炎罪のウロボロス

あくえりあす

45、唯一の回答


私はナイフを手に取ると、ひとまず深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてから、閉じていた刃の部分を出した。

「あっ!?……」

正直驚いた。古びたナイフの刃は以前と何ら変わらぬままの姿形をとどめており、ましてや人を刺した痕跡など微塵もなかったのだ。
そもそもである。
思えばその手にも衣服にもナイフと同様に、私の記憶を証明する物的証拠らしきものは一切形跡がなかった。
と、すれば、やはりすべては私の記憶違い、ないし夢だった、と捉えるのが合理的―――いや、それもやはり不合理だ。
元よりそういう問題ではない。
私には、その記憶とともにあまりにもリアルな感触が残っており、その結論には強い確信があった。
そう、答えは明白だ。
契約が実行されたのだ。
その回答が如何に非科学的であったとしても、私の記憶と物的証拠の間に横たわる、大いなる矛盾に対して、最も整合性を持って私自身を納得させるのは、唯一それしかない。
私はその瞬間、一つ大いなる決意をした。
ナイフを机の引き出しに戻すと、静かに部屋から出たのだ。
扉を開き、階下へと向かう。日曜日の朝。そこには朝食前の居間で静かにたたずむ、義父と母の姿があった。
私の姿を認めると、二人はこちらに目線を向けたまま、無言で立ち上がった。その相貌には困惑の表情が浮かんでいた。だが義父は家長としての責任からか、すぐに真顔になった。他方、母はその表情を保ったまま、依然として、ただ私をじっと見つめ続けていた。

「大丈夫なのか?」

言葉を切り出したのは義父だった。

「はい」

私はそう答えた。
涙ぐむ母。義父も感極まっているように見える。
私は、まず心の中で二人に詫びた。そしてその心情をそのまま言葉にした。

「お義父さん、お母さん、今までわがままばかり言って、申し訳ありませんでした。……俺、明日からまた学校に行くよ」

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