約束の大空

佳川鈴奈

32.貴方を想って祈るから -瑠花-


その夜、屯所内が慌ただしくなった。


テレビドラマで見慣れた新選組の羽織を纏った
武装モードの隊士たち。


その表情は皆、張りつめていた。


一人で居るのが溜まらなくて、
花桜と舞、そして総司に逢いたくて
部屋を飛び出す。



多分、そろそろこ起ころうとしてるんだ。

歴史的に有名なあの日が。



脳裏に思い浮かぶのはTVドラマやアニメを中心に
小説などの描かれた景色。



歴史好きの私。

何も感じなければ、大切な人が出来なければ、
あまりにも有名な事件に
テンションの一つもあがってたのかもしれない。


だけど私は総司の温もりを知ってしまった。


私の生きる時間軸からは
決して逢うことがなかった時代に生きる……
その人を愛してしまった。




『行かないで』




そうやって叫んで、縋れたら
どんなにいいかな。



だけど……総司は、
多分、にっこりと笑い返して

『行きますよ』って軽く流してしまいそう。



だったら……私は?







出陣していく総司の為に、
私が出来ることは……。






池田屋の二階で
倒れてしまうはずの総司。







『敵は池田屋にいるわっ!!』





せめて……この地で出逢った総司の大切な人を
守ることが出来たら……。





未来を伝えよう。



これから起こる出来事を
何もかも話してしまおう。




少しでも悲劇を回避できるように。






握りこぶしを作りながら
覚悟を決める。





後は……剣の嗜みがある親友二人に、
託すことしか出来ない。





「花桜、入っていい?」




花桜の部屋の前、外から声をかける。




「瑠花、いいよ。
 入って」





部屋の中に入ると、花桜は刀の前で姿勢を正して
目を閉じていた。


視線の先に、丁寧に置かれているのは
花桜の一族の家宝。






「花桜……」





思いつめたように、
その剣をじっと見つめる花桜。



多分、思い出してるんだね。


私を守るために……
初めて人を斬ったあの日を……。




ただじっと見つめながら、
自らの覚悟を受け入れようと
葛藤しているように見えた花桜の手に
私の手をそっと重ねた。




「花桜……。

 花桜は間違えないよ。

 花桜が剣を振るうのは、
 心から大切な人の為。

 あの日、私の為に剣を振るっとくれた
 花桜の痛みは、私も一緒に背負うから……」



重ねた手のままに、
二人でゆっくりと家宝の剣へと手を伸ばす。



戸惑ったように、
指先を何度かまげて躊躇いながら
私を見つめて、
力強く剣を手にした花桜。


花桜はその剣を、
ゆっくりと自分の体に引き寄せて
定位置へと差し込んだ。



「私も覚悟を決めなきゃ。

 覚悟、って難しいよね。

 決めたつもりになることはとても簡単なのに、
 いざ決めるとなるとなかなか思うように心がついていかない。

  でも……最初は嫌だったこの世界なのに
 今、私……ここに居る人たちを守りたいって思うんだ。

 守りたいって言っても、ここにいる人たちの方が、
 私よりも何倍も強いと思う。

 人、一人だけ殺してパニックして怯えて震えてた私なんか、
 邪魔にしかならないと思う。

 それでも……傍で見届けたい」




そうやって私に告げる花桜は、
少し大人の階段を登ったような気がした。



「花桜……、まだ舞には話してないけど
 私も覚悟決めたの。

 話さないで後悔するより、
 話した方がいい。

 だって私は未来の歴史を知ってるんだもの。

 知ってるだけじゃ、
 どうにもならないかも知れない。

 未来を伝えても、
 鴨ちゃんはその未来を受け止めて
 自分の覚悟を通しちゃった。

 鴨ちゃん、傍に居てめちゃくちゃだって
 思ったけど……今は、 あれは鴨ちゃんだから
 出来た生き方なのかも知れないって思えるようになった。

 不器用な鴨ちゃんが教えてくれたこと。

 自分の意思を真っ直ぐに貫くこと。

 だから私も、貫きたいって思った。
 歴史が変わることに怯えてた。

 私が伝えることによって、
  歴史が変えられて、
 生まれるはずだった命が
 遠い未来で消えてしまってるかも知れない。

 でも……遠い未来に怯えるより、
 私は総司が愛する皆を守っていきたいから。

 鴨ちゃんが託した新選組を守りたいから」
 


そう。


私一人の言葉が、
どれだけ威力を持つかなんて
誰にもわからない。



変わるかもしれない。

変わらないかもしれない。



だけど知っているのに、
ただ黙って傷つくのを見守り綴るなんて
私には耐えられないから。



「瑠花、私もずっと考えてた……。

 私たちがこの世界に来た理由。
 そんな難しいものじゃないのかもしれない。

 大切なものを探す旅の途中。
 そう考えたら、今のこの生活も
 受け入れられる。

 瑠花には沖田さんが居て、
 私には……やっ……
 すっ烝が居て……」


烝さん?


今、花桜そう言った。


「何々?

