TSお姉様が赤面プルプルするのって最高だよね
TSお姉様、早速出会う
「爺」
「はい、お嬢様」
「間違いなく此処を通るのね?」
「そうです、お嬢様。クロエリウス様は同行者を伴ってアーレに入ったのは確認済み。コーシクス様がお迎えに上がったと」
「態々剣神が?そのジルとやら、少し調子に乗っているようですわ。クロエリウス様の御慈悲を勘違いして……許せませんわね」
ピンと背筋が伸びた老年の男を従えた女性、いや女の子がクイと目尻を上げて先を睨む。
見事なブロンドの髪は両耳の横でクルクルと巻いて薄い胸まで垂れている。力無くではなく、まるで飴細工の様に形は崩れない。未だ姿の見えない年増のジルとやらを睨む瞳はやはり美しい青。青い瞳は少しキツイが、幼さも残して微笑ましい。事実、隣に控える執事服の爺は優しい眼差しを隠していない。
煌びやかな馬車を背後そのままに、道の真ん中にドンと立っている。肩幅まで軽く開いた両足は地面に縫い付けられたかの様だ。瞳に合わした蒼いドレスは白い肌を映えさせて、少女の花咲く寸前の美を際立たせていた。
伯爵家が抱える騎士数名は、敬愛する伯爵の愛娘に害を及ぼす者は許さないと周囲を警戒している。
「爺、クロエリウス様を惑わす魔女、ジルとやらを詳しく教えて貰えるかしら? これからクロエリウス様を解放しなくてはなりませんの」
はい……そう緩やかに礼を済ますと、いつの間にやら手にした紙に目を落としながら答えていった。
「アリスお嬢様、お答え致します。名前はジル、此れはご存知ですな。偉大なるツェツエ王国が誇る巨大都市、アートリスを拠点とした冒険者、年齢は22歳と。冒険者として最高峰の超級で、二つ名は"魔剣"。その強さ、並ぶ者はいないとされています。白金の髪は宝石と見紛うばかり、そして大変珍しい水色の瞳はアズリンドラゴンの美に勝ると有名ですな」
つらつらと話す爺の声を聞きながら、アリスの眉と唇はピクピクと震えている。爺はそれを知りながらも話す事を止めない。
「アートリスでは女神と称えられ、この王都アーレでも"魔法と剣の化身、戦いと美の女神"として、かの竜鱗騎士団でも知られています。私も一度だけ拝見致しましたが、その美貌は正に女神ですな」
ピクピク、ピクピク……アリスの痙攣は全身に広がるが、爺はやはり止めない。
「魔族侵攻、ツェツエの危機、古竜襲来、その全てで破格の戦果を上げ、魔剣の名は世界に轟きました。才能は"万能"ですから、当然なのかもしれませんな。今や世界中で使用されている魔素感知波の開発者は、驚くべき事に彼女です。他にも多くの魔術理論を発表しており、その名声は今や世界規模ですな。演算で有名な才女、タチアナ様もその理論には頭を下げるしかないとの言を残しておられます」
ブルブルと体を揺らし、小さくて可愛らしい拳を握り締める。
「此処まで来れば膨れ上がった自尊心が傲慢を生み、人情の機微も理解せず性根も腐り落ちると誰もが思うもの」
「そ、そうですわ……きっと」
「ええ、然り……魔物に襲われた貧しい村を無償で救い、子供の落とし物を探す為に池を漁ったり、他にも超級に見合わない依頼も嫌な顔一つせず受領するなど、数々の逸話があるようです。まあ、此れが女神の由来でもありますな」
ワナワナと震えるアリスは、整った顔を怒りの形相に変えて叫ぶ。
「な、なんですの!!そんな安芝居にいそうな女は! だいたい爺は誰の味方をして……」
「お嬢様、爺は爪先から頭の天辺までジーミュタス家に捧げておりますぞ?アリスお嬢様がヨチヨチ歩きをしていた頃からお世話させて頂いております。一度だけですがオムツも変え……」
「わ、分かったわ!と、とにかく何か手はないですの!?」
「まだ私の忠誠の深さを説明するには足りませんが……お嬢様のご質問にお応えしましょう。その手は」
「手は?」
「ごさいませんな。真正面からぶつかりなさい、そして爆散するのです。なに、爺がそばにおりますから、灰になったお嬢様を拾い集めます。おや?御一行が見えましたな」
飄々と答えた爺にアリスは再びワナワナと震え、ムキー!と地団駄を踏んだ。
護衛の騎士達は聞こえていても変わらず、周囲を警戒している。
涙目で彼方を見たアリスの青い瞳に、ゾロゾロと近づいてくる群衆が映った。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
王都は名の通り、ツェツエ王が住う都だ。
アートリスと違い、整然と並んだ建物や道は見事と言う他ないだろう。三日月の湾に接しているからか、僅かに潮の香りがするが、それも全く不快じゃ無い。人口はアートリスに劣るらしいが、歩く分には感じない。偏見かもしれないが、人々も洗練されている気がする。
中央の通りは数年前に名称を変え「パミール通り」となった。真っ直ぐ伸びた通りの真ん中には噴水が整備され、人々の憩いの場所となっている。何よりの特徴は、溢れんばかりの飲食店達だろう。多種多様なお店はそれぞれが自慢の料理を提供し、何時も人が一杯だ。パミールの名前は現王妃のパミールからで、食べるの大好きな王妃の肝入りで開発が始まったらしい。愛妻家の王が全面的にバックアップしたのだ。
第十三代のツェレリオ王は賢王として名高く、ツェツエは繁栄を謳歌しているのだ。俺にとってありがたいのは、超級冒険者を囲う制限が緩い事だろう。他国と違い縛りも少ないし、義務も特に無い。魔狂いもそうだが、それを気に入ってるから此処にいる。
頭の中で格好良く通りの解説をしてみたりして、現実から逃避してみたが現実は変わらない……
「お姉様?」
「なぁに?ターニャちゃん」
「元気ないな、と」
うぅ……ターニャちゃん、可愛い、優しい……もう今からでもアートリスに帰らない?駄目?
