約束の大空

佳川鈴奈

42.禁門の変~見届ける日~ -舞-


『会津より新選組に出陣の命がくだった。
 これより我らは御所の警護に会津藩・薩摩藩と共にあたる』



近藤勇の声が屯所内に力強く響く。


その声に呼応するように湧き上がる隊士たちの声。


そう……私にとっての大切な時間が始まる。


歴史を変えることは出来ないかもしれない。


だけど……私の夢を叶えるために、
彼らを利用することは今の私には出来るかもしれない。



私は新選組の一員になったつもりは最初からないから。



彼らと共に戦場へ向かうのは、その方が好都合だったから。


彼らを利用して、自分の願いを叶えたい。


裏切り者として、見つかってこの身を斬られても
義兄たちと最期、この命を終わらせることになったとしても
後悔だけはしたくないって思うから。


義兄たちを追い込んだ彼らに対する私なりの復讐。



そうやって言い聞かせることが出来れば、
単独行動もとりやすい。


私を最初にこの場所で受け入れてくれた
斎藤さんに迷惑をかけたとしても
許される投げ道になるような気がして。



『違う……。
 間違えないで、舞。

 復讐何て望まない。
 望んでない。
 
 義兄も晋兄もそんな人じゃない。

 ただ見届けたいの。

 私自身が自分を納得させたい……ただそれだけ』



何処からともなく内側から湧き上がる声に、
殺伐としていた暗示が音を立てたように崩れていく。




「おいっ、加賀。
 どうした?」



隣から聞える声に、はっと現実を取り戻す。


「すいません。
 大丈夫です。

 今から出陣ですよね。
 私たちは、何処に向かうんですか?」


近藤さんの言葉は続いているものの、
私の耳には、何を言っているのか入ってこなかった。



「舞、気張らなくていいから」


そう言って私の近くに姿を見せたのは、
初めて見る男装の装いの瑠花。


「今回は私もついてくわよ。
 優秀なボディーガードが付いてきてくれるもの」


そう言って瑠花は私に微笑みかける。


「大丈夫。一人には絶対にさせないから。
 泣きたくなったらちゃんと私が傍に居るから」


今から起こりうる出来事がわかっている
瑠花だからそこ、気遣える言葉。


「舞、思い出して。
 禁門の変、伝わる布陣はどうだった?」


布陣?