 花桜、もう一度言ってみな。
 なんて言ったの」


からかうように切り返すと、
花桜は真っ赤に顔を染めながら、
『山崎さん』っと
元の言い方に戻っちゃった。



「ごめんごめん。

 そして、舞の傍には進展具合はわかんないけど、
 斎藤さんが居るってわけか。

 なんか、それぞれこの世界の居場所
 見つけはじめたみたいだよね」

「そう。

 だから……その日が来るまで、
 この世界で精一杯生きてみたいって
 思ったの」





その日が来るまで……。



私たちが三人揃って、
元の世界に帰るその日まで。





「うん。
 そうだね……。

 その前に、乗り越えないといけないのは
 池田屋事件。
 
 多分……、今騒々しくなってるこれが
 アレだと思うんだよね」



そうやって告げると花桜もまたゆっくりと
顔を近づけて頷いた。




「この日……沖田さん倒れるんだよね」




思いつめたように
言いづらそうに小さく告げる花桜。




「うん。
 小説では二通りの説がある。

 一つは有名な、
 労咳による吐血から倒れる。

 でも……今、総司の傍に居て
 総司が咳してるところは見てない。

 総司が私に隠してなければ……の
 話しだけど。


 もう一つは、
 この暑さからの熱中症。


 どちらにしても、今日の夜
 歴史通りにことが進んでいくなら
 総司は倒れちゃう。


 だから……花桜、
 総司を助けて。

 私の代わりに池田屋に行って。

 花桜をあんな酷い場所に送り込もうとしてる私は
 悪い友達かも知れない。

 でも……花桜にしか頼めないの。
 
 私は総司に帰ってきて欲しいから」



必死に縋るように、
花桜に頼みこむ。





ズルイ。




自分で行く勇気も無いくせに……
親友には代わりに行って貰いたいなんて。




でも剣を持つことも出来ない私が
あの場所に行っても、邪魔になるだけ。



それもまた事実だから。




「うん。
 私、行く。

 私なんかがついて行っても、
 本当について行ってるだけかもしれないけど、
 でも見届けたいんだ。

 だから瑠花が大切な沖田さんの事も
 ちゃんと見守るから。

 瑠花、少しいい?
 一緒に来てほしいところがあるんだ」



そう言うと花桜は、
ゆっくりと立ち上がって自分の部屋を出た。


屯所内に居る隊士たちは今も忙しなく
動いていて、土方さんたちも次から次へと隊士たちに
指示を出してる。 



そんな傍をスタスタと通り抜ける花桜。

花桜の後ろを小走りについていった先は、
私が立ち入ったことのない、奥座敷。




「花桜……」




小さく名前を呼ぶと、
花桜は頷いた。





「山南さん、失礼します。
 山波です」





襖の傍にゆっくりと正座をして花桜は
部屋の中に向かって声をかける。

花桜の後ろ、息を潜めて私も正座する。



沈黙が続くも、中からの返事はない。





「花桜、本当にいるの?」



