約束の大空

佳川鈴奈

33.踏み込む先 - 舞 -

屯所を出た私は、花桜と一緒に土方隊の隊士たちと
四国屋の方へ向かう。


四国屋へ向かう道中も、花桜は、土方さんに食いつくように
何度も何度も、『池田屋だっているってるでしょ』って
怒鳴りあってた。


そんな花桜の声を黙らせようと、
土方さんは顔の口に手をあてる。


もごもごと、
伝えられなくなった声。




「おいっ。
 加賀、コイツを黙らせろ。

 他の隊士の邪魔になる」




そうやって、土方さんは
花桜の体を投げよこすように
私の方へ預けた。



隊士の列の最後尾。



私の隣を歩く、
花桜は今も機嫌が悪い。



「あのわからずや。
 どうしてくれよう。

 ちょっとさ、私思うんだけど
 時代劇って、あの人美化しすぎだよ。

 あの堅物、頑固親父っ!!」


「頑固親父って、花桜……」


「私、池田屋に行く。
 瑠花と約束したの。

 沖田さんの傍に居るって、
 だから……どうにかして、離れよう?

 この時代に来て、ずっと私たちは蚊帳の外。

 よそ者だって、この時間にこんなにも
 長く関わってるんだよ。

 ちゃんと……生きたいよ」



噛みしめるように、
花桜は声を震わせながら吐き出した。



「花桜…… 花桜は……現代にいる、
 お父さんや、お母さん。

 師匠や、おばあ様に
 逢えなくなってもいいの?

 蚊帳の外だと危険は少ないよ。

 あの人たちと一緒に行動して、
 隣に立つって言うのは現代に帰れなく危険もある。

 それでもいいの?」



現代には、花桜の従兄弟である
敬里(としざと)がいる。


敬里は……花桜が好きなんだよ。



花桜はそんな気持ち、
鈍感すぎて何も気が付いてないけど……。




「帰る為に戦うの。

 これはこの世界に留まるための戦いじゃない。
 
 私の世界に帰るための戦いだから。

 三人で帰るって言った最初の誓いは忘れてないよ」



花桜はそう言うと、沖影と言う名前らしい家宝の刀に
そっと手を伸ばして山南さんからの羽織だと言っていた
だんだら羽織にゆっくりと触れた。



「だったら、
 この隊を離れなきゃ」




義兄を説得することは出来なかった。



だったら晋兄を見つけださなきゃ。


晋兄なら、義兄を説得してくれるかも知れない。



一途の望みはまだ消えてない。





歴史を変えたいって言う夢も……。




『歴史を変えたい?』





それは誰の夢?





私……それとも、
記憶の中の……貴女?




ふいに浮かんだ言葉に脳裏に蘇った謎。



慌ててその疑問をかき消すかのように首を振った。




「舞?どうかしたの?」




心配そうに覗き込む花桜。





その時、草履の鼻緒がブチっと突然切れた。



立ち止まった私はゆっくりと屈みこむ。



「舞?」


立ち止まった私と花桜。





土方さんたちは気が付かずに、
京の町を歩いてる。




今なら逃げれる?
隊を離れられる?





鼻緒が切れた
草履では走りづらい。


だけど草履を
脱ぎ捨てて走れば……。






「花桜」




そうやって花桜の名前を
呼んでアイコンタクト。




目の前に歩いていく隊士たちの行動を見据えて、
二人、家屋と家屋の間の細い道へと姿を隠した。







「花桜、ごめん。
 池田屋、一緒にいけない。

 私は行きたいところがあるの」


「うん。
 大丈夫、また後で」




花桜は瑠花の想いを抱えて、
勢いよく池田屋の方へと駆けだしていく。



私もまた、草履を脱ぎ捨てて
晋兄を探しに行こうと覚悟を決めた時、
キラリと光る剣の切っ先が
私の視界に入り反射的に閉じられる目。



思わず硬直する体。



そのキラリと光った剣筋を見て、
慌てたように離れていく複数の足音。




えっ?




