約束の大空

佳川鈴奈

20.散りゆく紅葉(後編) - 瑠花 -

八月十八日の政変。


鴨ちゃんの運命が決まるその事件。


やっぱり私の願いもむなしく、
会津藩の前で暴れたらしい鴨ちゃん。


その直後から、屯所内は少し騒がしくなった。


それでも変わらないのは鴨ちゃんの態度。


鴨ちゃんの決意は固い。


新選組の礎になる。


そんな決意を秘めた鴨ちゃんの決意、
私は見届けるって決めたのに、
決めたのに見届ける自信なんて正直ない。



あの政変の後から、
ずっとビクビクしながら過ごしてる。


鴨ちゃんの傍から離れたくなくて。

少しでも、その大きな背中を感じていたくて。


舞が帰って来たって言う話を鴨ちゃんから聞いたものの、
隣の邸にも行く気すらしなくて。


だって……あの隣の邸には
鴨ちゃんの命を奪う存在が居る。


すぐ近くにいるんだよ。


それを知ってる私がその場所に行って、
平気な顔して笑えるなんて思えないよ。




花桜が……その人たちと一緒に行動してることすら、
今の私はイライラしてる。



花桜は何も悪くないのに。




花桜は何も悪くない。


私と花桜は、今だって親友同士だよ。



なのに……どうして、
花桜のことを考えながらイライラしないといけないのよ。


悪いのは、この時代。
この時代なんだから……。



ずっと大好きだった幕末。




物語の中の彼らは、キラキラ輝いていて、
その生き様に、その姿に憧れた。




なのに……そんなの綺麗ごとだよ。




私……物語の中の、
総司大好きだったんだよ。



だけど……今は嫌い。


何考えてるかわからないし、
怖すぎるよ。



そのかわり……物語の中では、
あまり気にも留めなかった鴨ちゃんの存在が、
こんなにも私に優しくて……大きくなってる現実。


夢と現実のギャップに崩れて、
どうしていいかわからなくなった。



なまじ、歴史好きがこうじて
この先の未来の出来事がわかるから……
やっぱり、どうにかしたいって思える。


だけど……時代の大きな力は、
こんな小娘一人がどれだけ叫んでも、望んでも
言うことなんてきいてくれない。



こんなに優しい鴨ちゃん一人、
私は命を助けることなんて出来ないんだよ。




現代から過去にとぶ物語の恋愛シュミレーションゲーム。


私もいろんなゲーム楽しんだことあるよ。


でもその物語の中の主人公は、
すぐにその時代の人たちと仲良くなって、
その世界の歴史を大きく変えていく。


信頼も絆も勝ち取って名実ともに、
伝説になって恋に落ちて。



だけど……そんなに都合よくいかないよ。


この世界の人間で私が唯一、心を許せるのは鴨ちゃん。
そして鴨ちゃんが信頼してるお梅さん。


新選組のメンバーだって、
名前は知ってる。


だけど……その人たちを憧れる時代は終わったの。


その人たちは……今の私が大切な、
その人の命を奪う人なんだから。



……どうしたらいいのよ……。




何も出来ないけど……何も出来ないなりに……
私は鴨ちゃん……貴方に何をしてあげれるの?



「瑠花、どうした?

