剣なんか嫌いです。

月風レイ

第16話 約束

牢屋までも響いてくる大歓声が私の鼓動を激しく揺らす。
閑散とした室内にむせ返るような異臭が私の周囲を漂っている。
人が住めると思えないような場所に私はただ1人ポツンと壁にもたれて、膝を抱えながら座っている。
それに、ここ数日間一緒にいたはずの人は今はいない。
彼は衛兵によって闘技場へと連れていかれてしまった……
今頃彼は下卑た歓声を上げる貴族たちの中央で必死に命を賭けて闘っているのだろう。
私は衛兵がこの部屋にやってきた時、出番が自分ではないことをどれだけ望んだだろうか……
そして、その望みが珍しく天に届いたのか、衛兵は私ではなくソルスを連れて行った。
私はほっとした安堵の気持ちも一瞬だけ感じた。
けれど、直後私に押し寄せてきたのはすごく胸を締め付けるような不安だった。
彼は絶望的な状況に陥った私にささやかながらも希望を与えてくれた。
私が女だからと言って色目で見るようなこともなかった。それは私の容姿が醜いのが原因なのかもしれないけど……
それに、ソルスは私に魔法を教えてくれた。けれど、私はなぜだか私には魔力はあるものの魔法をうまく扱うことはできなかった。ソルスがいうには私は魔力量が多すなるために、その膨大な魔力をコントロールすることができないのだという。自分の魔力コントロール力に不相応な魔力量を持つ人が魔法を使うのは危険だからといって、私はソルスに魔法を使うのを封じられた。
私が魔法を学びたかったのは少しでもまずそうなご飯を美味しくしようと思ったのが原因でもあった。
ソルスに魔法を使わせてもらえない私は不味そうなご飯を食べなきゃいけないのかとひどく落胆したのだが、ソルスは私のことに気を遣ってくれて、私のご飯を魔法を使って少しだけだけど美味しくしれた。
それだけのことが私のぽっかりと空いてしまった穴にスッと暖かな何かが入ってきて穴をほんの少しだけ小さくしてくれた。
地獄とも思えるような場所で僅かでも一緒に過ごしたソルスがあんな地獄に立たされていると考えると、自分だけ生きてればいいと思っていた私の心もグラリと揺らいだ……
ソルス、死なないで————そんな思いが私の脳裏に留まり続けていた。

そんな思いを抱きながら、外から聞こえる大歓声に耳を塞ぎ、膝を丸めて座っていた。

そして暫くしてその大歓声が絶頂へと至った。地面を揺らすような歓声がわたしの手を貫き、そのまま鼓膜も強く刺激した。

私はこの歓声を聞いて、悟った。
————勝負がついたのだ
と。

私の心拍数が先程までとは比べ物にならないくらいに跳ね上がり、先程の不安も風船が割れんばかりに膨らむように膨張していった。
息が吸えないほどの苦しい胸の痛み。

そんな風に牢屋1人悶えている中、衛兵らしき人物が牢屋の前を通り過ぎようとしていた。
その衛兵は襟のところを掴んで人を引き摺りって運んでいた。
私は掴まれて引き摺れていた人物の顔に見覚えがあった。
剣奴にしては端正な顔立ちをしていて、優しい雰囲気のある顔。
そう、引き摺られて運ばれようとしているのは紛れもなく
————ソルスだった。あの私に優しく接してくれたあのソルスだった。
突如、私の目から膨大な涙が洪水の如く溢れ出してきた。
いやだよ……こんなの……
わたし、ソルスがいないとどうすればいいのかわかんない……
ソルスがいないとわたしはこれからご飯をどうしていけばいいの?
ソルス死なないでよ……いかないで……
わたしを置いていかないで……

そうわたしは願うけれど、引き摺られているソルスを見ればすぐにわかってしまった。
認めてしまうのは嫌だけれど、ソルスは死んでしまったのだと……
腹部からは剣でグサリと刺されたのか、大量の血が流れ出していた。
そして、顔色も生きている人と思えないくらいに蒼白で。

ソルスを引き摺る衛兵がゆっくりと目の前を通り過ぎようとする……
何故だか、そのスピードは剣を持った時と同じくらいゆっくりに見えて……

ソルス……行かないで……
お願いだから……
わたしあなたがいないと————

ゆっくりと引き摺られながら、わたしの目の前を通りすぎようとするソルス。
わたしの目からは流れで続ける涙……

と、その瞬間————

ピク……

「————そ、るす? あなたまだ生きてるの?」

と、私は通り過ぎようとするソルスに声を掛けてみるものの

…………

わたし、どうすればいいの?
さっき確かに、ソルスが微かだけど動いた気がする……
まだソルスは生きてるかもしれない……
どうすればいい……わたしソルスに生きてて欲しい……
でも、このまま何もしなければソルスは確実に死んでしまう……
臆病なわたしにだって大切だと思う人くらい守りたい!
不安と希望、そして決心が一瞬の間に脳内を駆け巡る。
突如、わたしの口からは言葉が漏れていた。

