炎罪のウロボロス
59、俺のせいじゃない!
もう、AIの秘書のことなどどうでもいい。
私が否定したかったのは、あのエノクとの契約に関する私の推測だ。
「俺は、こんな世界、望んでなんかいない!……絶対に、俺のせいなんかじゃない!」
だが自分の中にいるもう一人の自分が――あの頃の、全てに絶望し、閉ざされた空間に逃げ込んだあの時の自分が――正直な気持ちを言葉にする。
『いっそのこと、こんなクソみたいな世界なんか滅んじまえばいい!』
「違う!」
心が揺れる。否定しても否定しても、自分を責める言葉を打ち消すことも、振り払うこともできない。
そして気が付くと、いつの間にかクルマが止まっていた。秘書からの、目的地に到着したとの言葉を、私はまた聞き逃していたのか?
だが、そんなことは蛇足に過ぎない。もうどうでもいいことだ。
開くはずのドアも閉ざされたままだった。だが私はそのことにも気付かず、自らドアを開けた。
そして私は殆ど無意識のうちに、車外へと飛び出した。
気分を変えたい。外の空気が吸いたい。とにかく、そんなことを漠然と思いながらの行動だった。
だが仕事に生きる人間の悲しいサガというヤツか。私は一旦車の外に出たものの、やがてそう時を置かずにこの場を訪れるであろうクライアントのことが頭をよぎり、車内に残したままの関連資料やバッグを手にしようと、振り返り腰を落とす。
だが、しばし躊躇したあと、結局はそれを止めた。
今は、ビジネスのことなど二の次、三の次だ。
ラピスラズリ。
軍の要望で建てられたビジネスの為の要塞。今は何をおいても、まずはこの我が城に入り、ゆっくりと落ち着いて、感情と思考をクールダウンさせたかった。
しかしである。
視線を、ヘッドライトが照らす方へと改めて向けた瞬間だった。私はクルマのドアを閉めようとしていた手を止めた。
言いようのない奇妙な感覚を覚えた。
呼吸が乱れ。額から尋常ではない量の汗が滲み出した。
「……違う。どこだ?……ここは」
間を置くことなく殆ど瞬時に私はその違和感の正体を理解した。
見たことのない風景がそこには広がっていた、と言いたいところだが事実は違う。迫るようにして、そして全てを覆っていたのは深すぎる闇だ。本来なら外灯によって照らされ、見えるべきものが全くと言っていい程見えない。
頼るべきはヘッドライトの明かりのみだったのだ。その事実に、自らがいるべきところにいないということをすぐに悟ったのだ。
「……どういうことだ?」
一瞬、私以外の全てが――世界が死んでしまったように感じられた。
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