炎罪のウロボロス

あくえりあす

16、ちっぽけな存在


私は走った。無我夢中で走り続けた。依然として、すれ違う人々をはじめ、あらゆる周囲の存在が、私の五感からほとんど遮断されていた。
ときに立ち止まり、また走り始める。あるいはノロノロと歩を進める。
思考による行動ではない。その時その時の感性に従って、目的地もないままに、とにかく私は可能な限り前進し続けた。
それは見慣れた街並みなのか、あるいは今まで訪れたことのない場所なのか、その時の私にはそれがよくわからなかった。
だが気が付くと私は、家からそう遠くない場所を流れる河川に沿って設けられた土手の上の細い舗装道路に辿り着いていた。
私は立ち止まり、河川と私が立つ道路を分け隔てる胸の高さ程ある金網のフェンスにもたれかかるようにして川面に目をやった。最早完全に日が落ち周囲は真っ暗ではあったが、街の明かりが部分部分に反射していたため、そこに水の流れがあることは容易に見て取れた。
他方、振り返れば土手下には木々が生い茂る中規模の公園があった。それが故、時折遠くに車の走行音が聞こえるものの、街中とは思えない静寂が辺りにはあった。その為もあってか、私はすぐに冷静になった。

「……なんだ。……まだ、こんなところか」

自分としては、最早生活圏から遠く離れた土地にまで来ているものと、何となく思っていたのだろう。しかし落ち着いて周囲をよくよく見渡せば、そこは母が再婚して以来、それなりに住み慣れた自らのテリトリーから未だ抜け出せていなかったことを知ることとなった。
その事実に私は大いに落胆した。

自由になりたい!

自らの心の底から、そんな悲痛な叫び声のようなものが聞こえた気がした。
だが実際に自覚しているのは「無力な自分」そのものだった。
徒歩で来れる範囲だ。頭で考えれば、思い付きで走った程度で行ける距離など、たかが知れていることはわかっていたはずだ。
しかし実際に、己が力のみで辿り着ける行動範囲など、しょせんはこの程度のものなのだ、とまざまざと思い知らされたこのときの私は、自分が殊更ちっぽけな存在に思えてならなかった。

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