勉強なんて大嫌いだったのに、
何故か……幕末の事だけは、妙に気になって
本を何度もめくってた。



「嵐山に遊撃隊・国司隊」

「そう。天王山は益田隊」

「伏見は……確か、福原隊」

「そうそう。

 さっき、近藤さんたちが長々と告げてたのは
 全てじゃないけど、監察から入って来た布陣情報。

 舞は余計な事考えないで、何となく、
 その布陣を理解しておけばいいから」



瑠花に誘導されるように脳裏に思い描いた、
京の碁盤地図。


そして……長州の布陣。



「これより我らは伏見に向かう」



一斉に掛け声と共に動き出した隊士たち。

伏見は蛤御門側じゃない。



「瑠花、私……」

「わかってる。
 久坂玄瑞は、益田隊に居るはずだから」

「うん……瑠花、私動くから」


隊士たちが次々と走っていく中、
私と瑠花は速度を落としていく。


その落としていく速度に、唯一対応していくのは、
瑠花の言うボディガード。


沖田総司。


隊列を逆走して、私の方へと近づいてくるのは
斎藤さん。



「加賀、隊を離れるなっ!」


近づいてきて告げた斎藤さんに私は黙ってお辞儀をする。


「斎藤さん、すいません。

 どうしても私、やるべきことがあるんです。

 もう同じ後悔はしたくないから。
 大切な人の死を見届けたい。

 ただ……それだけだから……」


口早に告げると、私は斎藤さんに背中を向けた。


「一くん、二人の事は任せてくれたらいいよ。
 僕はこの戦、別行動させて貰う。

 一くんは、近藤さんの願いを叶えて貰えると嬉しい」


沖田さんは聞こえるように告げると、
ケホケホと咳を続ける。



「総司……その咳、何時からなの?」


瑠花の声が一際、強くなる。


「瑠花、話は後で。

 一くん、この通り……僕はこの咳が続いているのが
 近藤さんと土方さんの耳に届いてしまって
 今回は留守番役を仰せつかったんだけどね、

 瑠花に頼まれると別行動しないわけにはいきませんしね。

 行ってください。

 近藤さんと土方さんには上手く誤魔化しておいてくださいね。
 この仮は、お団子で構いませんから」


沖田さんは予想外の言葉を並べて、私たち二人の傍に留まる。


そんな三人に背を向けて、
隊列に駆け抜けていく斎藤さん。


「さてっ、僕たちも行きましょうか?
 瑠花、加賀さん」


沖田さんはそう言って微笑むと、
すぐに戦闘モードへと殺気を放ちながら私たちの警護にまわる。


「とりあえず、総司道案内お願い。
 堺町御門まで」

「瑠花……、もしかして場所知らないままに
 行動しようとしてた?」

「まぁ、総司が手伝ってくれなかったらくれなかったで、
 何とかなったかも知れないけど、
 最短では辿りつけないかもねしれないよね、舞」


そうやって笑いかける瑠花に、
思わず私も、反射的に笑いかける。


「二人とも、仕方ないですね。
 なら、ついてきてください。

 久坂玄瑞に会うために、僕が手伝っているなんて
 正直、胸中は複雑ですけど。

 加賀、君も一くんから譲られた太刀をしっかりと
 何時でも抜けるように。

 瑠花、君は僕の傍から決して離れない。
 いいですね」


そう言いながら、細い路地を突っ切っていく。



途中、すでに始まった戦から退けてきたのか
甲冑に身を包んだ長州兵たちが次々と逃げ込んでくる。



逃げ込んできた兵士たちが、沖田さんの新選組の羽織に気がついて
次々と最後の力を振り絞るかのように切りかかってくる。 


そしてその刃は、沖田さんだけじゃなく
行動を共にする私たちにまで襲い掛かってくる。

流れるような太刀筋で、
瑠花を守りながら剣を振るいつづける沖田さん。



「加賀、君も目的を叶えるために
 刀を振るわないと、その願いの前に君が倒れることになるよ」


ザッシュ、ザッシュと刀と刀がぶつかる音、風を切り裂く音。

血が噴き出る音。

全てが映画のワンシーンのように過ぎていく
この時間も……決して、夢ではないこと。



「おいっ、新選組だ。
 早く、久坂さんに知らせろ」



耳に届いたのは義兄の名前。




「待って、義兄に会わせて。

 私は加賀舞。
 舞って言ってくれたらわかるから。

 義兄に会わせて。

 瑠花、沖田さんを止めて。
 私は戦いに来たんじゃない。

 ただ会いに来たの」



響き渡る私の声に周囲がざわつき始める。





「何をしている。
 
 禁門の来島さんが薩摩に敗れた。
 我らに無駄な時間はない。

 我らの目的は戦ではない。
 帝に嘆願したいだけだ。

 我らは会津と薩摩の策略によってはめられた。

 長州に朝敵になる意思はないのだと
 御上に一言、申し伝えることが出来ればそれでいい。

 無駄な血を流すな」




そう周囲に言い放ちながら、自らも負傷しているのか、
手を庇うようにしながら駆けつけてくる声。




「久坂さん。
 この者が……」



未だ刀の切っ先を向けたまま
私のことを義兄に話す長州の兵士。





「新選組……。
 舞、どうして君がここに居る」




いつも優しい義兄の声が
今日は苛立ってるように聞こえる。



「義兄に会いたかったから……」



ただ……これから起こる歴史を思い出しながら、
涙が止まらないままに静かに告げる。


この声が……私が聴ける義兄の最期の声になるから。



「新選組の……」

「一番隊組長、沖田総司」



ゆっくりと名前を名乗る沖田さん発した声から
周囲の空気が一気に張りつめる。



「総司、戦いに来たわけじゃないんだから。
