約束の大空

佳川鈴奈

39.決意の行方 -舞-


「ヒドイコトするなぁー。
 花桜ちゃん、心配してるでぇ~」


大木にくくられている私の耳に
何処からともなく声が聞こえて
私の前に姿を見せる隊士の一人……。


「えっと……やっ、山崎さん……」


突然の来訪者に、
戸惑いながら名前を紡ぐ。


「やっ、山崎さんって……つれへんなぁー、
 加賀ちゃんは。

 ほらっ、切るで。動かんでな」

そう言って懐から取り出した刃物で、
大木に括られた縄を切る。

その途端、遮るものがなくなった私の体は
真っ逆さま。


「キャー」


衝撃を覚悟した私の身には
抱きとめられた感覚が包み込んだ。



「あぁ、堪忍。堪忍
  ちょっと油断してもーた。

 加賀ちゃん落としてもうたら、花桜ちゃんにも、
 もう一人掴みどころのない兄さんにも怒られてしまうわ」 


山崎さんは、一人ブツブツといいながら
私をゆっくりとその場で、立ちあがらせた。


ゆっくりと向き直った瞬間、
今までのちゃらけてた雰囲気が、
一気に緊迫感へと変化を遂げていく。


「加賀舞、何故ここに居る?」


幸い、刃物は首元に当てられてはいないけれど
その緊迫感は、まさにそれにも匹敵する。


放たれる殺気に、
震えが止まらなくなる体。


だけど……真実は話せない。



話せない代わりに……ただ涙だけが
止まることなく溢れだしてくる。



義兄の覚悟……晋兄の想い。


もう修正することのない、
二人の決意。


変わることのない歴史。
帰ることが叶わない運命。



運命の波に逆らうことが出来ない
現実の重さ。






「なんや?」




ただただ、言葉を発せずに泣き続ける私に、
山崎さんの殺気がゆっくりと消えていく。




「まぁ、えぇわ。
 加賀ちゃんを屯所まで連行する」





そう言うと、山崎さんを私を左手で
俵のように抱えると夜の闇に紛れながら、
移動を始めた。



半時間ほどで辿りついた屯所内、
私は山崎さんに抱えられたまま、
土方さんの部屋へと連れて行かれた。

 