何かを察したのかクロが此方をジッと見てる。赤い眼はお馬鹿な考えは捨てて下さいと言っている気がするぞ。
「馬鹿な考えは捨てて下さい、お師匠様」
いや、言ってました。
「クロ、黙って」
当然、超級冒険者で魔剣ジルとしての演技は忘れてないが、今は他に聞こえないだろうからよいのだ。
「ターニャちゃん、平気なの?」
「何がですか?」
「だって……だってさぁ……」
顔を上げたら見えるでしょ……?
仕方なく、もう一度周囲を見渡した。聞かない様にしていた喧騒も耳に届く。
「お!顔を上げたぞ!」
「見ろ、あの背中にあるのが魔力銀製の剣だろ?」
「本当か嘘か知らないが、あの服も魔力銀らしい」
「信じられねぇ……ただの服にしか見えないぞ」
「やべえオッパイだな」
「馬鹿が、大事なのは尻と腰だ。何度言っても分かん奴だな」
「なんだ、やるか!」
「おお!決着をつけるか!?」
なんだよアイツラは……何処までついてくる気なんだ?
王都に入った時からゾロゾロと集まった連中は減る事もせず、いや、増えてる?
「ガハハ!楽しいなジルよ!」
シクスさん、いやもうおっさんでいいや。おっさんが最高だぜと笑い声を上げる。この野郎……あとで覚えておけよ……
「シクス様。街の皆様にも迷惑になりますし、一度解散して……」
「おお?何が迷惑なんだ?通りの連中だって繁盛して大満足だ。今日の為に仕入れを倍にしてるんだぜ?」
お、おっさんが元凶かーー!!
「お礼もたんまりもらう事になってるんだ。ほれ、ジル愛想よく頼むぜ、な?」
……これ、怒っていいやつだよね?
「シ、シクス……」
「あっ……」
「……どうしたの?ターニャちゃん」
「お姉様、アレを」
可愛らしい手から伸びた指は、進行方向を指している様だ。なんだろ?
「んん?」
パミール通りを越えた先、かなりの広さを誇る広場が見えた。そこから城まで続く道が伸びているが、その手前に何かドレス姿の女の子が仁王立ちしている。
その背後には煌びやかな馬車が停めてあり、数人の鎧姿の男達。老人が一人いるようだが、如何にも執事!って感じの服は何者なのか隠していない。きっとドレス姿の女の子から爺とか言われているに違いない、うん。
「うわぁ、縦ロールのお嬢様って本当にいるんだ……異世界って凄いな」
ターニャちゃんの独り言は耳に入ったが、俺も同じ感想だったから何も言うことはない。
絶対「おーほっほっほ!」て笑うか「ですわ!」とか言ってるタイプだよね?
ん?……なんかついさっき、同じ事を考えたような……
「きっと名前はアリスとか、如何にもお嬢様な名前かな……」
続くターニャちゃんの独り言は、俺にある事を思い出させた。
もう一度目を凝らす。
「あの紋章は……うわぁ……」
「あん?アレはジーミュタス家の紋章だな。何してるんだ?」
シクスのおっさんの言葉が全てを肯定してくれた。嬉しくないけど……
「ねえ、クロ。あれって」
「間違いなく、アリス=ジーミュタスですね。まあ、行動力だけは褒めたいところ……いたたっ!お師匠様、痛い!」
「何を偉そうに言ってるの?この口か、この可愛らしいお口なのかな?」
ターニャちゃん程じゃないけど、プニプニした頬を抓る。思いっきりね!
