ぼくの初恋は、始まらない。第2章

さとみ・はやお

第7話

上町かみまちにある稲荷神社を訪れた、ぼく窓居まどい圭太けいたと友人榛原はいばらマサルの前にいたのは、トラブルをかかえた美少女転入生高槻たかつきさおりの妹、みつきだった。

彼女は木陰に身を隠したぼくたちの、五、六メートルほど先に立っていたが、こちらの気配を感じていないのだろう、はっきりとした口調でひとりごとを言っていた。スニーカーのつま先で、神社の石畳を蹴りつけながら。

「くそっ、あのふたり組、いったいどうやってお姉ちゃんに近づいたんだよ。

まさか神様の力があのふたりには及ばないってこと? 信じられない!

だって、どんな男でもお姉ちゃんに近づいたとたん、そいつの下心はまる見えになるはずじゃん。おかしいよ」

彼女はいかにも悔しそうに、その言葉を吐き捨てた。

「それにしても、どっちの男がお姉ちゃんを狙っているんだよ。
わかったら、まずそいつからぶっ潰す」

妹、かわいい顔にそぐわないワイルドな言葉遣いで、ぶっそうなことを言ってます。

「でも、まずはあのちっさい方を潰すかな。弱そうだし」

えっ、それって、ぼくのことだよね?
ちっさいとか、弱そうとか、結構傷つくな、ぼく。
……なんてこと、言ってる場合じゃない! ぼくの身がマジ、デンジャーだよ。
なにせ向こうは神様がバックについてるし。

後ろを向いていたから顔の表情まではわからなかったが、おそらくそのときの高槻みつきは、阿修羅のような形相だったのだろう。

横を見ると、榛原はいつものように冷静に彼女の言動を見守っている。
そして、小声でこう言った。

「妹のクロは、これで完全に証明されたな。
いよいよ、待ったなしでバトル開始だ。
とりあえず、敵さんに気づかれる前に撤退だな」

ぼくは、それに無言でうなずいた。

高槻みつきがひとりごとを言い続けている間に、ぼくたちはこそこそとその場を離れたのだった。

⌘       ⌘      ⌘

帰り道で、榛原と話し合った。

「まあ、予想通りだったな。高槻みつきは明らかに重度のシスコンで、小さい頃から姉妹愛以上の執着心を姉に抱いていた。

小学五年までは姉と同じ学校だったから、姉が男子と仲良くならないよう、監視や妨害工作をしていたのだろう。

状況の変化は、姉が中学に進学した時に起きた。
初めて姉とは別々の学校になったことで危機感を抱いた妹は、稲荷の神の力を借りて姉に対男性限定のテレパス能力を植え付け、姉に男子生徒が近づかないようにしたのだ。