小さく問いかけた私に、
花桜は頷いた。




部屋の中から零れる物音も、
灯りもない。



襖の向こうも暗がりが広がってるだけなのに
花桜はその中に山南さんがいると言ってる。




「山南さん、私
 この世界を生きていきます。

 ご存じだと思いますが、
 今屯所内は慌ただしいです。

 多分、後世に語り継がれている
 新選組の一大事件。

 池田屋事件が
 迫ってるんだと思います。

 この戦いに、
 山南さんは負傷して出られなかったと
 伝えられています。

 だから……私、
 山南さんの分も、この目でこの体で
 見届けてきます。

 この沖影と一緒に……。

 行って参ります」




真っ暗な部屋に向かって、
そうやって話を切り出して
ゆっくりと座ったまま深くお辞儀をした。




「行こっか」



その場でスーっと立ち上がった花桜が
扉に背を向けた途端、
スーっと開けられた襖。




その隙間からゆっくりと差し出されたのは、
あの有名な、だんだら模様の羽織。





その羽織を託して、
すぐに閉められた襖。






花桜はその羽織を抱きしめて、
ゆっくりと立ったままお辞儀をした。





「瑠花、舞と皆のところに」




そう言うと、
山南さんから託された羽織に
勢いよく袖を通す。



花桜のだんたらの羽織姿に、
隊士たちの視線も集中する。





二人で向かった先は、
炊事場。



腹が減っては戦は出来ぬ。



大量のおにぎりくらい、
こしらえとかないとね。






そうやって飛び込んだ炊事場には、
すでに先に居た舞が、
おむすびづくりをしているところだった。



「遅れてごめん。舞」

「ううん。
 それより、花桜。
 その姿」

「うん。
 私、池田屋事件ついていくことにしたから。
 そのケジメかな。

 山南さんが貸してくれたの」


そうやって言い切る花桜の声にも言葉にも
もう迷いは何処にもなかった。



「舞は行くの?」

「うん。
 私も連れて行ってもらうつもり。

 私、長州の人たちの……
 晋兄や、義助さんたちの優しさ
 知ってるから。

 説得して、やめさせたいの。

 どちらも私にとって、
 大切な人だから。

 斎藤さんに……そうやって話したら、
 連いてきたらいいって。

 そう言ってくれたから……」




花桜が行って、舞が行く。

現場に行かないのは、
私だけか……。



でも私には、私の戦がある。



そうやって話しているさなか、
炊事場に顔を出したのは、
険しい顔をした土方さん。





「山波居るか?」




花桜を呼びに来た土方さんに
勇気を出して話しかける。



「あっ、あの。

 土方さん……、話があります。
 お時間頂けますか?」


真っ直ぐに視線を向けようとするだけで、
その目力に思わず背けたくなる。

だけど……
今、ここで背けちゃいけない。


「岩倉、話しは向こうでいいか?」



えっ?