「お姉様、クロさんから離れた方が……凄い形相してますよ?」
何処か楽しそうにターニャちゃんが教えてくれた。何故楽しそうなのか、聞きたいけど……
「んん……ヒィ!!何アレ……」
「ジル、何処までも面白い奴だなぁ。ジーミュタスってお前達の世話役を買って出た伯爵家だぞ?一体何をやらかしたら、あんなになるんだ……?」
お、俺の所為じゃないですから!
いや、間接的に関わって……いやいやいや!違う!
「クロ、あなた何とかして」
「痛い……でも良い香り……ありだな」
「……ちょっと?」
「もう一度……つい足を滑らせて飛び込むのはどうだ?お師匠様の胸なら柔らかいから……」
「ク!ロ!」
もうやだこの変態……可愛らしいショタの癖して完全なエロ餓鬼だよ!
「は、はい!?別に疚しいことは」
いや、十分に疚しいからな?
「馬鹿な事考えてないで、アレ何とかしなさいよ!」
「前も言いましたが、大丈夫です」
大丈夫じゃねーよ!あの顔を見ろ、このおバカ!
近くにシクスさんや竜鱗の三人、アーレの人も多いから演技もやめられないんだよ!ターニャちゃん、ターニャちゃんなら分かるよね!
ん? なにそのニヤニヤ顔は?
「お姉様」
「うん、何か良い方法が……」
「当たって砕けて、です」
砕け、て? 普通"砕けろ"だよね……それ願望じゃね!?
「うわぁ……あんなに可愛いのに……」
めっちゃ睨まれてますぅ。帰りたい……
進まない脚なのに、背中を誰かが……押すなって!
「シクス様……何をしてるんですか……?」
「お?そりゃ、殿下も待ってるし急がないとな」
「なら、彼方から行きましょう」
広場の右側を指差してみる。
「いやいや、間違いなく真っ直ぐが早いからな?正面に城が見えるのに、曲がる奴があるかよ」
おっさんは真正面を指差して全否定。うぅ……味方がいない……
「クロエリウス様!! お久しぶりですわ!」
ビョーンと飛び上がりながら、クロに抱き付くアリスちゃん。グリグリとクロに顔を押し付け、幸せって笑顔を隠さない。可愛いなぁ。
「アリス様、お久しぶりです」
ってか、「ですわ」って言った!!
ターニャちゃんすら、マジかよ……って顔してるし。
なのにクロは無表情のまま、アリスちゃんの両肩を持ち引き離した。クロ……こんなに可愛い娘が大好きな気持ちを隠さずに抱き着いてるんだぞ!もっと喜べよ!なんなら代わってくれ!縦ロールくらいなんだ!
羨ましい視線を送っていたら、引き離されたアリスちゃんから笑顔が消えた。グリンと此方に顔を回すと、ギロリと睨む。縦ロールがドリルになって飛んで来たりしないかな……少し身構える俺。
上から下までジロジロと観察し、最後に俺の顔をジットリと眺めるアリスちゃん。
うぅ……さっきまで近くにいたおっさんもターニャちゃんも距離を取っている。最早観客気分なのだろう、騎士達に食べ物とジュースを受け取っている。いや、おっさんは酒だ、絶対。ほんと後で覚えておけよ、おっさん……
睨んでいた眼は悔しそうに沈み、ムキーって頭を掻き毟った。でも縦ロールは崩れない。凄え……
「くっ……貴女が、ジルね……」
縦ロールってどうやってつくるんだ?エクステみたいにくっつけるのか?
「わたくしは……アリス、アリス=ジーミュタス。誇り高きジーミュタス家の長女よ。このツェツエにジーミュタス有りと聞いた事もあるでしょう」
しかし、間違いなく天然の髪みたいだし、何か方法があるんだろう。やはり魔法を利用してるんだろうか?
「この際、はっきりしましょう。勇者クロエリウス様に相応しいのは誰か、を」
戦闘に関する魔法は研究してきたけど、アレは知らないなぁ。髪はストレートの長い髪が好きだった俺には、分からない分野だもんな。後で教えて貰おう。まぁ、今はターニャちゃんのショートも好きだけど。
「……ちょっと」
本当に崩れないな。触ってみたい……
「貴女!!聞いてますの!?」
「うひ!!は、はい!聞いてます!その髪素敵ですね……」
「誰も髪の話なんてしてませんわ!!」
「うぇ!?ご、ごめんなさい!」
大爆笑しているおっさんが見えて、腹が立つ。ターニャちゃんまで腹を抱えてるし!
はぁ……お城が遠いなぁ……
夜だし、お風呂に入って眠りたい……
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