それにより、姉は完全に男性アレルギーになった。高校進学時も共学でなく女子校を選んで男性との接触を避けるようになった。
まさに妹の思う壺だった。

そして姉が入った女子校に自分も合格して、妹は完全勝利にほくそ笑んでいたってところだろう。

だが、今回の突然の転校で完全に形成逆転となったのだな」
と、榛原。

「そう。高槻さんにまったくシスコンのがなかったのが幸いしたな。そして彼女は女子校に入っても、百合志向に目覚めることはなかった。

先日、妹が自分と同じ高校を受験することを察知して、妹の執着心から逃れるために、急遽池高への転入を決意したってことだよな」
と、ぼくが返す。

「それは間違いないだろう。高槻さんは妹の偏執的な愛情を決して好ましく思っていない。それはさっきの高槻家のふたりの言動からもわかったよな。

さて、俺たちはどういう動きをすればいいかを考えなければいけないが、さっき俺が言ったように、圭太には身体を張ってもらう必要があるだろう。

というか、圭太をエサにしてワナを張ろうかと思っている」

そう言って榛原は、軽く口角を上げて微笑んだ。
これってけっこう怖いぜ。

「ということはつまり、ぼくが妹に襲われるようなシチュエーションを作るってことかぁ」
とぼくは榛原に尋ねる。

「察しがいいねえ。あー大丈夫大丈夫。圭太がヤバいことになったらちゃんと俺が助けるから、心配は無用だぜ」
と、榛原はノープロブレムを強調する。

「わかった。きみがそう言ってくれるなら、ぼくの命を預ける」
と、ぼくは承諾する。

「ありがとう。そうとなれば、善は急げだ。圭太、明日の予定は当然、あいているよな」
と、確認してくる榛原。

「あいてるに決まってるだろ」
と、ぼく。
聞くまでもない、デートの予定などあるわけもなく、どうせヒマなんだから。

すると、榛原はスマホを取り出して電話をかけ始めた。ん、誰にだろ?

電話の向こうの相手は、やはりあの人だった。

「あ、高槻さんかい? 榛原です。先ほどはおじゃまさま。いろいろとありがとう。

おかげさまで、あっさりと解決の糸口がつかめたよ。張本人は、あなたの一番身近にいらっしゃる人だよ。びっくりしたかい? そう? なんとなく感じていたんだね。

ところで、いま、その人はすぐそばにおられるのかな。だったら、好都合だ。これから俺が話す内容を、逐一声に出して、復唱して欲しいんだ。
つまり、あえてその人にその話を聞かせるってことだ。

明日の昼間、あなたと俺と圭太の三人で会いたいんだが、時間は取れるかな。そう、大丈夫か。よかった。
では、午後二時に、あなたの家にも近い上町公園でいいだろうか。正門前で待っているから。いいね。

どんな服装がいいかって? そうだな、出来る限り俺たちの目を楽しませてくれるような、勝負服でお願いしたいね。
幸い、明日は気温も上がるそうだから、春っぽい感じで。
じゃあ、明日、よろしくね」
そう言って、榛原は電話を切った。

「これで下準備は済んだ。あとは圭太への演技指導だな」
榛原は、意味ありげなウインクをしながらそう言った。

⌘       ⌘      ⌘

翌日早朝、またこんな夢を見た。

昼間なのか、周囲は明るい。
あたりの風景は、どうやら昨日行った上町の稲荷神社のようだった。

ぼくは、境内に立っている、季節はずれの浴衣姿の小柄な少女に気づいた。ぼくの方を向いている。

彼女は、髪を後ろで束ね、白いお面をかぶっていた。
縁日の出店でよく見かける、狐の顔が描かれたあれだ。

彼女はお面をかぶったまま、こう話し出した。低く抑揚のない声で。

「窓居圭太よ。汝は昨日のわれのいさめにもまったく従うことなく、禁を犯さんとしておる。

この上、汝がわが使い、高槻みつきの域に踏み込むのならば、われは汝に罰を与うるものものである。
よいな。これが最後の諌めと心得よ」

そう言って、少女はお面を外した。

真っ白な目をした高槻みつきの顔が現れた。
そして一瞬、その目が閃光を放ち、ぼくは意識を失った。


⌘       ⌘      ⌘


目が覚めると、朝の七時だった。また、神様の警告を受けてしまったらしい。しかも、今回は最後通牒だ。

「さすがに、ヤバいところまで来ちまったかもなぁ。どうしたものか」
とブツブツひとりごとを言いながら、ぼくが顔を洗っていると、エプロン姿のお姉ちゃんが、なんだか上機嫌そうな表情で現れた。

「おはよう、お姉ちゃん。なにかいいことでもあったのかい?」

「うふっ、けーくん、よくわかったわねぇ。
けさ、あかりちゃんからメールが来たのよ。この間受験した高校、いったん不合格通知が来たんだけど、昨日になって急に、補欠合格の知らせが来たんだって。

それで、この四月から上京して東京の高校に通うことになったんだけど、せっかくだからうちに下宿できないかなぁって、あかりちゃんからお願いがあったの❤️

で、さっき、パパとママにお願いしてオーケーをもらったの。これで新学期から毎日あかりちゃんと一緒に過ごせるのよ❤️
あっ、当然あかりちゃんとお姉ちゃんは、相部屋よ❤️」

