約束の大空

佳川鈴奈

26. 縮まりゆく距離? - 瑠花 -

何時ものように、鴨ちゃんとお梅さんのお墓を
訪れては手をあわせる毎日。


なのに……何時の間にか私の傍には、
あの沖田総司が付き纏う。


時に……町に連れ出して気分転換させてくれる。


言葉こそ、まともに交わせないでいるけど……
今では……あんなに毛嫌いする気持ちも、
憎む気持ちも薄らいでた。



そう……総司を見つめて思い出すのは……
あの寂しそうな瞳。



どうして彼は、あんな瞳を浮かべたのか
鴨ちゃんを殺したことを憎むよりも、
今の私はそっちの方が気になって仕方ない。




私にとって、鴨ちゃんは凄く優しかった。

だけど……他の人の目に映る鴨ちゃんは
私が知ってるものと違った。



だからこそ……後世の歴史でも、
鴨ちゃんの扱われ方は散々だった。




だけど……この新撰組の中で私に近い感覚で鴨ちゃんを
感じていた存在がいるとしたら多分……物語の中で、沖田総司。


私が憧れた存在。



でも……この世界で彼と鴨ちゃんが
交流があったのかどうかなんて私はわかんないよ。


やっぱり私の視野は狭すぎる。


この場所に来て、鴨ちゃん以外を見ようとしなかった。


知ろうとしなかった。




でも……目の前の、沖田総司に鴨ちゃんとの関係を
ストレートに聞けるほど私は仲良くない。



今の私は、無言で私の背後を付きまとう
沖田総司の気配を感じながら
その時、その時の時間を過ごすだけ。


そして……お墓の前、ゆっくりと手を合わせて終わった体を起こして
くるりと背後に振り返り、当たり障りのない言葉をかける。




「何?」




私が声をかけたからか、一瞬、戸惑ったような、
驚いたような幼さの残る表情を浮かべる沖田総司。


でもその表情は、いつもの何を考えているかわからない表情へとすぐに変わった。



「今、近藤さんが山波が見つかったって……」



そう小さく呟いた彼の声は、
今までは違って、勢いがなくて……。




「えっ?ホント?

 花桜、見つかったの?
 帰って来たの?」



声も高らかに切り返すと沖田総司は、
やっぱり少し驚いたような表情を浮かべて静かに頷いた。




「有難う。教えてくれて」



口早にそう言うと、
慌てて邸の方へと慌ただしく駆け出していく。



そんな私の背後、
今もちゃっかり感じる沖田総司の気配。



慌てて邸の中に駆け込むと、
近藤さんの部屋を目がけて走っていこうとするんだけど……
私には……、その部屋が何処かわからず、
その場で立ち尽くす。





そして、そのまま背後に今も付きそう
沖田さんの方を見つめる。




「どうかしたの?」




意味ありげに見つめた私に、
沖田総司は、呆れたように声をかけて言葉を続けた。



「おいで。
 近藤さんの部屋まで案内するよ」



そう言うと、私の横をスルっと通り過ぎて、
今度は私の前をトコトコと歩いて行く。


そんな沖田総司の背中をゆっくりと追いかける私。


その背中は、ピタリと立ち止まり
私の体は沖田総司の背中にコツンと触れた。



「あっ。
 ごめんなさい」



謝った私に無言で視線だけを送った後、
姿勢を正して、襖の前で声をかける。




「近藤さん、沖田です。
 岩倉瑠花を連れて来ました」

「総司かっ、入れ」




中から声が聞こえたのを確認して、
沖田さんが、静かに襖を開いた。




「失礼します」



そうやって、腰を折って部屋に入ると、
一番末席に正座する沖田さん。


「瑠花っ」


近藤さんと土方さんの前、
正座していた花桜が、私を振り返って名前を呼ぶ。


「花桜っ!!」



礼儀も何も考えずに、
その場で立ち上がると顔に抱きついた。


「お帰り……」


そうこうしてる間に、
舞と斎藤さんも部屋の中に姿を見せて、
舞も一緒に抱きつく。



また三人一緒に過ごせる。




そんな喜びを精一杯噛みしめながら、
再会の時間はゆっくりと過ぎて行った。




近藤さんの部屋での再会の時間も終わり、
それぞれがまた自分のやるべきことをするために
動き出した後、
今も私の背後をついて歩く沖田総司に
思い切って話しかけることにした。



壬生寺の境内へと歩いていって、
境内に続く木の階段に腰掛けてゆっくりと話を切り出した。



「ねぇ、聞いてもいい?