 そんな思いつめた顔して」


後ろから降り注ぐ優しい声。



「……鴨ちゃん……」


その手は、安心しろっと語るように私の頭にポンと降り注ぐ。


「……瑠花、笑ってろ……」


そう言うと、そのまま盃を私の前へと差し出す。
鴨ちゃんの盃にお酒をゆっくりと注ぐ。


一人静かに飲み続ける鴨ちゃんが、
その盃を私の方へと差し出した。


「えっ?」


戸惑って答えると鴨ちゃんは、
その盃を私の手の中へと握らせる。


「一杯くらいいいだろ?」


そう言いながら、
盃に注がれたお酒。

両手の中にすっぽりと納められた、
盃を黙って見つけて、鴨ちゃんをじーっと見つめる。


「瑠花、飲んでみろって」


鴨ちゃんの言葉に背中を押されるように、
一気に盃の中身を口の中に流し込む。


途端に麹酒独特の酸味が口の中に広がる。


味わうなんて余裕なくて、
一気に飲み下すのがようやくで……。


必死に飲み下した後、
お茶を飲みに駆け込む私を鴨ちゃんは、
楽しそうに笑って眺めてた。


お梅さんから、お茶を貰って一気に飲み干すと
お梅さんもまた大きな声で笑って。



最近、笑いが木霊すことがなかった
前川邸に、今だけは響く笑い声。



「芹沢せんせ。

 はいっ、お酒のおかわり」



湯呑を握りしめたまま、
お梅さんと戻った鴨ちゃんの部屋。


鴨ちゃんは自分でお酌しながら、
一本目を飲み終えて、
そのまま盃をお梅さんの前へ。


お梅さんも手慣れた手つきで、
お酒を流し込んで、その次は鴨ちゃんから返盃を受けて。



そんな幸せそうな二人の時間も
もう長く見れない現実が
私の心の中を乱していく。



ふと風が運ぶ、紅葉が一枚。



小さなその紅葉にゆっくりと手を伸ばす。



まだ早いのに……。




「瑠花、紅葉か……」


「うん。紅葉……。
 盃に浮かべて、飲む?」




そう切り返した私に、
鴨ちゃんは何かを考えたようにゆっくりと頷いた。



「はいっ。
 
 ねぇ、京の紅葉も綺麗なのかな?

 鴨ちゃん、今度とっておきのところ 連れてってくれる?
 お梅さんと一緒にさ。

 私、頑張って、おむすびくらい作ってみるからさ」



その願いは届かないことは知ってる……。


だけど……夢を見るくらいは……。
嘘でもいいから『あぁ』って、言ってよ。



お梅さんが注いだ盃に、
隣から、その紅葉を放り込んで浮かべる。


鴨ちゃんは、少しの間、
その紅葉を見つけて
一気に口の中に流し込んだ。



「……新見が殺された……」



盃をゆっくりと、床の上におく。



張りつめた空気が部屋の中を漂う。




「瑠花……土方らの企みなんぞ、とうに知れたこと。
 お前にも話した通り、俺の覚悟は近藤にもすでに伝えてある。

 新しい時代は壬生浪士組でも誠忠浪士組でもない。

 新選組だ。

 今宵、その時代の幕は開く」




えっ?



突然の言葉に体の力が脱力する。




「……そんなのないよ……。

 そんなのないよ……」



泣き崩れて叫ぶ私を鴨ちゃんは無言で抱き寄せる。

その後ろからはお梅さんの手が、
ゆっくりと添えられて、背中をさすってくれる。


この温もりも……今日までなんて……。




「瑠花、お前には手を出さねぇように言ってある。
 お前は今日は隣の部屋で寝ろ」




あの政変の後から、ずっと鴨ちゃんの部屋で、
隣に布団を敷いて眠ってた。



「いやっ……。
 鴨ちゃん、今日も……」



ようやく止まりかけた涙がまた流れ始める。



「駄目だっ。
 瑠花、お前は今日は一人で寝ろ。

 生きて、見届けろ。
 お前は、こんなところで死んじゃいけない。
 
 生きて帰るんだろ。月へ。
 違うか?」




そのまま鴨ちゃんに腕を掴まれて、
自分の部屋へと連れて行かれる。



灯りのついていない部屋。



ぺたんこの布団を被って、
ずっと震えながら泣き続けた。





……鴨ちゃん……。





それからどれくらい時間が経っただろうか?