てっきり、『てめぇと話すことはない』っとか
言われると思ってた私は土方さんの返事に拍子抜け。



「をいっ、岩倉。
 話すのか?話さないのか?
 俺も忙しいんだ」


イライラ感を募らせた土方さんに、
私は慌てて、
「行きます」っと返事を返した。




舞をまた炊事場において、
花桜と二人、土方さんの後をついていく。


ついて行って通された部屋は、
めったに会うことのない、
近藤さんのいる部屋だった。





「近藤さん、
 山波と岩倉を連れてきた」




そう言うと、土方さんはスタスタと
近藤さんの隣に腰をおろす。



「失礼します」
「お邪魔します」


そうやって二人、
それぞれに声を出して
部屋の中に入ると、
促された場所に座った。





「山波くん、その羽織は?」

「山南さんの羽織です。
 私も連れて行ってください」




近藤さんに向かって、
そうやって言い切る花桜。



「連れて行くって言っても俺らは遊びに行くわけじゃない。
 足手まといは必要ねェ。

 てめぇに人が斬れるのか?」



次に向けられる
土方さんからの言葉の刃。



「人を斬るしか手段がないなら
 迷わず、この沖影を振るいます。

 私はこの世界に生きていくことを
 決めたから。 

 お二人が許可をしてくれなくとも、
 私の決意は変わりません。

 邪魔なら、足手まといなら
 私事斬り捨ててください」




そうやって言い切った花桜に
目の前の土方さんは少し笑ったような気がした。



「歳の許可も出たみたいだな。

 山波くん、歳の傍で君がやりたいように
 見届けなさい。

 ただし、危ないことはしないこと」



危ないことはしないことって、
近藤さん。


刀持って斬りあいにいってる事態
すでに危ないじゃん。



そんな突っ込みも出来るわけもなく……。




「岩倉くんだったね。
 君の話は?」



次に向けられた話題。



話さなきゃ。



話すことが私の戦。




「近藤さんも土方さんもご存じの通り、
 私と花桜と舞は、未来から来ました。

 未来にはこの世界の時を綴ってる書物が
 沢山あって、貴方たち新選組も凄く人気なんです。

 アニメとかテレビドラマとか。
 って言ってもわかんないかも知れないけど、
 新選組をテーマに作られた作品が数多くあります。

 つまり、この時間に起きる出来事を私たちは知ってるんです。

 これから起こる出来事は後の世で『池田屋事件』として
 伝え残るものだと思います。

 監察方の人たちが調査しているのは池田屋と四国屋。

 違いますか?」



ゆっくりと切り出した私に、
土方さんの表情がビクリと一瞬強張った。



「彼らが会合をするのは池田屋。

 当初、部隊を三分していた為池田屋に真っ先に入るのは、
 近藤隊。

 近藤隊は、土方隊・松原隊が到着するまで
 激戦状態になります。

 その中で、藤堂さんは額を斬られる大怪我する。

 近藤さんも何度も危機的状況に陥ることになる。

 そして……総司も……沖田さんも倒れる。

 
 新選組側も沢山の死者や負傷者が出るんです。
 そんな命を守りたいから。

 だから……」




そうやって必死に伝える私に、
花桜が肩にそっと手を添えてくれる。


震えだす体が、
花桜の温もりで少しずつおさまっていく。



「悪いが、その未来に確証は確か?

 俺たちの知らない遠い未来を
 経験してきたのかも知らねぇ。

 だがその事実が必ずしも起きるとは
 限らねぇんじゃねぇか?

 現にお前たちが来たことで、
 狂い始めた事実もあるんだろう?」




そう問い詰めるように吐き出された言葉に
私も花桜も言い返せる言葉が見つからなかった。





「だが岩倉、山波。

 お前らが語った未来予想も頭の片隅にはおいてやる。
 だからと言って、俺たちも俺たちのやり方で戦うまでだ」




そうこう言ってる間に、
音もなく山崎さんが土方さんの傍に降りてくる。




山崎さんは土方さんに何かを伝えると
花桜に視線を向けてすぐに仕事へと戻っていった。





「編成を発表する」



スクっと立ち上がって
そう言うと、土方さんは部屋を出て
隊士たちが集まる場所へと姿を見せる。


そこには近藤さんと、
土方さんが中心になって
動き出していく、新たな新選組の形が
はっきりと見えた。




『近藤隊』




そう言って発表されたのは、

近藤さん、総司、永倉さん、藤堂さん。
武田さん他 総勢10名。



『土方隊』


続けられた名前は、

土方さん・井上さん・斎藤さん。
原田さん・島田さん、
そして花桜と舞他、総勢24名。



最後……

『松原隊』

松原忠司・佐々木蔵之助・
近藤周平他、総勢12名。





編成が発表されて、
ますます緊張感が高まっていく屯所内。





いつの間にか、斎藤さんの傍には
腰に剣をさして、武装した舞も姿を見せた。




額には……
真っ白なハチマキをつけて。






「総司……」




歴史は変わらない。


総司は、歴史通り
近藤さんの部隊に配属された。




「行ってくるよ。
 瑠花」




そうやって笑いかける総司。





「総司……気を付けて。

 貴方を想って祈るから……。
 だからどうか御無事で」





そうやって、
総司の胸元に顔を埋めて呟いた。





時は過ぎていく。






出陣の刻限。


それぞれの隊ににわかれて、
次々と屯所を後にしていく皆を
私は祈る思いで見送り続けた。









どうか御無事で……。


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