TSお姉様が赤面プルプルするのって最高だよね
TSお姉様、アートリスを救う
アークウルフは獣系の御多分に漏れず、炎が苦手だ。まあ、生物なら大半苦手だろうけど。
俺は魔力強化を行い、魔力銀の服にも通す。肌には質感が変化した感触が走り、気持ちが引き締まる。背中に固定してある剣は鞘から抜かず、収束した魔力に指示を出した。
クロが最初に炎系の魔法を選択したのは、賢いし基本に忠実で素晴らしい。
俺が創り出したのは、炎の矢……定番だけど、一味違うんだよ? 暗い青色をした矢は、通常見え難い。空や夜に溶けるし、温度も非常に高いのだ。矢と言っても薄い板状に成形していて、見る角度に寄っては視認するのは困難だ。
そして創出した場所は頭上。俺と馬車を囲む様に浮かべてある。音もせず、かなりの高さに固定してあるせいか、アークウルフ達は警戒すらせずに円陣を狭めてきた。角度も調整済みで、見えてないだろう。まあ、隠蔽してあるから当たり前だけど。
「お姉様!」
「ターニャちゃん? 大丈夫よ、クロの指示に従ってね」
背後から見るとピンチに見えたかな? ターニャちゃんが心配そうに声を上げた。ターニャちゃんなら集中すれば、俺の魔法が見えただろうけど……流石にそんな余裕はないみたい。
「「グルル……」」
涎を垂らすのはお約束なのかな? 少し獣臭がして気分が悪くなる。ゴン太と同じ筈なのに、なんでだろうね?
足音すらさせずに近付いて来たアークウルフは、前足を折り、頭頂の斧……頭骨を前に迫り出した。一斉に飛び掛かって来る気だろう。
見れば後脚に力が入ったのが分かり、その瞬間を隠しもしない。
「「ガウッ!」」
ズドドドッ!!
飛び掛かって来た14頭中10頭は首や胴体が切断され、声を上げる事なく絶命する。残り4頭の内2頭も僅かに狙いが逸れたから息はあるが、立ち上がる事は出来ないだろう。同時に……
仲間が全滅していくのも気づかず、前方……つまり俺の方へ頭を投げ出した2頭は、勝ったと思ったのか俺の後方へ抜けた。
「ごめんね?」
頭骨ごと両断された2頭は、自らの死すら自覚しなかっただろう。俺の剣は血糊すら付着せずに鞘に収まった。魔力に覆われた剣身には、脂も血も付かないのだ。
念の為魔力感知を行い、周囲を確認する。
何の危険も無いと分かれば、魔力強化を切るだけだ。
ふっ……今のは格好良いだろう? ターニャちゃんが見惚れてても驚かないよ、うん。
「……終わり?」
ターニャちゃんは呆然として、青白い顔で周囲を見渡していた。うん?
俺の予想では、凄いですお姉様!とか、格好良い!とか、そんな反応を期待してたんですが……なんなら抱き着いて来ても良いよ?
両手を広げて待つと、ターニャちゃんは慌てて馬車を降り、側の草むらに頭を突っ込んだ。
「おえぇーーっ……」
うん……アレは、吐いてるね……胃の辺りを抑えターニャちゃんは苦しそうに何度も吐いてる。クロはターニャちゃんの背中を撫でて、優しい顔をしてた。
落ち着いて周りを見回してみると……内臓や筋肉の断面が見える死体が多数、最後の2頭に至っては脳漿が溢れてるね。おまけに肉が焼ける匂いも相当なものだ。まあ、俺やクロは慣れてるけどね……うん、グロい。
あわわわ……コレ駄目なやつじゃん……!
慌ててターニャちゃんに近付くと、最早胃液しか出ないのだろう……口元がヌラヌラと光り顔色が非常に悪い……
「ゴ、ゴメンねターニャちゃん……私、気が回らなくて……」
俺はクロに代わって貰い、背中を摩る。ターニャちゃんは頭を振り、手で口を拭った。
うぅ……俺ってバカだ!
ターニャちゃんは平和な日本から来たばかりの子供だぞ! あんなグロいの駄目に決まってるじゃん!