 総司は私たちのボディガード。

 久坂玄瑞でいいのかしら?
 私は岩倉瑠花。

 舞の友達。

 そして……これから
 起こる貴方の未来を知るもの。

 私たちは貴方の邪魔をしない。
 
 総司にも歴史を変えさせる真似なんて絶対にさせない。
 ただ……貴方たちの生き様を見届けさせてほしいの。

 誰よりも近くで……。
 それけが舞の願いだから」



瑠花が告げると義兄は「好きにしろ」と小さく擦れ違いざまに告げて
私の前を通り過ぎていく。


義兄が通り過ぎると、私たちと敵対していた長州兵たちも
一斉に動き出した。



向かっているのは、多分……最後の場所。


鷹司邸。




逃げ出したもの。


負傷した人たちが多い長州兵が死に物狂いで、
闘い続ける場所。





「久坂さん」




そう言って、大きな門の前に立つ長州兵。




「これで大丈夫だ。

 鷹司邸の裏側から御所に続いている。
 鷹司さまが……帝へと取り次いでくれる」




そう言いながら、塀を越えて内側から開門させた
義兄は私たちを残して、屋敷の中へと入っていった。





義兄……世の中は無情なんだよ。

貴方が信じて入ったその場所も、
もう貴方の願いを聞き届けてくれる場所じゃない。


その現実を知ってるのに、
私はそれを貴方に告げることすら出来ないでいる。

貴方の死が天が定めた、
運命なら……あがらうことは出来ないから。


一生分の餅は食べてきたって言った、
貴方の覚悟を私は知っているから。



だから……。




先に入った義兄たちの方へと私もゆっくりと足を進める。



鷹司邸の周辺は、
すでに追手の兵が集まって来ていた。




鷹司邸に火が放たれる。

風に乗って、赤い炎が義兄たちの居る場所を
飲み込もうとしてる。




「瑠花、私は行くよ。
 この為に、ここに来たんだから」



親友に告げて、私はゆっくりと最期の場所へと
火の手がまわる屋敷の中へと入っていった。


大砲が撃ち込まれる屋敷内。
命がけの逢瀬。



大砲の音に、震えながら
屋敷の中に突き進んでいく。



それと入れ替わりに、
屋敷から離れていく何人かの長州兵。




「あの……」


思い切って声をかけると、
最初のやり取りを知っていたらしい人が
戦闘態勢の兵士を抑えて、ゆっくりと教えてくれた。



「我らはこれより長州に逃げ延びます。
 殿に真実を話すために。

 久坂さんはこの奥にいらっしゃいます。
 全ての責任を背負うご覚悟です」


「知ってます。

 だから……私は居るんです。
 義兄の勇姿を見送るために。

 絶対に逃げ延びてください。
 
 逃げ落ちて、
 義兄の想いをどうか伝えてください」


ゆっくりとお辞儀をすると、私は長州兵たちを見送って、
更に屋敷の中へと足を踏み入れた。


鎧兜をおろして傷口を庇うように、
腰を下ろす義兄を見つける。



「義助っ!!」


手拭いを歯で引きちぎって、義兄の手の傷を庇うように
引き裂いた手拭いを巻きつける。


「舞、来てはいけない。
 君は巻き込まれてはいけない」

「勝手なことばかり言わないで。

 散々、巻き込んでさっさと全てを背負っていくなんて
 かっこいいことしようとしないで。

 馬鹿なんだから……」


義兄に抱きついて、駄々っ子のように
その胸をドンドンと両手で作った握りこぶしで
交互に叩く。


そんな泣き続ける私を、
義兄はただ黙って髪を優しく撫で続ける。



この温もりも、もう終わってしまう。



近づいてくる足音に、
義兄は髪を撫でていたその手を止めた。




「舞、君に迎えが来たようだ」



そう言うと義兄は私の体を突き放すように、
瑠花の方へと投げ出す。




「義兄?」



そう……目の前の二人に残された時間は
もう殆どない。




「舞、生きろ!!
 君の想う人の傍で、どうか幸せに」



そうやって告げた後、義兄はその場にいた相棒とコンタクトを取り
互いの刀で、お互いに一突き。



引き抜かれた傷口からは、互いの血しぶきが飛びあい、
崩れるように地面に倒れた。



全てがスローモーションのように見えるのに
あっと言う間に、その命を終わらせようとする義兄。



「義兄っ!!」


そう言って、倒れ込んだ義兄の傍に駆け寄ろうとした私を、
瑠花が必死に両腕で私を捉えた。


「行かせない。
 舞、私たちは帰るの。

 貴方の願いは聞き届けたでしょ」


そう言って、瑠花は私の動きを封じるように言葉を続ける。




「おいっ、誰かいるのか?」



声が聞こえた間際、沖田さんが刀を抜いて、
まだ辛うじて息が残る二人にとどめを刺す姿が見えた。


「なんだ新選組か……」

「出遅れたようです。

 私が駆けつけた時には久坂玄瑞並びに寺島忠三郎、自刃」


そう告げると同時に沖田さんは再び咳こんでしまう。


「総司、舞。行きましょう」



瑠花の声に、鷹司邸を取り囲む兵士たちの間を
縫うように歩きながら、私は瑠花に支えられるように
その場所を後にした。



放たれた火は、
京の町を真っ赤に染め上げていく。




義兄……。





時鳥

血爾奈く声盤有明能
月与り他爾知る人ぞ那起



(ほととぎす

ちになくこえは、ありあけの

つきよりほかに、しるひとぞなき)






 

義兄……。




私、貴方の分までちゃんと生き抜いて見せるから。


私が叶えたい願いを全て叶えてその日を迎えるまで。

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