「衛兵さん! ちょっと待ってください! その人まだ生きてます!」

私が声を掛けた衛兵は無視することなく、立ち止まってくれた。

「まぁ、確かにこいつはまだ生きてるかもしれんな……でも、どうせこいつも時期に死ぬ」

うん。衛兵の言ってることは確かであって、ソルスはこのまま何もしなければソルスは死んでしまうだろう。
でも、わたしはこのまま生きているかもしれないソルスを見捨てたくない……

「どうかその人をここの中に入れてくれませんか? この人は私の大切な人なんです……それに、死んでしまったら、この人の遺体は私の方で片付けておくので……」

わたしがそんなことを衛兵に言うと、衛兵は中途半端に伸びた髭をいじるようにして、

「まぁ、いいや……仕事がなくなるなら大歓迎だ……あ、ちなみに処分してなかったから、ただじゃ済まないからな? それだけは覚えておけ……」

と、衛兵はなんの躊躇もなく、わたしの言うことを聴いてくれた。

そして、衛兵によって牢屋の鍵が開けられ、そのままソルスがその中へと投げ込まれた。
わたしはソルスが乱暴に投げ込まれるのがわかむていたので、すかさずソルスをこれ以上痛めつけないように優しく抱きとめた。

抱き寄せたソルスの体温はとても冷たくて……

「そるす……死なないで……お願い……」

わたしはこの世界に来て、ソルスと出会い、ソルスから魔法を教えてもらったことを思い出した。
クリエイトウォーターからは水が作られて、ファイアからは炎が出て————と、そんな規則性にわたしが気づかないほどわたしは馬鹿じゃない。
だから、わたしは最後の望みを掛けて、試してみることにした。
どうなるかはわからないけど、やらなきゃ絶対に後悔する……

だからわたしは————

『キュアヒール』

わたしはソルスを守りたいという思いを込めて、優しく包み込むように言葉を唱えた。

と、突然、黄色の粒子と緑色の粒子が目の前に現れて、優しく暖かくソルスの傷口を覆っていった。
わたしはどこか幻想的な風景に目を奪われてしまった。
と、わたしの集中力が切れてしまったせいなのか、幻想的な色合いの粒子は霧散してしまって……

でも————
わたしの思いは届いてくれた。

「ゴホッゴホッゴホッ……俺、死んだはずだよな……」

わたしの魔法が効いてくれたみたいで、ソルスの傷口は綺麗に塞がってくれて、先程まで死人のように蒼白だった顔にも血の巡りが戻ったのか赤みが帯びてきていて、また、感動のあまりわたしの目からは膨大な涙が溢れてきていた。

「ソルスぅぅぅぅ……もぉ、心配させないでよぉ……わたし、ソルスがいないとどうやってご飯食べればいいのよぉぉ……」

私は感動のあまり躊躇することなく、ソルスを正面から強く抱きしめてしまっていた。

自分が生きていることに驚きを隠せないソルス。そして、傷口が塞がっていることに驚くソルス。そして、何故かミツキに強く抱かれてしまっていることに驚くソルス。

そんなソルスのようすにひたすら泣いている私が気付くことなんかなく、けれども状況を把握したのか、ソルスは抱かれている状態を拒むなんてことはなく、ソルスの方からも私のことを強く抱きしめてくれた。

そして、ソルスが私の耳元で小さな声でわたしに囁いた。

「ありがとう……ミツキ……」

その声には熱い思いが篭っているのが感じ取られて、すごく心地の良いものだった。

だが、そんな声にふと我に帰ったわたしは自分のしたことにひどく羞恥をかんじてしまったために、抱いてきたソルスを突き飛ばしてしまった。

「イタタタタ……ミツキ、いきなり何すんだよ……」

「あぁっ! ごめん……ソルス……つい……」

ソルスはわたしに飛ばされて腰を打ったのか、腰を摩るようにしていた。
と、腰を摩るをやめてこちらの方をじっくりと見てきた。

わたしはさっきの自分の行動のことが気にかかって、プイと目を合わさないように違う方向を見ていた。

わたし……何しちゃってるんだろう……
ソルスが奇跡的にも生き返ってくれたのは嬉しかったけど……
勢いのあまり……
うわぁぁぁ……どうしよう……
ハグなんて今まで一度もしたことなんてなかったのに……

とそんな脳内で悶絶してるいるわたしにソルスが、

「ミツキ……回復魔法使えたのか?」

「うん……ソルスのことを助けたくてやってみたら……できた……」

と、わたしが答えるとソルスは一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに優しく温かい笑みを向けてくれて、

「本当にありがとう……ミツキ……」

「うん……わたし、ソルスがいないと……生きていけないから……」

そんな言葉がすっと口から出てきたが、これは側からみれば告白的なニュアンスも含むわけで……

ソルスは呆気に取られた様子で珍しく顔を赤くした。

ソルスは恥じらいから突然真剣な眼差しを私に向けて、こう言った。

「ミツキ……ここから出よう……2人で一緒に……」

ソルスの言葉には嘘など一切ないように感じられた。
そして、ソルスとわたしは約束をした。
ここから一緒に出てやろうという約束を。

臆病なわたしにはやることはなく、ソルス任せの作戦だったけれど……




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