約束の大空

佳川鈴奈

38.それぞれの優しさ -瑠花-


池田屋事件から数日が過ぎた。


体に熱がこもりすぎて、
暫く床に臥せっていた総司も
ようやく熱が下がって
今まで通りと変わらない生活を続けていた。


朝から隊士たちに稽古をつけて、
壬生寺に行っては私の日課である、
鴨ちゃんとお梅さんのお墓参りに付き合って、
そのまま境内で子供たちと走り回る。




寺に集まる子供たちも
総司が行くと、
凄く嬉しそうに集まってくる。





そう……この時間だけを切り抜いてしまえば、
あの池田屋事件が起きた後だとは
思えないほど、穏やかな時間だった。



あの日から変わってしまったのは
この屯所内に、
今もまだ舞の姿がないと言う事。



舞が長州の奴と居るところを見たと証言した
隊士は、寝返ったのではないかと騒ぎ立て
私の心を逆なでした。


そんなざわめきを抑え込んでしまったのは、
斎藤さんだった。



決して口数が多いとはいけないその人が

『加賀には、俺が用事を申し付けた。
 それに不満があるものは前に出ろ』


そう告げた途端に、屯所内をざわつかせていた声は
ピタリと止んだ。




それでも今も、
舞の姿が見つかることはなかった。




舞だけじゃない。



花桜もあの日から、様子がおかしい。





決して誰とも視線を
あわそうとしない花桜。


何かに怯えているみたいに、
朝、いつも以上に早くから屯所内の掃除をして、
炊事場に入る。



炊事場では、手が震えて包丁すら上手く使えなくて、
それでも誰かに任せようとしない花桜の手から
井上さんが、野菜と包丁を抜き取って食材を切っていく。



いつもはテキパキと行動できる花桜が、
あの日からずっと様子がおかしかった。




花桜の異変は、他の隊士たちも
やっぱり感じ取ってるみたいで、


必死に掃除をしている花桜を見ては、

『手伝いましょうか?』っと声をかける隊士たち。


必死に洗濯をしている花桜を見ては、

『干します』と手伝い始める隊士たち。




そんな隊士たちの言葉に、何時もは声を返しながら
一緒に作業をしていく花桜の反応がない。



そんな花桜に戸惑うように隊士たちは
気遣うものの、その思いは花桜には届かない。



その視界に何も映さないみたいに、
自分の与えられた仕事だけを機械的にこなし続ける。


まだ家事をしている時は安心できるんだけど、
その全ても終わってしまったら
フラフラと屯所内をさ迷い歩いて、
何故か井戸の前に姿を見せる。




井戸から汲み上げた水を
桶にいれては、手を洗い、
汲み上げては手を洗い続ける。



延々と手を洗い続けて居たかと思えば、
今度はいきなり着物をその場で脱ぎだして
その水の中に付け込んで、ゴシゴシと洗い始める。




花桜の手が汚れているわけでもなければ、
花桜の着物が汚れているわけでもないのに。






何かに怯え続ける花桜の傍にいって、
抱きしめてあげたいのに、私がいったら、
花桜を余計に苦しめるだけのような気がして
遠くから花桜を見つめ続けることしかできなかった。






『私が花桜に頼まなければ……』





何度も罪悪感が込み上げてくる。




だけど、そんなこと今更言っても
何も変わらない。






ねぇ、花桜気が付いて?



ほら、花桜にはこんなにも
花桜のことを心配してくれる隊士たちがいるんだよ。



この世界に来て、
私たち、何処にも居場所がなかった。



私の居場所は、鴨ちゃんがすぐに作ってくれたけど、
花桜は凄く大変だったじゃない?




居場所が見いだせなくて必死になってた
花桜の傍には、こんなにも沢山の人たちが、
花桜を気遣って、心配してくれてる。


花桜を必要としてくれてる。




花桜の居場所、
この世界にもしっかり出来てるんだよ。






だから……一人で抱え込んで悩まないで、
苦しんでないで、皆に吐き出してよ。






花桜がそうなったのが、池田屋事件の後だから
多分、その時に何かあったんだよね。



花桜が壊れてしまうほど、
怖い出来事が。






私が傍にいって花桜がそれ以上辛くならないなら、
花桜のその辛さ、私も分けて欲しいって私も抱きたいって思ってる。


それがどれだけ身勝手なことかもしれないけど、
そうすることで、『花桜に背負わせたと言う罪悪感』から
私も解き放たれるような気がするから。



自分自身を少しでも
許せるような気がするから。





そう思う気持ちを感じながらも、
まだ何も行動出来ないでいたある日、
私と総司が過ごす部屋の前を、
花桜が土方さんに引きづられるように通っていく。



嫌がってる花桜に無理やり何かをさせようとしている
土方さんから花桜を守りたくて、
思わず部屋を飛び出して二人の前に立つと、
通せんぼするようにゆっくりと手を広げる。



「じゃますんじゃねぇ。
 どきやがれ。

 そこのてめぇらも、
 見せもんじゃねぇぞ」



私に怒鳴り散らした後、
土方さんに引きずられる花桜の姿を心配して
集まってきた隊士たちをも一喝する。



土方さんの声に、隊士たちは散り散りに
自分たちの持ち場へと戻っていった。



「瑠花、君もこっちにおいで。
 山波の事は土方さんに任せておけばいいから」



総司は二人の前で手を広げ続ける私に、
愛刀の手入れをしながら静かに告げた。



「……総司……」


「瑠花、山波の事は土方さんに任せておけばいいよ。
 あの子は、まだ覚悟が足りないんだ。

 口ではどれだけ覚悟してるって言葉にしていてもね。

 心の覚悟は足りないんだよ。

 そう、昔の僕みたいに……。
 これは山波が自分で気が付いて自分で乗り越える問題なんだよ。

 だから……通してあげなよ」




総司はそうやって私を諭すように告げると、
私は広げていた手をゆっくりとおろして廊下の隅に身を寄せた。



土方さんは、また花桜を引きずるように
引っ張りながら歩き始める。


そんな二人の後をゆっくりとついていくと、
花桜は道場の中へと土方さんによって放り込まれた。

道場の扉が全て締め切られて、
中の音だけが外へと響く。

打ち付けている木刀の音と、怒鳴り続ける土方さんの声だけが
その周辺には木霊し続けて居た。


どれだけ長い時間が過ぎていただろうか。


次に閉ざされたドアが開けられた時、
土方さんの腕の中で、
ぐったりと意識を失って眠り続ける花桜を見た。



「まだ居たのか」



土方さんはそれだけ告げると、
それ以上は何も言わず、花桜を何処かへと連れて行く。



多分……花桜の部屋に連れて帰ったのかなって
直感で思った。


不器用でわかりづらいけど、
それがあの人なりの優しさだったのかもしれない。


だからこそ、あの人を良く知る総司は、
あの人の思い通りにさせようとしたのかなって思った。



花桜が元気になるまで、
屯所の事は私が精一杯頑張るから。




舞が帰ってくるように、
花桜の分まで、ちゃんと私が祈ってるから。



だから花桜も、ちゃんと元気になって帰って来て。




皆、花桜が元気になるのを待ってるんだよ。







それぞれの優しさを抱いて。









土方さんの背中を見つめながら、
心の中で、そう呟き続けた。


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