炎罪のウロボロス

あくえりあす

42、燃え盛る炎


「これで、契約成立だ!」

その言葉が声として形となったのか、心の中にとどまったのかは私自身定かではない。
私は目を瞑り、松明を握った右の手に一層力を籠め、それを思い切って前へ突き出した。

「うっ、うわああああああああーっ!!」

何も考えたくなかった。湧き上がる様々な感情も押さえたかった。その結果、私は無意識のうちに叫び声をあげていた。
目は閉じたままだったが、嫌でも持つ手の松明を通して、男の体に当たった感触が伝わって来た。
男は――信じ難いことに、松明を体で押し返してきた。それに対して私は、さらに相手を遠ざけようと全身の力を右手に託す。炎の燃え盛る音が激しさを増す。放たれる熱気もそれに比例して明らかに勢い付いているのを感じた。
だが私は瞼を閉じたままで、今このとき、どのような状況になっているのかをその目で確かめることはできなかった。
ところが――ある瞬間、相手の力がスッと消えるのを感じ、ほとんど反射的に私は瞑っていた両の目ををパッと開いた。

「……あっ?!」

恐怖を感じる暇(いとま)もなかった。
眼前に広がっていた光景は、完全に私の想像をはるかに超えたものだったのだ。そこには、紅蓮の炎に全身を包まれ、もがき苦しみ、のたうち回る男の姿が――などというものは存在していなかった。
そもそも男の姿自体が忽然と消えていたのだ。
その代わりに、床の上を文字通り燎原の火が如く炎が勢いよく這い、最早教会の壁という壁を掛け登ろうとしていたのだった。
私は呆気にとられ、思わず手にしていた松明を床に落とした。

「不安を感じるな。疑念を抱くな。後悔するな」

脳裏に、この言葉が浮かんだ。それはあたかも、あの男から送られてきたテレパシーによるメッセージのように私には感じられた。
火の勢いは目の前で増し続けている。それはまるで、赤く光る怪物がその身をうねらせながら、教会全体を飲み込もうとしている姿のようにも見えた。

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