「待っててね。水を持ってくるわ」
馬車に水袋を取りに行き、木製のカップを合わせて手に取る。ついでに口元を拭くタオル(まあ、ただの布だけど)を箱から出した。
ふと見ればクロは証明部位、つまり頭骨を集めてくれていた。はぁ……失敗したなあ……
俺は急いで蹲るターニャちゃんの元へ走った。
「ターニャちゃん、本当にごめんなさい……気持ち悪かったでしょう……?」
口を濯ぎ、布で拭いたターニャちゃんは少しだけ落ち着いたみたい。馬車までお姫様抱っこをして、横たわらせる。図らずも膝枕出来たけど、全然嬉しくない。ターニャちゃんはそれでも青白い顔だし……
「いえ……お姉様は悪くありません。そんな世界だと自覚が足りませんでした。私の方こそ謝ります、ご心配を掛けてしまって……」
「ううん、私が悪いのよ……ターニャちゃんに格好良いところを見せたくて、調子に乗って……倒し方なんて、幾らでもあるのに」
ターニャちゃんは少しだけ笑って俺を見た。
「ふふ……格好良いところなんて……お姉様は何時も素敵です。さっきだって、あんなに強いんですね……さすが超級冒険者です」
「ターニャちゃん……吐き気止めの魔法なんて無いけど……ちょっと待ってね……」
精神に作用する魔法を使おう。ターニャちゃんの頭に左手を添えてゆっくりと撫でながら、行使した。
「お姉様、コレは?」
「気持ちを落ち着かせる魔法よ。恐慌に陥った人とかを助ける為のモノね。気休めだけど……」
「暖かい……お姉様の魔法は何時も暖かいです」
「そう? 初めて言われたな、そんな事」
「もう少し撫でて貰っていいですか……凄く気持ちいいので……」
「勿論よ」
ターニャちゃんの髪に沿って頭を撫でる。
気持ち良さそうにして目を瞑ったターニャちゃんは、暫くすると眠ったようだ。小さな唇から吐息が溢れて、胸が規則正しい上下を繰り返している。
お姫様抱っこに膝枕、頭ナデナデも達成出来たけど……全然嬉しくない! 次からは気を付けないと。
「ゴメンね……」
俺は頭を撫でるのをやめず、呟く位しか無い。
クロは証明部位を集め終えたのか、此方に歩いて来るのが見えた。
急ぐ旅でも無いし、ちょっと休憩だな。えっ?ツェツエの王子はって? 王子なんかよりターニャちゃんが大事に決まってますから!
☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜
アートリス、冒険者ギルド
「アークウルフだと!? 間違いないのか?」
一階に降りて来たウラスロは、偵察から帰ったパーティへ詰め寄った。
「ええ……ギルド長、間違いないです。危ないので遠距離からの確認ですが、10頭以上いました……アートリスから遠くありません」
「10頭以上だと……リタ、ダイヤモンド級を含むパーティは今どれくらいいる? 直ぐに動ける連中だ。少なくとも4組以上欲しい」
リタは棚から取り出した紙束を急いで確認する。
「街道も封鎖だ、依頼も一時中断しろ! 王都へ魔素通信を開く準備を!」
ウラスロは周りにいた職員に指示を出し始めた。本来現れる筈のない、非常に危険な魔物だ。街が壊滅するとは言わないが、かなりの被害が想定されるだろう。
「ギルド長……現在は二組しか活動していません……残りは別の地域へ……コランダム級も三組です」
「なんでそんなに少な……ソードアント討伐か!」
アークウルフの出没した場所とは全くの反対側で、距離は馬を走らせても丸一日掛かるだろう。ソードアントはそれ程強い魔物ではないが、繁殖を始めると莫大な数に増加する厄介な蟻だ。前脚が剣の様に鋭いのが名前の由来で、今回は既に繁殖しつつあるコロニーが見つかった。
「ジルは!?」
「今朝出発しました……もう随分離れたと思います……」
「くっ……仕方がない……全員で掛かるぞ、駐留軍と連携しよう。俺は話を通してくる!」
ウラスロは服を整える時間も惜しいと、髭を振り乱してギルドを出ようとした。するとウラスロの視線の先に新たなパーティが入って来るのが見えた。彼らの顔は歓喜に包まれ、同時に興奮している。
「いやぁ……凄いのを見たな! みんな聞いてくれよ! あれはとんでもないよ……一瞬で何頭も……あれってアークウルフだよな! 何時か俺たちも……うわっ!? ギ、ギルド長! な、何ですか!?」
「今、アークウルフと言ったな? 見たのか?」
