を続けた。
「魔族の末裔といっても、魔族が誕生してから200年ぐらいしか経っていません。ワープの影響か、宇宙線の影響かは解明されていないようですが、問題はそこではありません。彼女の一族は裏で非常に強い権力を持っています。その証拠が惑星ヒメシロでの一件です。わたくし達は、あれだけの騒動の中心にいたにも関わらず、逮捕されるどころか捜査の手さえ伸びてきませんでした」
 このとき、ちょうどジンがオレ達のいるスターライトルームにやってきた。そこでジンに、単刀直入に風姫は魔族なのかと、訊くと重々しく肯きながら、はっきりと肯定した。
「信頼が必要といった汝には、正直に告げておこう。風姫は魔族だ。そして我ら2人は風姫が魔族と知れないよう尽くす義務がある人間。彼女はまだ、魔族には可能で人間には不可能なことの区別が曖昧なのだ。・・・故のお目付け役。我の一族は、風姫の一族の誕生より仕えていて、もう200年になろうかとしている。かの一族は人間社会を影から支配しようとしていて、近年ヒメシロ星系には、かなりの影響を及ぼせるようになっている」
 彩香の話を聞いていないはずのジンが、矛盾点なく同様の内容を語った。完全に信じてしまったオレは、2人に促されるまま風姫の部屋に忍び込みんだ。魔族には尻尾があって、下着には穴が開いているとの2人からの情報を確かめるために・・・。
 木のぬくもりを感じさせ、随所に彫刻と飾り金具がちりばめられている収納から下着を取り出し、穴が開いてないか広げた。
 なぜか、タイミングよく風姫が部屋に入ってきた。その時、オレの中で世界は崩壊した。
 下着に穴は開いてなく、風姫から変態アキトという汚名まで命名してもらった。
 本名の新開空人の”シ”を”ヘ”に変更しただけなので、いやにしっくりくる語感である。もちろん嬉しくはないが・・・。
 そのあと誤解はとけたが、しばらく風姫のオレに向ける視線が、汚物でも見るかのようだった。あの視線はトラウマになりそうだ。
 今まで同年代の少女から好意の視線を受けたことはあるが、あの視線というか眼つきは初めての体験だった。
 それにしても、この3人の関係は良く分からない。
 命の優先順位が高いのは風姫、ジン、彩香の順というが、立場は・・・おそらく公的な役職だとジン、風姫、彩香の順なのだろう。
 それだと彩香の発言権がないようだが、風姫のお目付け役だけでなく、ジンのお目付け役でもあるらしい。
 彩香は2人に対して、かなり遠慮ない口調で意見している。
 この良く分からない関係性の3人と共にトレジャーハンティングするのは、アキトにとって不安でしかない。
 そして明日には、コムラサキ星系に到着するのだ。

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