感覚すらも定かじゃない時間。



外からは、降り出す雨音。


季節外れの……雷もなり始めて……
震え続ける拳を必死に握りしめた。



ふと、周囲が騒がしくなって
刀と刀が打ち合う音が、耳に届く。


二階から慌ただしく、
駆け下りてくる複数の足音。




私の部屋に近づいてくる小さな足音。





「瑠花っ!!。
 瑠花、居るんでしょ」




聞こえた声は……花桜。



「花桜?」

「開けるよ」


その直後、開け放たれた障子。


雨に濡れた、土足のまま私の部屋までたどり着いた
花桜は、手に刀を持って険しい表情を浮かべてた。


剣を持つ手と逆の手が、
私の方に差し出されれる。



「瑠花、早く。

 私の手、掴んでっ!!。

 ほらっ。
 私たちは、こんなとこに居ちゃいけない」


今だ、その手を取る決心がつかない私に
花桜は剣を鞘におさめて腰に戻すと
両腕で私の肩を抱きしめて、ゆっくりと立ちあがらせる。


「……花桜……」

「ほらっ。
 瑠花、行こう?」



今も鳴り響く刀と刀がぶつかり合う音。



花桜に流されるままに、
自室を出ようとしていた足が、
ピタリとその場で止まる。



「花桜!
 やっぱり私、嫌よ。

 私一人、逃げ出すなんて
 出来ないよ。

 皆、鴨ちゃんの気持ちなんて
 何一つ解ってない。

 理解すらしようともしてないじゃない?」



そう言うと、花桜の腕を振り切って、
鴨ちゃんの部屋の方へと走っていく。





「瑠花っ!!ダメ。
  そっちには行っちゃいけない」




背後から、花桜の叫び声が聞こえたのと
鴨ちゃんの体を沖田さんと
もう一人の誰かが貫いたのは同時……。 



崩れていく鴨ちゃんの体。



視線の端で捉えた鴨ちゃんは、
声にならない声でこう言った……。




『瑠花、笑ってくれ……』




床に完全に倒れこむ間際、
沖田さんの剣がもう一筋……光るように走った……。




鴨ちゃんの体から吹き出した血が、
沖田さんの着物をはじめ、周囲のものを染めていく。





「鴨ちゃんっ!!」



鴨ちゃんの傍に抱き着こうとする、
私の体を羽交い絞めするように花桜が必死に掴み取った。




「山波。何してんだ。
 早く、そいつを連れて行け」

「はいっ。
 すいません、土方さん。

 瑠花っ、行くよ。
 ほらっ、こんなとこ居ちゃだめなの。

 ここは私たち世界じゃないんだから」




花桜が必死に叫ぶ声が、
意識の向こうで、微かに聞こえる。




「また……君なの……。
 早く行かないと君も殺すよ……」




顔にかかった鴨ちゃんの返り血を
拭おうともせずに、沖田さんが冷たく言い放つ。



「すいません。
 沖田さん。
 
 ちゃんと……瑠花は私が連れて行きますから……」



花桜に引きづられるように、
その場を離れさせられた私。


何が何だかわからないままに、
脳内だけは、鴨ちゃんの崩れゆく体と
噴き出す血だけが……何度も何度も、
繰り返し映し出される。



「ほらっ。
 瑠花、しっかりして。

 もう少しで、座れるから。

 あっちには、舞も居る。
 また三人で、一緒に居られるんだよ。

 そして、帰るの。
 私たちの世界へ」



私の縺れる足を花桜が庇うようにして支えて
ゆっくりと歩かせていく。




「このっ、裏切者がっ!!」





声と共に聞こえた足音。




「瑠花、ごめん。
 下がって」




花桜の声と共に突き飛ばされる体。




その直後、ズボっと……
突き刺す音が聞こえた。






雨あしは、強くなって
体を次々と打ち付けていく。







「花桜?」






恐る恐る音がした方に視線を向けると
そこには、返り血を浴びた花桜が
手から力なく、刀を地面に落としたまま
呆然と立ち尽くしてた……。



その直後……




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」




悲痛な声が周囲に響く。



それでも無意味な戦いは終わらない。




花桜の命を狙って迫ってくる刀を、
何処からともなく花桜の前に姿を見せたその人が、
手にした武器を放ってその息の根を奪う。


花桜の悲痛な声は今も止むことなく響き続け、
何かから逃げ出すように花桜はその場から走り去った。



花桜の遠ざかる足音を追いかけようと、
何とか体を起こすものの、
思い通りにならない体はどうすることも出来なくて……。





遠ざかる意識の中、
重力に引き寄せられるように崩れていく。







意識の落ちる間際、
誰かに抱かれた気がした……。


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