 嫌だったら、話さなくてもいいからさ。
 私……歴史好きなんだよね。

 私が過ごしてた時代は平成って言う年号でさ、
 徳川将軍家もなくなってる。

 沖田さんたち、皆のことは学校の授業とかで習うんだ。

 後は、TVのドラマ。

 私……ドラマや小説で描かれる新撰組の話沢山見たことあって……
 ずっと、沖田総司に憧れてたんだよ」




直接、目を見て話すなんて出来ないから
視線は、神社の庭で駆け回る小さな子供たちを見つめながら……。




「僕に……憧れた?

 以前……君は芹沢さんの部屋で僕に語った。
 
 僕は……労咳で死ぬ。

 そして……芹沢さんと、お梅さんを殺すと……。

 君が話した通り、僕はこの手で二人の命を奪った」




えっ?




「全ては……あの人の思うままに、
 動かされてたんだ。

 京に来た後も、すぐに人なんて殺せなかった。
 僕の剣は実戦には脆いほど弱かったんだ。

 実際に人を殺したことのない
 僕がどれだけ息巻いても、怖さも凄みもない。

 近藤さんにとっては何時まで経っても、僕は小さな子供のままで
 それは……土方さんにとっても、試衛館で学んだ人たちにとっても、
 変わることはなかったんだ。


 だけど……あの人だけは違った。

 あの人だけは……僕を一人の剣士として見てくれた。
 初めて人を斬ったのは、あの人と今日の町に出た夜だった。

 そして……あの人は言った。

 土方さんが作った局注法度。
 法を破るは、切腹。
 
 切腹には介錯人が必要で
 その介錯は……沖田、全てお前がやれ。

 あの人は……ただそう言った。


 人を殺すことを教えて……僕に役割をくれた。

 近藤さんの役には立ちたい。

 だけど……子供のままでしか見て貰えない僕には
 何も出来ることがないから。

 僕には、甘やかす人ではなくて
 ただ一人の剣士として見てくれる、あの人が嬉しかった」



同じように、時折庭で遊ぶ子供たちを見つめながら
沖田さんは、ゆっくりと言葉を続けた。


知らなかった沖田さんと鴨ちゃんの時間。
  

沖田さんの中にも、鴨ちゃんは大きく息吹いてたんだ。



「お梅さんは……似てたんだ……。
 僕の大切な姉さんに……」


「沖田ミツさん?」



お姉さんの名前をいきなり切り返したのに
びっくりしたのか、やっぱり戸惑いの表情を浮かべる。



「あっ、ミツさんの名前も新撰組のドラマで知ったの。
 私の世界の情報」


「あっ……」



最後の一言に、納得したかのように
小さな声を上げた沖田さん。



「話を折らしてごめんなさい。
 それで?」


「あぁ……。

 何が似てるって、答えられるわけじゃない。
 ただ……似てたんだ。

 僕の中の遠い記憶の姉さんに……。
 だから……言葉を交わすのが楽しかった……」


そんな二人を……沖田総司は、
自分の手で殺したんだ……。


そう思うと、
胸が締め付けられるように痛くなった。



「あの人は……ズルイよ。

 僕の願いは叶えてくれた。

 僕は……近藤さんに隊の一番になって欲しかった。 
 僕の願いどおり、近藤さんは浪士組の一番になった。

 だけど……大きすぎる。

 あの夜、芹沢さんと対峙した時あの人は言ったんだ。

 土方さんに聞き取れないほどの
 小さな声で、対峙する僕の耳元で……。


 『沖田、俺を殺せ。
  そして背負え。
  俺がお前に刻んだ対価を……』って。


 試衛館の皆に、認められたい。

 一人の剣士として……受け入れて欲しい。

 その故に……僕はあの人を殺す。
 あの人の望みのままに。


 そして……あの人の死を知ったお梅さんは……
 僕が手にした刀の切っ先だけを強引に掴んで、
 その場で首を突き刺した。

 刺し口が浅くて……とても苦しそうな表情で
 僕を見つめたから絶命させてあげた。


 あの人の傍へと、寄り添えるように」







そうやって語る沖田総司の声は、
今も震えて……心が泣いているのが伝わってくる。
  

そんな彼が……今はとっても小さく見えた……。



静かに声を殺して泣く彼の体をただ、
ぎゅっと抱きしめる。



少しの抵抗を見せたその体も、
やがて私の腕の中でおとなしくなって……
やがて……僅かに体を預けてくれたのを感じた。





大人に早くなろうと……
頑張りすぎちゃったんだね。






もう苦しまなくていいよ。









それでも、必死に今を歩いてる貴方を見てるから。



ほんの少し、この世界の沖田総司に近づけた気がした。


やっぱり総司を憎むなんて出来ないよ。


小さい頃から、
大好きな憧れだから……。





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