炎罪のウロボロス

あくえりあす

29、まるで全世界が消滅したかの如く


「……洋館?」

パッと見の印象を思わず声に出した。それはあたかも巨大な西洋の城のような威容を誇っていた。
もしかしたら……クルマに乗っていたであろう別の刑事は、この中に身を潜めているのかもしれない。自分が気付かぬうちにクルマを下り、先ほど自分が刺殺した人物同様、自分のことを探しているのかもしれない、と思った。

ならばどうする?

心の内で自問自答したものの、その解を見出せぬまま、私はフラフラと何者かに誘われるようにして、気付けば建物の中に足を踏み入れていた。
中は想像以上に暗かった。月が出ていたのか否かまでは、さすがに頭が回らず確認などしていなかったが、それでもこの建物の中に比べれば、確かにまだ外の方が「明るかった」といえる。
しかしそれでも私は建物の奥へと進んだ。抗しがたい、何かに導かれるように。
一歩進むごとに、ゴト、ゴト、と床を踏む音が建物内に響く。私は進んでは立ち止まり、また進んでは立ち止まることを繰り返した。
そこで気付いたのだが、どうもこの中に自分以外の誰かがいる様子など一切ない、ということだ。物音ひとつしない。完璧な静寂。まるで自分以外の全世界が消滅してしまったかのように感じられるほどだ。
やがて、暗闇の中に、一つ、また一つと天井の方から、あるいは側面から細く、弱弱しいかすかな光明が差していることに気付く。
それは破れた窓ガラスから入る「月の輝き」や「星明り」による頼りない光の筋であった。
とはいえ、闇に覆われた世界にとってそれは唯一の拠り所であった。だから私はそれが差す方へと迷わず、だが慎重に歩を進めた。
その“光源”に近付くと、辺りが僅かにだが見えやすくなった。それでも無論、見通しが利かないその先へ進むことは「危険だ」としか思えなかった。だが私はなぜか進むことをやめられない。
そしてもう少し先へと進むと、かすかな光の筋が幾重にも重なり、大きな光の柱が斜めに差す空間へと出た。
遠回りをしたが、どうやら私はこのときようやくこの建物のエントランスに辿り着いたようだった。その光の束は、その場にかつて設(しつら)えられた窓があったであろうと思しき、壁に開いている多くの四角く大きな穴を通って、外から差し込んでいた。

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