炎罪のウロボロス

あくえりあす

49、ラピスラズリ


「わかった。出発してくれ」

私の一言で、車は静かに動き出す。巨大な地下駐車場をすぐに出て、車は郊外に向かって街を走り抜けてゆく。
その目的地は「ラピスラズリ」。暗号、というほどのものではない。先程、私がクライアントとの電話による会話の中で述べたその会合の場は、今回のような機密に関わる案件の際に利用する為に、私が個人名義で購入した別荘を指す。
東京からそう遠くないにもかかわらず、豊かな自然に囲まれた素晴らしい地区にそれはある。私は湖に面した広大な土地を購入し、そこに瀟洒な洋館を建てた。外壁は私が一番好きなスカイブルーに染めた。そして屋根の色には、私の誕生石であるラピスラズリを模した深くて濃いブルーをチョイスした。無論、別荘の名称がラピスラズリなのは、そのことに由来する。
とはいえ、私がこの別荘を極めて重要なビジネス会合の場として、しばしば使用するのは景観が良いということが理由ではない。警備する側にとって極めて都合の良い立地だからだ。そもそもこの場所に別荘を建てた第一の事由もそこにあった。

ビジネスの取引相手として軍の比重が高まるにつれ、国は次第に私を直接的なコントロール下に置きたがるようになった。
取り分け、現下のプロジェクトを立ち上げて以来、国は私の”身の安全"を理由に、我が社が取り扱う他の民間企業との取引に、直接関与したがるようになった。
だが私のビジネススタイルは即断即決即応こそが信条である。慣例と煩雑な手続きばかりとを重んじ、そこに至る根回しに汲々とする”お役所仕事”的なやり方とは致命的な乖離がある。
そこで折衷案として、国が所有し、軍が直轄する研究施設があるこの地区の一角を国が払い下げ、その土地を個人で私が購入し別荘を建て、軍の警備下の元、このプロジェクトに関する民間企業との大きな商談や重要な会議などを行う際にはその場を利用するよう命じられたのだ。
その為、今日のような”厄介なこと”が起こるのだ。

「どうされましたか?」

優秀な秘書が問いかけて来た。私の浮かぬ表情を見て察するのもこの秘書の特技だ。

「なに。軍関係者とは自宅で面会できたのに、民間とは、わざわざ軍のおひざ元まで行かなければ会うこともままならない」

「妙な話ですね」

「ああ……わかっているとは思うが、これはトップシークレットだ。今の発言は絶対に漏らしてはダメだよ」

これに対して秘書は微笑みで返してくれた。
私も黙ったまま笑顔を返した。そして静かに手にした資料に目を落した。

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