炎罪のウロボロス

あくえりあす

21、犯した罪から逃れるために……


土手の上の舗装道路は、ほどなく川を跨ぐ大きな幹線道路の橋に遮られ唐突に終点を迎えた。私は止む無く土手を下り、街中へと歩を進めた。川沿いの市街地は、取り分け路地が狭く、ゴチャゴチャとしているように感じられた。そこはまるで迷路だ。
まだそれほど遅い時間帯ではないが、道行く人もいない。帰宅の途に就く人々を目にしてもおかしくないはずなのだが、不思議と誰ともすれ違うこともなければ、誰かを追い越すことも無かった。
家を出た直後に感じた爽快感など微塵もなかった。だが体は不思議なほど軽かった。息もなぜか乱れない。
もしかして自分はあの少年を刺したのではなく、実は逆に刺されていて、すでに死んでいるのではないか?
そんなバカげた思いが頭を巡った。

どれくらい走ったのであろうか。
周囲を確認しようと、少し走るスピードを緩めた。いつの間にか、密集していた人家が立ち並ぶ風景と異なる世界がそこには広がっていた。
家並みの中に点在してた緑の空間がより存在感を増したばかりか、そこにはネギやキャベツ等の大きな葉物類の畑が広がっていた。

「農家、か。……ここは、どこだ?」

最初に川に辿り着いたときとはまるで真逆の感想を抱いた。
まだそれほど遠くまで来たという自覚はまるでなかったが、そこに広がっていた風景は全く見たことない、明かに「知らない土地」だとしか思えなかった。
さらに、私は奇妙な感覚を覚えた。
チープでありきたりの表現ではあるが、あたかも自分がいたところとは別の世界に紛れ込んでしまったかのような、それだ。
果たして、自宅から自分が走れる程度の距離で、ここまで風景が一変するような場所が本当に実在するのか。
私が暮らしていた義父の持ち家は、いわゆるベッドタウンの只中にあった。近在にこのような田園風景が広がっていることなど、にわかには信じられなかった。
だが、自分が起こした犯罪行為もまた、どこか現実感に乏しく、私は正直、突如現出したのどかな風景に、なにか癒されたような気分になった。
だから私はそのまま尚も歩き続けた。まったく理性的とは言い難い、極めて稚拙な発想と自らを断じざる得ないのだが、不思議とこのときの私は、少しでも事件現場から遠くへ離れれば、自分が犯した罪から逃げおおせられるのではないかと、割と本気で信じられる心持になっていたのだ。

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