部屋の前で、ようやく俵抱えから解放されて
私は床へとペタリと座りこむ。




「失礼します。
 加賀を連れてきました」




障子の向こう側に体を折って、
声をかける山崎さん。



「あぁ、中に入れ山崎」




山崎さんは障子に手をかけて、
ゆっくりと開いた。



「加賀君、山崎君、入りたまえ」



奥から穏和な声が聞こえる。



ペタンと座り込んだ足に
もう一度力を込めるように踏ん張って
立ち上がると、
私はゆっくりと奥の部屋へと入っていった。




この場所に連れ戻された。


逃げようと思えば
逃げることも出来たかもしれない。


だけど私は……この場所に戻って来た。


全ての運命から逃げだすように。



義兄も、晋兄も、
もう私を必要としてくれない。


だったら……この場で私の命が尽きるのも
運命なのかもしれない。




そんな想いを抱きながら、
ゆっくりと部屋の中に
自らの足で歩いて行く。



「おいおいっ、加賀。

 なんだ、その思いつめた顔は?
 今から死ぬわけじゃあるめぇし」



そう言って、土方さんが私に声をかける。



「加賀君。

 さて、斎藤君から話は聞いているよ。
 
 斎藤君の使いで隊を離れていたと。

 その途中、敵の手に落ちて大木に括られていたところを
 山崎君に発見されたようだが」


思いがけない状況に、私はただ、キョロキョロと土方さんと
近藤さんの姿を見つめることしか出来なかった。



「舞っ!!」



聞きなれた声と共に障子が開け放たれて、
瑠花が飛び込んでくる。



「瑠花、ほらっ、近藤さんと土方さんの前なんだから。
 すいません、近藤さん」


ギュっと両腕で強く抱きしめられる
私の視線に映るのは、瑠花に振り回される沖田さんの姿。
 

「ほらっ、瑠花。

 加賀を解放しないと、
 近藤さんが話が出来ないよ」



沖田さんは、そう言いながら
瑠花を説得するように話しかけながら、
ゆっくりと私たちの体を引き離した。




「瑠花……」





瑠花から解放された私は、
また涙が止まらなくなった。




だけど……私を抱きしめてくれる温もりは、
瑠花だけで、そこに花桜の姿はなかった。




嘘……。


山崎さんが、花桜も心配してるって
言ってくれてたのに……。




「総司、岩倉君。
 二人も、そこに座るといい」



近藤さんに促されて、沖田さんと瑠花も、
私の傍にゆっくりと腰を下ろす。




「さて……聞かせて貰おうか」




真剣な目でどれだけ求められても、
私は……自分の身に起きたことを話せるはずがない。


ただ……紡ぎだせない言葉の代わりに
涙が流れるだけ。




「舞……ほらっ、泣くだけ泣いて落ち着いたら笑って。

 近藤さん、今は舞をそっとしておいてください。
 大木に括られて見つかったなんて、
 怖い思いをした後かもしれない。

 恐怖から話すことが出来ないのかも知れない。
 私が舞を落ち着かせて、話を聞きだすから」



そう言って、瑠花が
優しく助け船を出してくれる。


何時の間に……瑠花はこんなに
強くなったように感じるんだろう。


ここに来た時は、
何も出来なかった泣いてばかりの瑠花。


だけど……今は、その泣き虫は私だ。



私は……まだ出来る事はあるの?