ウラスロはアークウルフの如く突進し、クオーツの若者達へ早口で質問をぶつけた。
「は、はい! 全部で15頭です! 体も大きくて、黒くて……以前見た資料と一緒で頭に斧が……」
「アークウルフの特徴くらい知っとるわ! それで、どうなったって? 説明しろ!」
三人組の彼等は顔を見合わせ、急いで口を動かす。
「アークウルフは全滅しました! 王都へ向かう街道沿いです。部位証明を剥ぎ取りしてましたから、間違いありません」
「全滅だと!? 何人いたんだ? 王都からの軍隊か……他国の冒険者か?」
「い、いえ……多分三人です。倒したのは一人ですけど……」
「そんな馬鹿な事があるか! 相手は小さな町くらい破壊する程の魔物だぞ! たった一人で……一人……もしかして……その倒したと言う奴の特徴は?」
「遠かったのでそこまでは……はっきりしてるのは女性で長い白金の髪と……後の二人は子供だと思います、多分ですけど」
ウラスロは最早確信していたが、事が事なだけに念を押す。
「倒し方を見たか?」
「それが……一瞬で……ウルフ達は何かに切断されたのかバラバラになって、2頭残った様に見えた奴等もその後すぐ……多分剣で斬られたと思うんですが……」
「あれは多分魔法です。炎の矢か何か……手の届かない範囲まで影響してましたし、全くの同時でしたから。見えないのが不思議ですが……」
もう一人は魔法士の卵だろう。その見解は正しい。
「……よく分かった。場所は覚えてるな? 案内出来るか?」
「ええ、勿論です。直ぐ近くですから」
直ぐ近くにアークウルフが現れたのは大問題だが、ウラスロの予想通りなら討ち漏らしもないだろう。
「予想も何も、アイツくらいしかいないか……アークウルフも運が無かったな」
「ギルド長?」
「ああ……リタ、一応街道封鎖は続けてくれ。依頼も同様だ。俺は今から確認に行ってくる。念の為ダイヤモンド級を1組……」
「ギルド長、俺たちが付き合うよ。きっと彼女だろう? 運が良ければ会えるだろうし、何も無ければ金も必要ない」
「マウリツ……助かるよ。早い方がいい、出れるか?」
「ああ、皆んな行こう。久しぶりに顔が見れるかもしれんぞ!」
「あの……ギルド長、一体?」
「ん? ああ、すまん。討伐者に心当たりがあってな、多分……いや間違いなくジルだろう」
クオーツの三人は意味が分からないらしい。
「ジル?」
「なんだなんだ、知らないのか?」
周りのベテラン連中が冷やかす様に笑う。
「魔剣だよ。超級冒険者、魔剣のジル。噂くらいは聞いた事があるだろう? アートリスの女神さ」
「魔剣! あの人が!? うわー、もっと近くに行けば良かった! 滅茶苦茶美人なんですよね?」
「ああ、美人という一言じゃ表現出来ないがな! おまけに凛とした娘で、流石に近寄りがたい雰囲気だが……話せば答えてくれる」
「凛とした……? ヘタレのジルが……?」
ジルの正体を知るリタの呟きは誰にも届かず、その真の姿は未だ霧の中だった。それはきっと幸せなことだろう、男達にとって。
☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜
「お師匠様、何人か近づいて来ます。多分冒険者で……馬車を避けましょうか?」
「ううん、多分確認に来たんだと思うわ。さっき三人程此方を伺ってたから、アークウルフの件が伝わったのね」
「三人? 魔素感知には掛からなかったですけど……」
「いたわ。多分オーソクレーズ、いえクオーツかな。魔力も少なかったから、判り難いかもね。クロ、魔素感知だけに頼ったらだめよ? 何度も言ったでしょう?」
「はぁ……やっぱりまだまだですね……未来の妻は手強いなあ」
突っ込まないぞ!
ゆっくりとターニャちゃん寝かせて、俺は馬車を降りる。煩くされるとターニャちゃんが起きちゃうし、手早く済ませよう。
「あれは……ギルド長もいますね」
本当だ。あの爺様って元気だよなぁ……やっぱりドワーフなんだよ、きっと。長くて白い髭は遠くてもよく分かる。
パタパタと服やマントの埃を払い、大して乱れても無い髪を整える。前髪は特に大事。
さっきのクロじゃ無いけど、ジロジロ見られたく無い気分だからマントは閉じた。
しかし……この旅って、中々進まないよね!
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