聞いているうちに、頭が痛くなって来た。
こちらは命の危機に瀕しているってのに、お幸せでけっこうですな。

それにしても、ちょっと前までは天敵の間柄だったのに、ここまでラブラブな仲になるとは、変われば変わるものだね。

それから、明里が補欠合格出来たって、絶対神様の差しがねだろ!
いったいどんな裏技を使ったのやら。


まあ、高槻姉妹の件について、いちいち悲観的になってもキリがないので、困ったときの榛原頼みをすることにした。
野比のび太には、ドラえもん。ぼくには榛原。最高のバディだよな。

けさの夢の話をメールにまとめ、送信してしばらくすると榛原から返事が来た。こう書いてあった。

「神を恐れる圭太の気持ちもわかるけど、これまで神が圭太に何らかのアクションをして来たのは夜、せいぜい薄明の時間帯だけだろ。
きみのお姉さんにしても、高槻みつきにしても、昼間に神とは交信出来ていない。

つまり、神にも活動時間帯があるんだ。
昼の日中に、高槻みつきに降臨して、圭太に天誅をくだすなんてことはないはずさ。
昼間の彼女は、あくまでも人間としての彼女でしかない。だから、くみし易い。
神が手を出す前に、俺たち人間が先まわりすればいい。
つまり、彼女を心変わりさせて、神との契約を破棄させちゃえばいいんだよ。
経験のある圭太なら出来るはずさ。

とにかく、高槻みつきを神がかりとかあやかしとかでなく、きちんと人間として扱えばいいんだ。シスコンでちょっとだけクレージーになっちゃってるひととしてね。
まずは、コミュニケーションをとるところから始めればいい。

じゃあ、名アクターの演技に期待してるよ。グッド・ラック」

ぼくはこれを読んで、ちょっとだけ気分が楽になった。
きょうのこれからは、イチかバチか、やってみるしかないな。


⌘       ⌘      ⌘

その日の午後二時、ぼく、榛原そして高槻さおりの三人は、高槻家から徒歩五分ほどのところにある、上町公園の正門前にいた。

ここは住宅地の中にあるが、学校ひとつ分くらいはある、大きめの緑豊かな公園で、もともとは旧財閥の総帥のお屋敷だったそうだ。

ぼくはパーカにジーンズ、榛原はジャケットにチノパンと、いつも通りのカジュアルスタイルだったが、高槻はといえば大きなフリルをあしらった淡いピンクのブラウスにオフホワイトのタイトスカートと、とてもドレッシーでエレガントなスタイルだった。
その日の穏やかで春めいた陽気には、ぴったりの装いだ。よく見ると、いつもの素顔ではなく、薄化粧もしている。

もう何日もエスコートして来て、その美少女ぶりに目が慣れてきたぼくたちにも、それはなかなかの眼福だった。

とはいえ、そうそう浮かれてばかりもいられない。これはデートとかそういうものじゃなく、ターゲットをおびき寄せるための演出なんだから。

ぼくは昨日、榛原との打ち合わせで彼に言われたことを、思い出していた。

「圭太は出来る限り、すきを作って、敵さんを呼びこむようにしてくれ。たとえば、俺や高槻さんと離れて、トイレにひとりで行くとかだ。

当然、若干のリスクはあるが、なにかヤバい状況になったら、このアラームを使って知らせてくれ。すぐ飛んでいくから。
これは音でなく、電波でこちらに危機がわかるよう、改造してある」

そう言って、痴漢撃退用のアラームに似た小さな器具を渡されたのだ。

ホント、準備がいいよな榛原。
つーか、きみホントにただの高校生なの?

あいつがどこかの秘密組織が潜入させた若年じゃくねんエージェントだったとしても、信じちゃうっての。

万全の準備のもと、ぼくたち三人のデート(?)は始まったのだった。(続く)




          

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