自分の中で問いかけるものの、
答え何てすぐに見つかるわけがない。




「ほらっ、舞。
 立てる?部屋で休もう?」




背後から抱え上げるように、
瑠花は私を立たせると、
何か言いたげな土方さんを振り切って
その場から退室させた。



久し振りに戻って来た
屯所内の私の部屋。


そこに瑠花は座らせると
部屋を出て、湯呑をお盆に乗せて
姿を見せる。




「はいっ。
 暑い時に熱いものだけど……。

 ほっとするかも知れないでしょ。

 ホントはココアとかあれば良かったんだけど」


瑠花から湯呑を受け取って、
ゆっくりと口元に運んだ。



「ホント……ほっとする……」

「でしょ?
 良かった……」




お茶を口元に運ぶ私の隣に、
瑠花は座り込んで何度も笑いかけてくれる。



「心配したんだよ。
 舞、お帰り」



お帰り……そう言って、
笑いかけてくれた瑠花の言葉。


そして何度も何度も、
私をそうやって迎え入れてくれた
義兄と晋兄の声。


僅かな言葉が、
私の中でシンクロしていく。



「義兄……、晋兄……」

「よしにい?
 しんにい?」



繰り返された瑠花の声に私は自分が心の声ではなく、
何時の間にか、声として発していたことに気が付く。



思わず両手が口元に伸びる。



そのままゆっくりと視線を、
瑠花へと移動させた。



「舞、よしにいって……
 まさか久坂玄瑞?」


そうやって鋭く、言葉を切り返す瑠花に
私はただ頷くことしか出来ない。


「そう、頷くだけでいいよ。
 ここは新選組だもん。

 じゃ、しんにいって言うのは高杉晋作?」


質問してくる瑠花のトーンも
最初の一声目よりは、小さくなっていく。



「って、舞……なんで知ってるの?」


瑠花は、私の方に今まで以上に体を近づけて
小さな小さな声で言葉を続ける。


「私……長州にいたから」



瑠花になら……話してもいいかも知れない。


歴史に詳しい瑠花になら、
歴史を変える方法が見つかるかもしれない。


そんな望みを握りしめて。



「義兄と晋兄は私にとって
 お兄ちゃんみたいに存在なの。

 隊を抜け出して、会ってた。

 二人を助けたくて。
 蛤御門なんてさせちゃいけないって思ったから」



そうやって吐き出した言葉に、
瑠花は私を宥めるように背中を摩った。



「そっか……。
  そうだよね、辛いよね。

 現代から来た私たちは、
 この先に起こる未来を知ってる。

 大切な人が見つかれば見つかるほど
 助けたいって思うよね」



そうやって言葉を続けた瑠花は、
お寺の方角へと視線を向けた。




「鴨ちゃんもそうだった。

 私、鴨ちゃんのこと助けたかった。
 生きてて欲しかった。

 だけど……鴨ちゃんには、鴨ちゃんの抱いた思いがあって、
 夢があって……その大切な決意の中で鴨ちゃんの未来を定めた。

 私が知る歴史通りに。

 助けられなかった悔しさに、
 いっぱいいっぱい泣いて、総司の事も憎んだ。

 だけど……今は思えるんだ。

 鴨ちゃんの礎が今の新選組を支えている。
 
 だから私は……歴史を変えなくて良かったのかもしれないし、
 もしかしたら……歴史上、絶対に変えられない
 運命の死も、この世にはあるのかもしれないって。

 久坂玄瑞の死が、それに当てはまるかどうかなんてわからない。
 だけど……久坂玄瑞が覚悟を決めて定めた未来ならば
 今の舞に出来るのは、見届けることなんじゃないのかな?」



見届けることなんじゃないのかな?




そうやって続けた、瑠花の言葉が
私の心に突き刺さる。





見届ける?
義兄の死を?


私が……?





「んじゃ、舞。
 私、行くね。

 舞も無理せずに、ゆっくり過ごすんだよ。
 舞が言う通りなら、蛤御門は近そうだから。

 花桜のことも心配しないでいいから?」



そう言って部屋を出ようとした瑠花を
私は呼び止める。



「ねぇ、花桜は?」

「花桜はね……今、心の休息中。

 私が無理なお願いしたから……心が悲鳴をあげたの。

 花桜のことは大丈夫だから。
 舞は自分のことに集中集中。

 後悔だけはしないようにね」



そう言って、瑠花は部屋を出て行った。



一人部屋に残された私に蘇るのは、
義兄と晋兄の言葉。


見届ける覚悟と言われても、後悔がないようにって言われても、
今の私には何が良くて何がいけないのかすら
思考する力がついて行かない。


部屋に閉じこもり、ただ縮こまって膝を抱えながら
二人を思い続けていた。





「舞っ!!出陣が決まった

 長州勢力が山崎天王山、八幡、伏見、嵯峨天龍寺に布陣したって。

 どうするの?
 見届けるの、逃げるの?」





突如、沈黙を遮るようにもたらされた瑠花による一報は、
私が恐れつづけたもの。




震えだす手を必死に握りこぶしを作って
やり過ごしながら、私はその場から立ちあがる。



大切な義兄の最期を見るのは嫌。


だけど……この場所で全てから逃げて
何も知らない間に義兄の命が散って行くのはもっと嫌。


もし叶うなら、最期の最期くらい私が抱きしめて
穏やかに眠りについてほしい。


その為なら……私は戦場(いくさば)にだって
駆け出して見せる。



大切な人を守るために。




「瑠花、決めた。
 私、出かけるよ」



そのまま私は新選組の隊士たちとともに
屯所前に集まる。
 


「加賀、見届けるのか?」


全てを見透かしたように、
問われた斎藤さんの言葉に私は頷き返す。



「そうか……。
 ならば、これを持って俺の隊に加われ」


手渡された一振りの刀。
真剣の重みが感じられるやや小振りの刀。


「俺の傍から離れるな」


それだけ言うと言葉少なに、
他の隊士たちへと指示を出しに移動していく。


手渡された刀を腰元に差し込んで、
ゆっくりと抜き放つ。


初めて持つ刀なのに、しっくりとはまる感覚が
私を満たしていく。


「会津より新選組に出陣の命がくだった。
 これより我らは御所の警護に会津藩・薩摩藩と共にあたる」


近藤さんの声が力強く響くと同時に、
新選組の旗が空へと風を受けながらたなびく。


屯所から、隊列を組みながらゆっくりと
出陣していく。


視線の先に、また体調が回復していないかもしれないと
今回の出陣を許して貰えなかった沖田さんと瑠花。



この先に続く未来は義兄の死。


その未来を抱きとめて、
私は乗り越えて見せるから。


決意の行方を抱きしめて。

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