炎罪のウロボロス
6、妻が見せた不安
「社長。お客様がご到着されました」
そして妻が私に、客人を迎える支度は既に用意万端出来ている旨伝えてきた直後、有能な秘書が、タイミングよく来客が階下に到着したことを告げた。
「わかった」
私が秘書にそう答え、応接室に向かおうとした刹那だった。
「……あの」
妻が何かを切り出そうとした。が、逡巡しているようで、言葉が続かない。私はといえば、当然の如くしばしその場にとどまり、次の言葉を待つしかない。
妻は気遣いの出来る人間である。だからこうした場面で妻が見せたこのような稀有な行動に私は少々戸惑った。
「どうしたんだい?」
たまらず私は、妻に次の言葉を促す為、努めて明るい口調でそう言った。
妻はぎこちない笑顔を浮かべた後、言うべき言葉をようやく述べた。
「私が、口をはさむべきことじゃないことはわかっているんだけど」
そして彼女は小さくため息を吐く。
「今までにない、大変な局面を迎えているんじゃないかなって、何となくなんだけどね……でも……いえ、だからこそ、どうか無理だけはしないでね」
何気ない言葉だったが、それはとても重いものだった。
「ありがとう」
妻は、何もかも察している。私はそう確信した。
「心配かけてすまない。でも大丈夫だから。安心してくれ」
私は彼女を安心させるために、笑って見せた。
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