目を開けるとそこには、
土方隊として行動しているはずの
斎藤さんが、静かに刀を鞘へと納めていた。




「斎藤さん……」



その人は、懐から取り出した
布をビリビリと引き裂くと
無言で私の草履の鼻緒をなおしていく。




「これでいい」




促されるように、
もう一度草履に足をいれる。



「加賀には俺の用事を頼んだと
 副長に言っておこう」




彼はそう言うと、何も見えなかったように
土方さんたちの元へと戻っていった。 





大丈夫……。




歴史上、彼は今死ぬ人じゃない。






走り去った背中に静かに
お辞儀をして、私は晋兄を探して
京の町を走り回る。








池田屋事件。


池田屋事件が
起きる時間って何時ごろだった?




あぁ、なんでこんな時
すぐに答えが出てこないんだろう。



今、何時?



灯りがないと周囲を見ることが
出来ないくらい
視界が悪い夜道。




神経を研ぎ澄まして、
足音を聞き分けていく。






いつの間にか藩の
お屋敷らしき大きな建物が
立ち並ぶ場所へと迷い込んだ。





それぞれの屋敷門を警護する
武士たちの視線が私に向けられる。




新選組の羽織は着ていない。
真っ白いハチマキもとった。





ただ私の姿が、町娘の衣装ではなくて
着物に袴をあわせてる。




そんな小娘が、お屋敷通りを歩いてるんだから
疑われてもおかしくない。




だけど……お屋敷通りなら、
晋兄に会えるかもしれない。





疑われるのを承知で、
探るように晋兄の姿を探す。




その時、暗闇の中息を潜めるように
身を潜めていたらしい誰かが
背後から私の体を引き寄せる。




背後から抱きとめられたような
格好になった私の喉元には、
小さな短剣が添えられている。




「何者だ。
 何故、この辺りをうろつく?」



静かな囁き声で、
耳元に告げられる言葉。



その言葉を呟きながらも、
その人は肩で息をしているのが
視界にとまった。




「人を探してるの。
 私の大切なお兄ちゃん」



お兄ちゃんって言ったのは、
間違いじゃないよね。


晋兄は晋兄だもん。




次に耳に届いた複数の足音。





その音が聞こえるたびに、
その人が背後から私に込める力が強くなっていく。



「何?」

「黙ってろ。
 悪いようにはしない」



そう囁いたその人は、
私の両腕を後ろ手に紐らしきもので
素早く縛ると、私の刀を抜き取り、
庇うように身をかがめた。



近づいてくる
足音は今も緩む気配はない。




後少し、足音を聞きながらそう思った時、
目の前に居るその人が、
剣を握りなおしているのが視界に入った。



斬りあう気なんだ。




覚悟を決めて、その瞬間に備える。





近づいた足音は、
その人の前でピタリと止まって、

『桂先生』と言葉を発した。




桂先生?




聞き覚えのある名前に、
私はその人の顔を暗闇の中
じっくりと確認しようと試みる。


桂小五郎。




「あの……。

 桂先生って、桂小五郎?
 晋兄と義兄が話してた……。

 私、舞です。

 御殿場の旅の時、一緒に同行した
 舞です。

 名前聞いたことないですか?」



縋るような気持ちで、
声をかける。




「晋作と久坂を知る者。
 君が僕に何用かな?」



静かに告げられた声。




「逢いたいんです。

 晋兄に……だけど長州の人たちは京から締め出されて
 大っぴらに声を出して探せないから。

 晋兄たちから名前を聞いたことがある人を
 探してたんです」




直接、名前を聞いたわけじゃないけど
桂さん。



貴方だけが今の私を
晋兄に結び付けてくれた人だから。





「桂さん。
 池田屋が……」



そう告げられた言葉に、
新選組が池田屋に踏み込んだのだと知った。



歴史は変わることなく、
進み続けてるのだと。





「ここは危ない。
 君もついてきなさい」



桂さんはそう告げると、
私の腕をくくっていた紐をほどく。




「長州が京においてどういう状況下にあるかは
 君も知ってるの通りだ。

 少し安全な所へ逃げる。
 君も来なさい」




告げられるままに、私は桂さんたちと、
闇に紛れるようにお屋敷通りを駆け抜けると
何処かの大きな屋敷内へと身を潜めた。







晋兄……。








もうすぐ貴方に会える。
そう信じていいよね。







歴史を変えたい。
大切な人を守りたい。










私の想いはそれだけ……。





踏み込んだ先に広がる
まだ見ぬ世界を信じて。

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